第113回「なぜ風俗業は禁止にされないのか」


【質問】
【質問】
今の風俗業のような性を売り物にする商売は、どうして廃止とか、禁止されないのですか。
よく、この手の商売がなくなることで、性犯罪が増えるから、取り締まり切ることはできないと聞くのですが、それはごく一部のゆがんだ人たちのことで、本当はこういう商売は禁止とか、廃止にできるのではないかと思ったのですが、そうでもないですか?
それともこの手の話はとても微妙なことで、グレーにしておくべきことなのかなとも思ったのですが、気になって質問させていただきました。

 

 

【答え】
お父さん:
あの、こういう商売は、少し時間はかかってもその気になれば、廃止にできると思います。
どうやったらできるのかなというのは、国で言ったらニュージーランドは、この手の商売は無いって聞いてます。
僕もニュージーランド行ったことあるんですが、言う人に言わせると、ニュージーランドはクリーンすぎて、女性関係の遊びがないから、旅行してもつまらないという人もいるくらいなんです。
旅行して、僕はつまらないとは思わなかったですけど、考えてみたら夜の女性の性的なサービスをする店はまるで無いですよね、国ぐるみで、性産業を無くそうと思えば無くなるんじゃないでしょうか。それでいて性犯罪が多いかと言うと、それも聞かないです。
でも、考えてみるとニュージーランドには、女性が相手をする飲み屋さんみたいなのもあんまり無いなという感じがしますよね。
経営者も、そういう商売をしようという気がないんじゃないですかね。消費者というか、ニュージーランドの男性も、そういう店に行こうという気がないんじゃないか、という気がします。
こういう商売は大昔の原始時代の頃から続いているんですよ、なんて言う人もいますけど、僕はなくすることもできるだろうなっていう感じがしますよね。

 昔、アメリカで禁酒法というのがありましたね。酒を禁じるんですね。その頃はアル・カポネとかギャングが大活躍して、禁止されてる酒を闇で高値で売ってものすごい資金源にした。禁止したから無くなるというものでもない。
 そうそう、モロッコとか中近東に行ってイスラム系の国に行くとお酒は無いですよね。宗教で禁止しちゃう。その代わり、お酒に似た飲み物はあるんですよ。ミントティーっていう、ぎっしりミントの葉っぱが入ってて、ものすごく甘い。超甘い。それをちょっと飲んだらウイスキーの味とそっくりですよ。この国の人は本当は、ウイスキーの味を知ってるな、ウイスキーの代わりにこれ飲んでるんだな、と思った。
 宗教で言うと、お酒をほんとに無くすことができる。
 だけど、ニュージーランドは宗教でもないのに、あんまりその、いかがわしい、ピンクのネオンがチラチラして夜遅くまでお酒と女の人が出入りしていかがわしいような店というのは全然ないですから。
 考えてみたらニュージーランドの田舎なんか泊まるとき、車で走っていて、「もう遅い時間だからこの辺で宿探して泊まろうか」なんていうとき困っちゃいますよ。8時過ぎたら真っ暗になって、ホテルまで閉まっちゃって泊まるところもなくなっちゃう。
 ほんとにね、女の人のサービスする飲み屋なんて無い。当然、風俗産業もない。そう言ってしまうと、間違いだ! と言われてしまうとは思います。現実的にカジノは全国で数件あるし、売春もごく例外的に法的に認められた形で存在しますからね。でも、それはまったく例外的な存在だと思っています。日本のように地方にいってもちょっと大きな都市だと何でもひと通りあるというのと全く様相が違う、と僕は思います。やっぱりニュージーランドは性的にクリーンだ、という印象は変わらないですよ。
 それでも社会が成立する。風俗に行こうと誰も考えなくなったら風俗のない国が成立するんじゃないですか。
 僕自身、これだけ日本で風俗のお店とか、キャバレーとかクラブとかあるなかで、そういうのにまず行ったことがないんですよね。

 

お母さん:
ニュージーランドって、何族だったっけ。

 

お父さん:
マオリ族だね。

 

お母さん:
あの人たちは、すごい誇りがあるんだよね、プライドが。

 

お父さん:
そうそう。

 

お母さん:
戦争に行ったときにも、勇敢に戦ったとも聞いたね。だからずっとそれが受け継がれてきているから、そんなところへ頭が行かないんだよね、自分のプライドがね。

 

お父さん:
そう、ニュージーランドのマオリ族は、プライドが高いんですよ。
それでなんだっけ、マオリ族の、「ナンチャッテ、ナンチャッテ」みたいな。ラグビーの試合の前に必ずやるやつ。

 

あゆ:
「カマテ、カマテ」でしょ!

 

お父さん:
そうそう、“ハカ”(マオリ族の民族舞踊)をニュージーランド人は大切にしているよね。
それに対して、同じ原住民でもオーストラリアでは、対応がかなり違う印象があります。つまり、オーストラリアの原住民族であるアボリジニはあまり大事にされていないというか、いや、そこまで言ったら言いすぎですけど、国内ではあまり尊敬されていないことは確かです。
原住民のアボリジニ族が住んでるところはほんとに緑がなくて赤土の、深い谷の、何も農業が成立しなさそうなところに追い込められてます。もちろん補助金が出てるんですよ。それでお土産物を売ってアボリジニの人たち、生きていますけど、なんか差別的に置かれている感じで、少なくとも優遇されていません。
それに対して、ニュージーランドのマオリ族は、大威張りです。普通の仕事をしているし、その人達が尊敬されているというのはすごくよくわかります。
マオリ族はニュージーランドでは決して低い地位じゃないです。
それは何かと言ったら、マオリ族のプライドをすごく大切にしているからだと思います。必然的に、そこに住んでる白人系のニュージーランド人も、それぞれのプライドを大切にしてるんです。
プライドを大切にしたら、女の人のプライドも大切にするので、女の人の性をお金で売り買いするようなやり取りは、できなくなっちゃうと言うか、そういうことをしようという気持ちが消えちゃうんじゃないでしょうか。

それに対して、女性の性を商売にするのが成立している国は、男尊女卑があったり、地位の高い低いがあったりして、皆が本当の意味で平等というか、お互いのプライドを大切にしようという空気が薄いのだと思います。
日本では、風俗とまでいかなくても、居酒屋とか飲み屋、あるいはスナックで、女性が接客している店がありますが、ある意味、そこで働いている女性は「男性にお酌をしてサービスする存在」というふうに自分で自分を落としているとも言えると思います。
で、ニュージーランドの人たちはそういうことをするかどうかと考えると、しないんじゃないか、と思えるのです。女の人も男の人もそれを求めない。一人ひとりがプライド高く生きている結果かな、と思うんですね。
本来の人間としてのプライドとなると男も女もない、マオリ族の人もみんな同じプライドを持って生きていく、そういうことなんじゃないかという感じがするよね。
だから、そういうプライドをみんなが持つような教育をしたら、無くせると思いますよ。

今、日本で、煙草を吸う率がすごく下がってます。その理由は何か。
小学校のときから煙草の害を、授業中に、小学生に教えてる。
小学校で教わると大人になってから、タバコを吸うという気がないんです。
いま30代なかばくらいの人たちが小学校のころからそういう教育をしています。
同様に、交通事故を無くすということについても、これはみんな、交通事故を無くしたいという願いがありますよね。
あの、いろんな手法があるんですけど、一番効果のある手法は、小学生に、教育することなんですね。
「乱暴な運転の車から逃げなさい」じゃない。「あなたが大人になって免許をとったら、乱暴運転をしないでください。子供を守ってください」という。
そうなると、免許を取ってからスピードを出すのはやめよう、と思うようになるそうです。
飛ばす人が少なくなります。
北海道で、鉄砲の弾が問題になってるんです。散弾銃に鉛を使うと、弾が安いんです。300粒か400粒くらい鉛の弾がびっしり入ってるんです、直径1ミリか2ミリくらいの粒です。
バンッて撃つと、広がっていくんですけど、鉛の小粒の弾が散っていって、鳥に当たって落ちる。そうすると鳥が死にますけれど、それを回収しそびれると、クマが食べたり、他の動物が食べたりする。他の動物が食べると鉛ごと食べちゃいますから、鉛の害で、死んでしまうんです。
鉛が森のなかにそちこち落ちてると、小鳥が餌と間違えて食べたりして、次々鉛の害で死んでいく獣が多い。
それで猟友会の人に、「値段が高くても、鋼鉄の弾を使ってください」といってもなかなか使ってもらえない。鉄の弾だとそういう害が起きないのです。
そんなわけで、なかなか鉄の弾が普及しない。
それで北海道の野鳥の会の人たちが語らって、小学校で講演をすることにした。
「こういう鉛の散弾銃は、害があるんです。鉄の弾は良いんです。皆さんは大きくなったら、鉄の弾を使ってくださいね」
そういう教育をしたら、鉄の弾の率がうんと上がって、鉛の弾の率がうんと減った。
何でかと言うと、小学生で自分の親が猟銃を持ってる人がいる。
「お父さん、今日学校で、鉛の散弾銃を使ったら害になると言ってたけど、お父さんはまさか鉛の弾は使ってないよね?!」
そういわれた親はどきっとして、「ああ、使ってないよ」「お父さんは鉄の弾だよね!」「ああ、もちろん鉄の弾だよ」
子供の前で、「鉛がいいんだ、安いんだ」って言ったら、「そんなのお父さん間違いだよ!」って言われるから。
こういうことは全部、小学生の時から教育する。遠いようでもそれが一番の近道だと言われています。
話は遠くなりましたが、風俗業をなくすにも、小学生に、「そういう店は行っちゃ駄目ですよ、使っちゃ駄目ですよ、作っちゃ駄目ですよ、そこに従事しちゃ駄目ですよ」と教えたらいいんですよ。
何でそれが駄目なのかを、ちゃんと教えられる先生がどれだけいるか、というのが問題かなと思いますね。
要は、お互いに、それぞれのプライドを大切にするために、そういうものがあってはいけないんですよ。そう言ったほうがいいんじゃないでしょうか。

 

お母さん:
会津の、什(じゅう)の掟というのがあるじゃない。
年長者の言ふことに背いてはなりませぬ 弱いものをいぢめてはなりませぬ という……。
それは別に理由を書いてなくて、『ならぬことはならぬものです』で終わってる。すごいよ。見たい人は見せてあげるけど。
だから、会津の人はね、すごい、街に行っても清々しいというか、しっかりしてるよ。

 

お父さん:
「ならぬことはならぬものです」。そうだよな。理由なんていらない。ダメなものはダメなんだ。そうであってはならぬ。ならぬものはならぬ、っていうね、それでいいと思いますよ。
みんながそう思ってくれたら、風俗業はなくせるはずです。

 

 

(2018年9月4日掲載)









第1回~第100回(クリックすると一覧を表示します) 第1回「縦軸と横軸について」
第2回「神様は何をしようとしているのか」
第3回「本で涙を流すことについて」
第4回「本を読んでも内容を忘れてしまうことについて」
第5回「時間をうまく使えるようになるには」
第6回「太宰治について」
第7回「摂食障害の人が片付けが苦手だったり、約束の時間に遅れてしまうのは何故ですか?」
第8回「自分のことを『僕』『おいら』と言うのをやめられなかったのは、なぜか」
第9回「おいしいカレーと、おいしくないカレーの違い」
第10回「楽しんで走る」
第11回「死ぬことへの考え」
第12回「『聞く』と『教えてもらう』」
第13回「頑張るフルマラソン」
第14回「他人の成功」
第15回「『今』という時間」
第16回「不安の先取り」
第17回「良い協力関係」
第18回「急に悲しくなる」
第19回「夢の持ち方について」
第20回「心の許容範囲」
第21回「疲れるのが怖い」
第22回「スポーツの勝ち負け」
第23回「人といること」
第24回「“好き”という気持ち」
第25回「何でも知っている」
第26回「舞台鑑賞が怖かったこと」
第27回「生まれ変わるとしたら」
第28回「一番感動した景色、美しい国はどこですか?」
第29回「好きな時代はいつですか」
第30回「体型について」
第31回「行きたいところ」
第32回「悲しくなったら、動く」
第33回「意志を持てないこと」
第34回「心を動かす」
第35回「恋愛できますか」
第36回「日記の重要性」
第37回「心配されたい」
第38回「ONとOFF」
第39回「いつも同じ態度で」
第40回「涙腺が弱い」
第41回「子供が苦手」
第42回「正しいことを通そうとして」
第43回「流されて生きる」
第44回「才能について」
第45回「身長は伸びますか」
第46回「否定感が強い」
第47回「ぐっすり眠れない」
第48回「見え方、感じ方」
第49回「強さについて」
第50回「自分の出し方」
第51回「身体の調子と気持ち」
第52回「何のために変わるか」
第53回「痛みを知る」/a>
第54回「投げやりな気持ち」
第55回「未完成」
第56回「相手を許す」
第57回「書けないとき」
第58回「甘いと甘え」
第59回「イライラしない」
第60回「落ち込んだ時」
第61回「生きているなら」
第62回「わからない問題は」
第63回「眠ること」
第64回「子育てについて」
第65回「夫婦で大切なこと」
第66回「自己否定について」
第67回「友達が欲しい人、そうでない人」
第68回「未来を信じる」
第69回「山を登ると」
第70回「リーダーをすると苦しくさせる」
第71回「自分から人を好きになる」
第72回「小さいころからの恐怖心」
第73回「お姉さんのような存在を」
第74回「作業に対して気持ちの落差が激しい」
第75回「大きな希望を持つとき①」
第76回「大きな希望を持つとき②」
第77回「夢について・集中力について」
第78回「やるべきことをできていなくて苦しい」
第79回「やるべきことをできていなくて苦しい②」
第80回「真面目さは何のために」
第81回「高いプライドをつくるには」
第82回「番外編:そうだ、お母さんにきいてみよう!」
第83回「相談、確認が多いことについて」
第84回「自信を持つ」
第85回「間の良さ、間の悪さ」
第86回「過去を美化してしまう」
第87回「統合力を高めるには」
第88回「見張られているような不安」
第89回「どうして人間だけに気持ちが必要なのか」
第90回「休日になるとやる気がなくなってしまう」
第91回「低気圧」
第92回「どうして動物を飼うの?」
第93回「自分を褒める話をするには」
第94回「眠れない」
第95回「ふいに恥ずかしくなる」
第96回「躾について」
第97回「壁をなくしてオープンになるには」
第98回「自分がオーラのある人になるには」
第99回「私のストレスは何?」
第100回「社会性を身につける」
 
第101回~第150回(クリックすると一覧を表示します)
第101回「依存を切り離す期間は? その後はどう変わる?」
第102回「依存を切り離すことについて②」
第103回「会話が理解できない・生きる意味」
第104回「何者にもなれないのでは、という不安」
第105回「一緒に長時間いられない」
第106回「人の気持ちを汲めない」
第107回「リーダーとしてちゃんと動くには」
第108回「仕事への情熱と、興味があること」
第109回「日々の習慣を持つ」
第110回「自分のアスペルガー的な要素について」
第111回「外見について」
第112回「芸術、情緒、愛情 心の深さ」
第113回「なぜ風俗業は禁止にされないのか」
第114回「生き難さを抱えていなかったら、どんな将来の夢を」
第115回「健全な家庭なら自我は育つのか」
第116回「自我を育てる」
第117回「説明が理解できない」
第118回「好きな花①」
第119回「好きな花②」
第120回「血を連想させる単語を聞くと」
第121回「社会性と、基本的な姿勢」
第122回「深い関係をとって生きる」
第123回「ノルマ感、義務感が強い」
第124回「野菜の収穫基準がわからなくなる」
第125回「自分を楽しませること、幸せに過ごさせることが難しい」
第126回「向上心を持てないこと」
第127回「アーティスティックな心」
第128回「野性味を取り戻す」
第129回「個人プレイからチームプレイへ」
第130回「すべてのことを高いレベルでやりたい」
第131回「なぜ、痩せているほうが良いと思われるのですか?」
第132回「予定が変わると、気持ちがもやもやする」
第133回「楽観主義者と悲観主義者の境界線」
第134回「上品に、笑顔で、美しく」
第135回「続『上品に、笑顔で、美しく』」
第136回「嘘をつけない」
第137回「お父さんが怖い 前編」
第138回「お父さんが怖い 後編」
第139回「見事やで」
第140回「頼まれごとが不安・時間に遅れる①」
第141回「頼まれごとが不安・時間に遅れる②」
第142回「頼まれごとが不安・時間に遅れる③」
第143回「大きな声を出すこと」
第144回「時間の使い方」
第145回「お腹がすく」
第146回「本を読む時、第三者の視点になってしまう」
第147回「罰ゲームの答えとユーモア」
第148回「アイデアが出ないこと」
第149回「気持ちと身体の助走」
第150回「花や動物を可愛いと思えない」
 
第151回~第200回(クリックすると一覧を表示します)
第151回「美味しいセロリ」
第152回「尊敬している人といると、あがってしまう」
第153回「考え事がやめられない」
第154回「認めてもらいたい気持ち」
第155回「寝汗をかかなくなった」
第156回「時間の不安について」
第157回「楽器を練習したい、本を読みたい」
第158回「疲れを認めたくない」
第159回「アトピーと蕁麻疹」
第160回「はっきりした人になりたい」
第161回「会話と、興味の深さについて」
第162回「思春期の不安定」
第163回「潔癖症について」
第164回「自尊心」
第165回「自分の身体のサイズ感をとらえるのが苦手」
第166回「兄弟を心配する気持ち」
第167回「自分の声への違和感」
第168回「野菜の調子が悪いと、自己否定してしまう」
第169回「好きな気持ちと、誤解をされることへの不安について」
第170回「トイレが近いことについて」
第171回「競争意識について①」
第172回「競争意識について②」
第173回「コンディションによって態度が変わる人、変わらない人」
第174回「恐がりなことについて」
第175回「テンション」
第176回「目を見ること、見られること」
第177回「よいお母さんになる10か条」
第178回「音楽と我欲①」
第179回「音楽と我欲②」
第180回「時間の使い方と焦りの気持ち」
第181回「自分に疑心暗鬼になって、不安に陥ってしまうのはなぜ」
第182回「有志の募集に手を挙げづらい」
第183回「緻密に」
第184回「いつも怖い」
第185回「体型に対するこだわり」
第186回「気持ちの切り替えが、うまくできない」
第187回「米ぬかぼかし作り」
第188回「評価すること」
第189回「堂々とした人に怯えてしまう ①」
第190回「堂々とした人に怯えてしまう ②」
第191回「耳が良くないこと」
第192回「限界」
第193回「物を簡単に捨てることができてしまう」
第194回「整理整頓、片付けができない」
第195回「次のミーティングは、いつですか?」
第196回「整理が過ぎるのは症状ですか」
第197回「人をもっと理解したいということについて」
第198回「体育の授業が怖くて、さぼっていたことについて」
第199回「完璧が怖い」
第200回「やるべきことに追われてしまいがちな気持ちについて」
 
第201回~第250回(クリックすると一覧を表示します)

第201回「正面から受け取りすぎることについて」
第202回「手持ち無沙汰にさせることが怖い」
第203回「生き物が好きで触りたくなる気持ちについて」
第204回「魚の食べ方について」
第205回「ステージで間違いがあったときは」
第206回「作業で焦ってしまう」
第207回「調理されて食べられる魚はかわいそう?」
第208回「頑張ろうとすることに疲れた」
第209回「自己愛性パーソナリティ」
第210回「期待について その①」
第211回「期待について その②」
第212回「アウトプットで生きる」
第213回「キャパシティを大きくしたい」
第214回「コミュニケーション」
第215回「秋が寂しい」
第216回「我欲と、自分を大切にすることの違い」
第217回「声を前に出して歌うには」
第218回「できる気がしない、と感じてしまう」
第219回「苦手なことをしている時間を苦痛に感じてしまう」
第220回「握力について」
第221回「喜び合うための全力」
第222回「リモコンの操作と、ゴミの分別が覚えられなかったこと」
第223回「相談をしたり、買ってもらったりすることが怖い」
第224回「ケアレスミスが多い」
第225回「恥ずかしさにどう対処するか」
第226回「きつく締められないこと」
第227回「豆掴みと羽根つきが、うまくできるようになっていた」
第228回「プライドを守り合える関係」
第229回「人間味を学ぶために」
第230回「リーダーをするときの不安と罪悪感」
第231回「幸せについて」
第232回「不思議ちゃんと言われていたのはなぜか」
第233回「話の絶えない人になるには」
第234回「サービスをする人になる」
第235回「ソフトボール部に入らなくてはいけない気がする」
第236回「ディストピアと野蛮人の村」
第237回「好きと言ってみる」
第238回「質問がまとまらない」
第239回「ソフトクリーム」
第240回「謙虚について」
第241回「人との間にしか幸せはないこと」
第242回「思いっ切り遊んだことがない」
第243回「癇癪について」
第244回「友達について その①」
第245回「友達について その②」
第246回「センスよく生きる」
第247回「根拠のない自信」
第248回「先生になること」
第249回「演じること、正直になること」
第250回「怒りと感謝の気持ちは共存しない」
 
▶第251回~
第251回「アメリカンドリーム」
第252回「悲しむこと」
第253回「限界までやってみる」
第254回「リーダーの向き不向きについて」
第255回「悲しくならない求め方」
第256回「人前に立つ緊張」
第257回「野菜の見方」
第258回「プライバシーについて」
第259回「寝相について(前半)」
第260回「寝相について(後半)」
第261回「変わっていくことについていけない恐ろしさ」
第262回「速く書く事」
第263回「利他心について」
第264回「集中力について」
第265回「読書について 解釈と鑑賞」
第266回「年齢、役割に見合った振る舞いについて」
第267回「相手に喜んでもらいたい気持ちと、自分が幸せを感じることの怖さ」
第268回「相手を幸せにするということについて」
第269回「シンプルであること」
第270回「人のために動くとき」
第271回「周囲の人や家族のなかで浮いている感覚があったことと、個性について」
第272回「楽しませる人、発信する人になりたい」
第273回「目の前のことに集中できない・利他心と利己心について」
第274回「仕事への心配と、自分が空っぽの人間だと感じることについて」
第275回「理解されたいという欲求が強かったこと」