質問
私は卒業後のことを考えるとき、どこか別の場所ではなく、なのはなで自分が何か役に立てるようなことはないかという風に考えてしまいました。もちろん自分がスタッフさんのようになれるとは思えないし、ここで働きたいというのではなく、卒業できる位の力がついたら、今よりも皆の役に立てるだろうと思いました。入居者としてなのはなに居続けることはできないだろうし、卒業と違うことなのですが、自分の将来をこういう形で想像することはおかしいですか?
他のところに行きたいという気持ちもあるけれど、それよりもなのはなで皆と成長したい、もっと謙虚で強くなりたいと思う気持ちについて、どう考えたらよいか、教えていただけるとうれしいです。
答え
あの、あまり卒業後の事についてはね、頭をそれほど割くべきではないんじゃないか。その段階になってから考えればいいことで、いまは考えるべきではない、というふうに僕は思います。
で、「なのはなでみんなと成長したい、もっと謙虚で強くなりたいとい思う気持ちについて、どう考えたらいいか」という事ですけれども。
なんていうのかな。
人ってね、どこにいて何をやるのが良いのか悪いのか、後になってみないと分からないっていうところがあるんですよね。それで、どこに自分がいたら良いのかっていうのは、その時の運任せで良いんじゃないか、っていうふうに考えています。僕はね。
第1回の芥川賞受賞作っていうのはね、石川達三という作家の書いた、「蒼氓」(そうぼう)という小説です。
大分昔の話ですけどね、
これは第1回目の芥川賞にふさわしい面白さがあり、意味のある本だな、というふうに僕は思います。
中身的にはね、昭和30年代にあったブラジル移民の話です。昭和20年代、30年代、40年代までかな、ブラジル移民がありました。日本は経済的にかなり疲弊していて、国民を養う力がないので、何とか人を外に出したい、という気持ちがありました。
ブラジルはブラジルで働き手が少ないので、入植者が来ないかなと言う気持ちがあり、日本では国を挙げてブラジルへ移民することを日本人に奨励したんです。
だからブラジル移民については、行くんであれば旅費を持ちますの、当座の生活費を出しますよ、みたいな奨励をした。
それで、「蒼氓」という小説は、その移民になっていく人の話です。
主人公は女性です。隣の家の20代の男の人が、ブラジルで夢を果たすんだという気持ちになった。自分の大きな農場を経営するんだ、みたいな夢を持って、それで移民に応募しようとするけど、応募条件として夫婦でなければならないということがありました。自分は独り身、おじいちゃん、おばあちゃんも連れてくけど、独身では移民として行けない。
それで頼みに来るわけです。どうしてもブラジル行きたいんで、すまないけど僕と形ばかりで良いから、戸籍の上だけでいいから、結婚してくれないかと頼んできました。
夫婦の形を取って、ブラジルに着いたら、すぐその脚で帰って良いんだ、とんぼ返りしてね。うちら一家を助けると思って、俺と入籍してくれないかって、頼まれてしまった。
そのとき主人公の女の人は、好きな男の人がいた。恋心を持っていて、ラブレターを出したら相手も、うんいいよ、って結婚してくれるんじゃないかと思うくらい、大好きな人がいた。
まさにラブレターを出さんとしていたときの、そういう話なんです。
隣の人に頼まれるし、その人のお父ちゃんお母ちゃんにも頼まれるしで、それで、それに押される形でブラジルに行くことにしちゃったんです。
入籍しちゃったんです、形だけね。移民に必要な書類上のことで、本当に結婚するとは思っていない。
それでも、私はこういう事情でちょっとだけブラジルに行って来ますけど、あなたのことが好きで、帰って来たらできれば一緒になりたいという手紙を書いて、出航前に投函して船に乗るつもりだったんですよね。その好きな男性にですね。
ところが港について、出そうと思っている内に出しはぐって船に乗っちゃって、そのまま手紙を出しそびれてしまったんです。それで、そのラブレターは破って船から捨ててしまったかもしれません。
移民船はブラジルに着きます。
すると、隣の男性が言うんです。せっかくここまで来たんだから、俺たちが入植する場所を見て行かないか、と。
それで、じゃあ、せっかくだからって、えんこらえんこら、はるばる入植地まで行くんですね。大変ですよ。
行ってみたら何も無いところで、ひどいところなんですよね。
そこで、農業するという事でね。何日かでも、ゆっくりしてから行ったらいい、という事で、何日か泊まるんです。それで、ある日ね、朝日が、ブラジルの朝日が昇ってきたときにその男の人が言うんです。
あの、形ばかり入籍してもらったけど、俺は昔からあんたの事が好きだったんだ、こんなところまで付き合ってもらって悪かったけど、もしできたら、俺とほんとの夫婦になってくれないか、って言われちゃうんだよね。
「そんな」と思うでしょ、好きな人がいたというのにね。
女の人がそう言われてしまって、考えてしまうんですね。
ううん、もういいか。ここで、ブラジルでこの人と一緒になって、ここで生活……。仕方ないかなあ、と思いながら朝焼けを見ている。
確か、そういうところで小説が終わります。
読んだ後、「ナニこれ-っ!」と僕は思って、欲求不満でしたね。
なんで手紙を出さなかったんだーっ! なんで日本に帰らないんだ! 入植地へなんか行くな、行くな、行くなーっ! 結婚するなーっ、やめろーっ!
いじいじしてしまうんですよ。
何でそんなに言いなりになって、自分の思ってないほうに自分の人生が流れてしまうのに、無抵抗なんだ! そんな生き方は、いいはずないでしょ! 憤慨したんですね。
なんでこれが芥川賞なんだよ、なんでこれが良い小説なんだ、とまで思いました。
でも、なんかこう、そこはかとなく、悲しいけど肯定的な気分になったことも確かで、複雑な気持ちになってしまったわけですよ。
それで後ろについていた解説を読んだらね、すべてね、相手任せで自分の意志を言わない、言えないって事もあるけど、どこまでも流されていってしまう、明治女の美しさが見事に描かれている、なーんてことが書いてある。
ほんとかよー、と思いましたよ。
流され続ける。
ここまで相手に流されてしまうと、きれいな生き方になってしまうのか。
自分の意志をほんとに言わない。自分の意見を通そうとするどころか流されっぱなしで、なるほどなあって深い感銘を受けましたね。
それを十代の時に読みました。
衝撃でしたね。そういう流される生き方もあるのか、とーー。
ふつうはボーイズビーアンビシャスとか言って、大志を抱いて、自分の志を通せって教えてもらいますよね。
それがその正反対に流されっぱなしで、地球の裏側まで行って、それでよしとしなきゃいけないのか、ですからね。
なるほどな、それもきれいなのか。
結果がどうこうじゃないんですね。ブラジル移民は現実にはほとんどの人が失敗してます。大変な失敗です。僕はブラジルに行って、現地の日本人から聞いてビックリしました。
こないだ行った時もすごかったもんね。
ほんとに(農業で)成功したのは、富安地区というところでフルーツジュースを製造した日本人ぐらいじゃないでしょうか。今は500人くらいの日系人がその地区でフルーツを育てています。
でね、話は遠くに行っちゃいましたけどね。
なんかね、こんなふうに、ああしたいこうしたいって強く拘るんじゃなくて、要は流されて生きる綺麗さっていうのもあるんですよ、ということを言いたいんです。
自分がどうなるか分からない。どうなってもそのときの流れに身を任せよう、と思う綺麗さ。
自分はこうなって、いつこうなって、こう結婚してこうなんだって計画を立てる。
そういう意志を通す素晴らしさももちろんある。
その一方で、そうじゃなくて自分が摂食障害になって、その症状に打ちのめされてきたからには、回復はもう人任せで、言われるままで、それからそれなりのね、人生の流れの中で決まっていけばいい。そんなんでいいんじゃないかなっていう気が僕はするんですよね。
だから僕自身ね、すごく志を持って、将来のビジョンを持って頑張りたいって気持ちとね、やっぱりそれが行きがかり上って言うか、人生の流れの中で、別な方の展開になっても、それはそれで受け入れていくっていう気持ちが半分どっかにある。
だからいま、僕は岡山にいるんですね。東京にいたはずなのに。
でもね、一緒にしちゃいけないことがありますよ。
一緒くたにして考えちゃいけないのは、流されるって言うのと逃げるって言うのは違うということ。
みんなは、それを一緒にして、つい自分の気持ちを現実逃避して逃がすんだよね。
気持ちを逃がすようにブラジルへ行っちゃいけないんだ。
この人は逃げてないんだよね。だから流されても綺麗なんだろうね。
みんなはって言ったらいけないけど、気持ちを逃がして流されるような人が多いのだけど、それは綺麗じゃない。
気持ちを逃がして、逃げていくのは卑怯なんだよね。汚くて、下品なんだと思います。
そうだよね。
これも、やっぱり「自分の将来をなのはなで」って、考えちゃいけないの? って言うけど、これもある種の逃げなんだよね。
社会に出るのが怖いから、ここで成長しますみたいな逃げをうつ。
いまの段階で、そんな事考えない、っていう強さも必要だよね。
ここにずっといたい、というのも逃げ。
早く社会へ出ます、って急ぎ過ぎるのも逃げ。
考えちゃいけないというのは、考える材料がまだ乏しいんじゃないかということ。
回復した頃に、自分の将来を考える材料が、自分の中にそろっていく。
それから考える、というのでいいんじゃないでしょうかね。
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