第35回「恋愛できますか」


〈質問者〉

質問

 先日、お父さんが
「ここにいるみんなは恋愛経験がない子が多い」
 というお話をして下さいました。
 私も、恋愛経験のない1人です。なのはなに来るまで1度も男の人とお付き合いをしたことがありません。
(素敵だな、一緒にいて楽しいな)
 と思う人はいました。
 しかし、1対1で付き合うこと、恋愛関係になることが怖い気持ちがありました。
 また、男の人から好きになってもらったこともありません。

 男性恐怖症(生身の男性が怖い気持ち)や、男性に対してかまえる気持ちをもつようになったことは、摂食障害と関係がありますか?
 また、なのはなに来て、私は人を好きになり、人を信じられるようになったけれど、「恋愛」と考えるとやはりかまえてしまうし、好きになることも好きになってもらうことにも自信が持てません。
 これは、もっと気持ちが整ってくれば自然と変わりますか?
 教えて頂けると嬉しいです。

 

〈お父さん〉

答え

 恋愛経験がないことと、摂食障害と関係ありますか、ということですが、まあ、関係はあるでしょう。
 対人関係がきちんととれない、というのが大きな特徴ですから。
 自分を過小評価して、相手の気持ちを考えすぎると、相手にのしかかって威圧するような態度をとるか、媚びるように下手に出るかのどっちかになる。
 素直にストレートに自分の気持ちを出したり、相手の気持ちを受け取ったりすることが、できないのです。
 
 ただし、僕は、僕の世代でも恋愛経験のある人はほとんどないと思います。
 恋愛というのはむずかしいです。気持ちのクリーンな人でなければ、恋愛は成立しません。
 損得感情のある人は、恋愛はできない。この人といたら得かな、とか考えてしまうのでは、純粋に好きになることはできません。
 
 好きという気持ちに理由はないし、計算は出来ません。そういうのを持てる人というのはそもそも、僕の時代から少ないです。昔から少なかったんじゃないのかなと思います。
 恋愛もどき、恋愛ごっこ、というのはいくらでもあるでしょう。
 本当の恋愛は、あっても一生に一度だけ、というものでしょうね。
 
 それは、スタンダールの小説『赤と黒』を読んだらわかります。
 主人公の男性は、2度、恋愛のような感情を持ちます。2度目に好きになった人と結婚しますが、後で自分の本当の恋愛は最初の1回だけだったなと思います。
 そういう恋愛を、普通の人はなかなかできません。ピュアな心を持つということはむずかしいんじゃないのかなと思います。
 あと、相手にめぐまれないとできないしね。そういうタイミングにもめぐまれないと、恋愛は難しいんじゃないでしょうか。
 だから、恋愛したい、と思っていてできるものでもない、ということですよね。

 好きになることも、好きになってもらうことにも自信がありませんというのはわかります。
 本当は、好きになる自信があるかどうかじゃなくて、気が付いたら好きになっていた、というようなものです。
 言ってみれば、好きというのは、相手の良いところ見つけ。
 相手の良いところを深く理解して、好きになってしまったら、それが自分の深い共感を誘うものだったら、心がそこから離せなくなる。それが、好きということです。
 
 僕はね、小学生のときは男も女もなければいいのにと、思っていました。食べる楽しみもない代わりに、排泄する苦しみがなくて、口は喋るだけのためにあっていいけれど、排泄器官はなし、というのがいいと思っていました。中学くらいまで。女の人を好きといっても、浅い感情しかなくて、男も女もないほうがいいと思っていました。
 高校生くらいのときから、ぼちぼち女の人がいてもいいかと思うようになりました。

 街を歩いていて、すれ違って、きれいだなと思うだけで、次々にその人を好きになっていく。世の中には綺麗な女の人が多いな、と感動するんです。
 ただ、もったいないことに、すれ違っただけで二度と会わなければ、忘れてしまうでしょう。
 今だったら、デジカメなんかがありますから、写真を撮らせてくださいと言えても、フィルムカメラしかないし、高校生で、すれ違っただけの女性に、いきなり写真を撮らせてくださいってできないでしょう。
 
 何か、自分が好きになった人を残せないかな、と思いました。それで好きになった人を絵で残しておこうと思って、美術部に入りました。純粋でしょ。
 で、最初に誰かの絵を真似して、描き方を習わないといけない。
 今、残ってる名画のなかで1番の美人は誰だろうかと、図書館にいって、片っ端から画集を眺めてみました。いろいろな画集を手に入る限り見て、そのとき世界で一番の美人画はフェルメールの『真珠の耳かざりの少女』だと思いました。
 これが一番、綺麗な女の人だな、と。これを模写して、この人の絵をかけるようになっておくと、これから好きになった人のことも、それを基礎にかける。そして、だいたい真珠の耳飾りの少女に似た人を好きになりましたね。
 ところが練習のために探したそのフェルメールの絵を見てて、その絵そのものを好きになってしまって、困ったなと思いました。
 
 真珠の耳飾りの少女は、本物を2度、見たことがあります。
 1度目は30歳すぎのときに、東京の国立西洋美術館に来たことがある。
 オランダの美術館を改修するときかなんかで。
 そのとき、「止まらないで観てください。止まらないでください」と連呼されながら、ちょこちょこ歩きながら見たんです。
 あー来た、来た、来た、やった会えた、と思ったら通り過ぎてしまいました。その時の感動は涙が出るくらい、胸がいっぱいになりました。

 2度目はこのあいだ観ました。東京の現代美術館に来たので見にいきました。
 あのときも嬉しかったですね。
 20年に1回、観るくらいかな。今、観ても涙が出ます。絵の前ではずかしくなる。
 初恋の人に逢ったようなときめきがありました。
 
 絵を好きになるのは、生身の人を好きになるのとそんな変わらないんじゃないかと思います。すれ違っただけで好きになります。
 それはいわゆる恋愛というのとは違うと思いますけどね。
 若いときに、何かを飢えるように強く求めていた気持ちが、あの絵を見るとすぐに胸いっぱいに広がるんです。そういうふうに強く求める気持ちが出てくると、恋愛に落ちる可能性が高いということなのです。求める気持ちとは、自分の人生に対する限りない希望のようなもの、です。

 恋愛には準備段階が必要です。みんなの歳は、本当なら、正常に準備段階ができてる状態です。
 それまで大好きだった親に対して、なんか違うなと好きではなくなって、もっとちゃんと生きたいとか、いろいろな意味で本当のことを知りたいとか、求める気持ちが強く出るというのが恋愛の準備です。
 
 親が好きな人は恋愛準備ができていない。家族が好きな人は正常に脳ができていない。まだ赤ちゃんに近い脳ですね。
 恋愛っていうのは繁殖行動の前提ですから、みんなは動物にすると繁殖期にはいっている。子供を巣をつくって産む。繁殖する。親と繁殖はできませんからね。
 繁殖をうまくさせるために、親を嫌いになるプログラムが頭にあるはずが、摂食障害の人はそのプログラムが壊れていますから、親に一番しっくりしたものを感じてしまう。ほかの人には、しっくりしたものを感じない。それで親離れできないわけです。
 赤ん坊だったらそれでいいですけれどね。

 親にしっくりしない、離れたい気持ちをもっていて、理想的な人と理想的な暮らしをしたい、と願う気持ちがあって、出会いがあれば、すぐにそっちに気持ちは向かうでしょう。好きという感情が芽生えて、私の求めていた人だとなる。それが、正解かどうかはまた別の話ですがね。
 昨夜もお母さんとたまたまそういう話をしましたが、それでも夫婦になって時間がたてば好きという感情は消えて、なるべく一緒にいたくないという人も多いです。
 
 僕とお母さんは、年がら年中一緒にいます。
 普通なら、夫が仕事に出れば、夜まで帰ってきません。それが僕とお母さんは朝から晩までずっと一緒にいて嫌にならない。いつまでも話が合うというのはよっぽど相性がいいんだねって話しました。
 お互いに我慢しないでいられて、いつでも一緒にいて嬉しいというのは案外少ないのかもしれません。
 僕らと同じ世代をみてて、夫婦が一緒にいて嬉しいと思ってる人は少ないかもしれません。いい恋愛をして、いい結婚生活をするというのは、案外難しいものだと思います。
 
 いずれにしても、みんなの気持ちのバランスがとれて、ちゃんと生きたいという気持ちが出てくると、自然と男の人に出会い、恋愛もすると思います。

 津山に住んでる、卒業生のみよちゃん。あの子は、自分の家が一番いい。家を離れたくないと言って、なのはなに来ます、と入所を申し込んでも離れられなくて、実際になのはなに来たのが1年後でした。
 来たばかりのとき、「私は恋愛もしたくないし、子供なんか産みたくない。回復したとしても結婚しない」と言ってたのが、いま恋愛結婚して子供も産んでいます。
 気持ちが回復すると、結婚したくないと思っていても、結婚する気持ちが自然と働きます。

 そういうわけで、質問の答えをまとめると、いままで男の人を好きになったことがない、という人でも、心のバランスがとれると、異性を好きになる感情が芽生えてきます。









第1回~第100回(クリックすると一覧を表示します) 第1回「縦軸と横軸について」
第2回「神様は何をしようとしているのか」
第3回「本で涙を流すことについて」
第4回「本を読んでも内容を忘れてしまうことについて」
第5回「時間をうまく使えるようになるには」
第6回「太宰治について」
第7回「摂食障害の人が片付けが苦手だったり、約束の時間に遅れてしまうのは何故ですか?」
第8回「自分のことを『僕』『おいら』と言うのをやめられなかったのは、なぜか」
第9回「おいしいカレーと、おいしくないカレーの違い」
第10回「楽しんで走る」
第11回「死ぬことへの考え」
第12回「『聞く』と『教えてもらう』」
第13回「頑張るフルマラソン」
第14回「他人の成功」
第15回「『今』という時間」
第16回「不安の先取り」
第17回「良い協力関係」
第18回「急に悲しくなる」
第19回「夢の持ち方について」
第20回「心の許容範囲」
第21回「疲れるのが怖い」
第22回「スポーツの勝ち負け」
第23回「人といること」
第24回「“好き”という気持ち」
第25回「何でも知っている」
第26回「舞台鑑賞が怖かったこと」
第27回「生まれ変わるとしたら」
第28回「一番感動した景色、美しい国はどこですか?」
第29回「好きな時代はいつですか」
第30回「体型について」
第31回「行きたいところ」
第32回「悲しくなったら、動く」
第33回「意志を持てないこと」
第34回「心を動かす」
第35回「恋愛できますか」
第36回「日記の重要性」
第37回「心配されたい」
第38回「ONとOFF」
第39回「いつも同じ態度で」
第40回「涙腺が弱い」
第41回「子供が苦手」
第42回「正しいことを通そうとして」
第43回「流されて生きる」
第44回「才能について」
第45回「身長は伸びますか」
第46回「否定感が強い」
第47回「ぐっすり眠れない」
第48回「見え方、感じ方」
第49回「強さについて」
第50回「自分の出し方」
第51回「身体の調子と気持ち」
第52回「何のために変わるか」
第53回「痛みを知る」/a>
第54回「投げやりな気持ち」
第55回「未完成」
第56回「相手を許す」
第57回「書けないとき」
第58回「甘いと甘え」
第59回「イライラしない」
第60回「落ち込んだ時」
第61回「生きているなら」
第62回「わからない問題は」
第63回「眠ること」
第64回「子育てについて」
第65回「夫婦で大切なこと」
第66回「自己否定について」
第67回「友達が欲しい人、そうでない人」
第68回「未来を信じる」
第69回「山を登ると」
第70回「リーダーをすると苦しくさせる」
第71回「自分から人を好きになる」
第72回「小さいころからの恐怖心」
第73回「お姉さんのような存在を」
第74回「作業に対して気持ちの落差が激しい」
第75回「大きな希望を持つとき①」
第76回「大きな希望を持つとき②」
第77回「夢について・集中力について」
第78回「やるべきことをできていなくて苦しい」
第79回「やるべきことをできていなくて苦しい②」
第80回「真面目さは何のために」
第81回「高いプライドをつくるには」
第82回「番外編:そうだ、お母さんにきいてみよう!」
第83回「相談、確認が多いことについて」
第84回「自信を持つ」
第85回「間の良さ、間の悪さ」
第86回「過去を美化してしまう」
第87回「統合力を高めるには」
第88回「見張られているような不安」
第89回「どうして人間だけに気持ちが必要なのか」
第90回「休日になるとやる気がなくなってしまう」
第91回「低気圧」
第92回「どうして動物を飼うの?」
第93回「自分を褒める話をするには」
第94回「眠れない」
第95回「ふいに恥ずかしくなる」
第96回「躾について」
第97回「壁をなくしてオープンになるには」
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第99回「私のストレスは何?」
第100回「社会性を身につける」
 
第101回~第150回(クリックすると一覧を表示します)
第101回「依存を切り離す期間は? その後はどう変わる?」
第102回「依存を切り離すことについて②」
第103回「会話が理解できない・生きる意味」
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第116回「自我を育てる」
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第124回「野菜の収穫基準がわからなくなる」
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第129回「個人プレイからチームプレイへ」
第130回「すべてのことを高いレベルでやりたい」
第131回「なぜ、痩せているほうが良いと思われるのですか?」
第132回「予定が変わると、気持ちがもやもやする」
第133回「楽観主義者と悲観主義者の境界線」
第134回「上品に、笑顔で、美しく」
第135回「続『上品に、笑顔で、美しく』」
第136回「嘘をつけない」
第137回「お父さんが怖い 前編」
第138回「お父さんが怖い 後編」
第139回「見事やで」
第140回「頼まれごとが不安・時間に遅れる①」
第141回「頼まれごとが不安・時間に遅れる②」
第142回「頼まれごとが不安・時間に遅れる③」
第143回「大きな声を出すこと」
第144回「時間の使い方」
第145回「お腹がすく」
第146回「本を読む時、第三者の視点になってしまう」
第147回「罰ゲームの答えとユーモア」
第148回「アイデアが出ないこと」
第149回「気持ちと身体の助走」
第150回「花や動物を可愛いと思えない」
 
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第151回「美味しいセロリ」
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第201回~第250回(クリックすると一覧を表示します)

第201回「正面から受け取りすぎることについて」
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第249回「演じること、正直になること」
第250回「怒りと感謝の気持ちは共存しない」
 
▶第251回~
第251回「アメリカンドリーム」
第252回「悲しむこと」
第253回「限界までやってみる」
第254回「リーダーの向き不向きについて」
第255回「悲しくならない求め方」
第256回「人前に立つ緊張」
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第258回「プライバシーについて」
第259回「寝相について(前半)」
第260回「寝相について(後半)」
第261回「変わっていくことについていけない恐ろしさ」
第262回「速く書く事」
第263回「利他心について」
第264回「集中力について」
第265回「読書について 解釈と鑑賞」
第266回「年齢、役割に見合った振る舞いについて」
第267回「相手に喜んでもらいたい気持ちと、自分が幸せを感じることの怖さ」
第268回「相手を幸せにするということについて」
第269回「シンプルであること」
第270回「人のために動くとき」
第271回「周囲の人や家族のなかで浮いている感覚があったことと、個性について」
第272回「楽しませる人、発信する人になりたい」
第273回「目の前のことに集中できない・利他心と利己心について」