第122回「深い関係をとって生きる」



以前、お父さんが、
「好きだと思う人に対して、好きだからこそあまりその人にその気持ちを言わないほうが良い」
というようなお話をしてくださったと思います。
お父さん、お母さんはお互いに好き同士でもいつまでもその関係が変わることなく、より深まっていくのは、縁や運命なども関係していますか?

私は、なのはなで生活していて、(この人と一緒にいると安心していられるな、この人と一緒にいられることが嬉しくて好きだな)と感じる人がいます。
最近、コンサートの係や当番などが同じで一緒に動くことが増えたのですが、一緒に過ごせる時間が嬉しい気持ちと、好きだからこそ、今の関係が壊れるのが怖かったり、できるだけこれから先も少しでも長く一緒に過ごせる時間があってほしいから、その人と一緒に長い時間いたり、連日同じ作業で動くことが不安になったりします。

お父さん、お母さんは、好きな人と一緒に過ごすときに嬉しさと切ないような気持ちになることはありますか。
そういう気持ちの感じ方、特に好きだと思う人を作ってしまうことは間違っていますか。
どう考えることが正しいですか。

自分の答え
①出会いも別れも縁として、何かあっても受け入れる。
その時々を大事にしようとするしかない。
あまり深入りしないように、適度な距離感をとることを意識する。

②その他

 

【答え】

お父さん:
どうなんでしょうね。そうなんですよね。人を好きになるとかっていうのって、すごく難しいなあというふうに、この年になっても思います。
いくつになっても人を好きになります、やっぱりね。で、その好きな気持ちをどうしたら良いのかなというのはやっぱり、まだ僕は難しさを感じますよね。

それで、何て言うんだろうね、例えば若いときの恋愛、「好き」っていうのは、意外と、行き止まりの「好き」なんですよね。
僕が独身の男性で、好きな女の人がいたとして、ものすごく好き、っていう、その人を手に入れたいとか、その人を自分の恋人にしたいとか、ものにしたいとかっていうような欲が出るとしますよね。
仮にそれがうまくいったとしてですね、その人がたまたま自分を好きだったとしてですよ。それで、チュッチュッとしたあと、ジャンジャンで終わり、次に何があるのと言ったときに、意外と何もないんですよね。
次どうするのと言うとき、無いんですよ。まあ抱き合っていたって飽きますからね。最初だけは、新鮮ですけど。

じゃあその次どうするのか。意外と行き止まりなんですよ。まして結婚して一緒に歩きつつ好きになり続けるってね、これ、普通はすっごく難しいと思いますよ。
だから本当に好きという気持ちは、割と、その人とぐんと近づいたときで、一回、終わっちゃうんですよね。
終わっちゃうから、困るんですよ。

じゃ、その次が続くように、好きを続けるにはどうしたら良いのかと言うとですね。
例えば、同じ道を歩くということなんです。同じ道を一緒に歩く。
で、もっと踏み込んで言えば、人が生きるということは、自分を生きるということなので、生きれば生きるほど、まあよくある言葉で「自己実現を図る」という言い方がありますけどね。自分の生きた道がはっきりと残って、自分の実績が、ちゃんと目に見える形で残る。
自分はこんな生き方をした、っていうのがまあ自己実現ですよね。
人にいい影響を与えるような。何者かになるというか、自分でなければできなかった痕跡、自分が生きた痕跡を残す。私はこんな仕事をしたという痕跡を残す。

ところが普通、結婚してしまうと、男の人は会社でサラリーマンにしろ仕事をするからまだ良いですよ。必ずしもサラリーマンで自己実現とは言えませんが、少なくとも仕事をするから何かを残せる。
女性は、家で洗濯、炊事。いってらっしゃい、お父さんお帰りなさい、お風呂沸きました、みたいなことで、主婦の自己実現って何ですかと言うと、夫を支えた、みたいなことになる。
主婦業は、自己実現が無くなっちゃうんですよ。

で、そうすると、「あんたばっかり良いわね」と。
「生きてて何年かして、私はあなたを支えて。あなたは着実に自己実現を、仕事をして歩いてるかもしれないけど、私はあなたを支えてるだけで私が生きた証がない」
「良いじゃないか、俺が出世したんだから俺を助けたお前でいいじゃないか」。
でも、それでは妻の自己実現になりにくい。
子供ができる。そうだ、私が塾に送り迎えをして良い学校へやって学歴をつけて、ダンと箔をつける。それが私の実績だ。と、子供の教育で自己実現を図ろうとしたりする。

僕となのはなファミリーのお母さんの関係がなぜうまくいってるか。多分、一緒になのはなファミリーやってるからです、ね。
僕の成功とお母さんの成功って、車の両輪みたいなものなんですよね。
おそらく世界中を見渡して、僕とお母さんくらい日々、一緒にいる人はいないです。
僕とお母さんくらい、朝起きてから、夜寝てからももそもそ何か常に喋って常に同じ方向を見て、喧嘩しても仲直りしても、常に同じことをやってて、自分の成功はお母さんの成功、お母さんの成功は自分の成功って、ほとんど重なっています。

そういうのは、割とうまく――お父さんがいないと私はやっていけないとか、お母さんがいないと僕も困る――こういうのは割と理想的にいきます。

みんなもそういう結婚生活をする方法はあります。何かと言うと一次産業に従事する。夫婦でやるしかない。
あるいは夫婦で会社を起こす。夫婦で同じ事業をする。
ともすると、夫は妻といるより会社の事務の女性と過ごす時間のほうが生涯の間、長かった、ということになっちゃうんですよね。奥さんといる時間は一見、長いけど、帰って晩ごはん食べてお風呂入って寝る。
奥さんとは2時間。会社の女性とは8時間か10時間過ごす。どっちが女房かわからなくなっちゃう、というサラリーマンの人、多いでしょ。

話は元に戻ります。
この人も正当に、男でも女でも同性同士でも、尊敬する人、この人好きだな、良いな、その人を吸収したいなという気持ち、これは正しい気持ちですね。
で、今ちょっと遠い話をしましたけど、実は同じことなんですよ。
同じ作業をして、もし、その人と同じグループでやって、作業が失敗でキャベツが腐って穫れませんでした、残念。
そうだ黒豆の世話をしよう。黒豆が虫だらけになってとうとう収穫できませんでした。残念。
そんなふうにしてると、その人との関係は悪くなるでしょうね。
どうもこの人と組むと全部、腐らせて失敗する。全部、虫に食われてしまう。違う人と組んだほうが良いんじゃないか。きっと、そう思いますよ。

ところが、立派なキャベツが穫れると、「良かった、この人と組むとなんか良い作物が穫れる」
今度はこっちをやってみる。また良い作物が穫れる。
この人と組むと仕事がやりやすいし結果が出やすいし、この人いい人だなとお互いに思ったら、お互いに、
「好きだな、この人を尊敬できるな。手入れもいいな。丁寧だな、気がつくな。プランがあるな。新しい工夫があるな、先読みができる人だな。ちゃんと細かく動いてくれる。腰を軽く、身軽に動いて、かゆいところまで手が届くようなそういう世話を、その人といるとしてくれるな、自分もそんなふうにしたくなるな」
そういう関係だったらどんどん深くなっていくでしょうね、ということですよ。

この人は、「同じ作業してると失敗して嫌われちゃうかもしれない」と。
そうですよ。やればやるほど作物が失敗すると言ったらだんだん嫌になっちゃいますよ。いい結果を出していったら、もっとその人と作業するのが楽しくなる、そういうことじゃないかと思うんですね。

だから、「好きな気持ちを大事にして、あまり深入りしないように、適度な距離感をとるようにする」なんて、そんなことはないですよ。深い関係を取って、より深くお互いを深めていく。その作業もより深く、と深めていく。
適度に距離をとって、なんていうのはやめましょうよ。うんと深入りして、深いところまで語り合って、深いところまで共感しましょう。

その人がどういう生き方をしたかというのは、一般的に葬式のときにわかると言われています。人との関係を深入りしないで浅い関係のままだと、葬式のときに人が来ないですよ。来ても、浅く、「ああナンマンダブ」でおしまい。
ところが。この人とはものすごく深い付き合いをして、この人がいたから今の私があると思える人だったら、お葬式のとき来るし、死んで残念だったという気持ちになると思うんですね。

本当に僕は、印象深いお葬式があるんですね。僕の知り合いのお父さんが亡くなって、葬式に行ったとき、弔辞を呼んだのが、同じ地域の、故人の同級生のお坊さんだった。お経を詠んだあと、弔辞も読むというんですね。
どんな弔辞を読むのかと思ったら、「ああ、死なれて悲しい!」って言って、弔辞を用意してたみたいですけど読めなくて、うわあ、うわああって子供みたいに大声で手放しで泣いてるんですよ。弔辞だってのに。90いくつのお坊さんで、もう何度も葬式を経験しているというのに、ただただ泣いている。
90いくつになって、子供みたいに泣くのもあれだけど、悲しいって、もう、年齢的に言ったら枯れてるような年なのに、どれだけ深い間柄だったんだろうと胸を打たれましたね。
本当に人が死んで哀しい、友達だったのにもう喋れなくて悲しいって、わんわん泣いてる。
そういう関係になれたら良いですよね。いろんな人とね。

だから距離を誰とも置いてると、あんまり仲良くならない。
それは、あまり嫌われることも無いかもしれないけど、本当の深い契り、友達としての契りというのもできない。
うんと深くて良いんじゃないか。
死ぬときにたくさんの人が集まってきて、みんなが、
「残念だ、もっと生きてもらいたかった。生きて話す時間が欲しかったよ」
とみんなが泣くような、そういう葬式をして貰える人だったら、それは、たくさんの人と、深い良い関係をとって生きた人だということ。つまりたくさんの人に影響を与えた人生というのは、良い人生なんじゃないでしょうかね。
幅広い人と、それぞれが深い、影響を与えあう人生。良いんじゃないでしょうか。

尾崎豊の葬式のとき、講談社の近くだったんですけど護国寺に3万人の人が来たんです。雨が降ってたのに。3万人。まあ尾崎豊と直接話したことは、ほとんどの人はないでしょうね。コンサートに行ったことはあるかもしれないけど。でもCDを聴いて胸を打たれて、本当に自分の心を潤してくれて、慰めてくれて、死なれて残念だ、と思う人が3万人もいたということだと思うんですよね。一般の人とはちょっと違いますけどね。
死なれて惜しいという関係をとるには、遠慮していたらそういう関係にはなりませんよ、ということです。

 

 

(2018年10月5日掲載)









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第3回「本で涙を流すことについて」
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第6回「太宰治について」
第7回「摂食障害の人が片付けが苦手だったり、約束の時間に遅れてしまうのは何故ですか?」
第8回「自分のことを『僕』『おいら』と言うのをやめられなかったのは、なぜか」
第9回「おいしいカレーと、おいしくないカレーの違い」
第10回「楽しんで走る」
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