〈野菜の収穫基準について〉
ピーマンの収穫をしていて、たびたび収穫の基準なども変更があり、本来のピーマンの姿が自分の中で迷走するときがあります。
一度、スーパーなどに売っている野菜を見に行き、大きさ、かたさ、色などを見に行ってみたいと思いました。
(スーパーにあるものが、良いというわけではないかもしれないけれど、)自分の中の判断の材料の一部として。
お父さん、お母さんはどう思われますか?
【答え】
これだけ長く生きてきて、スーパーに並んでるものを見ないとピーマンの正しい姿がわからない、という人は、見たとしても何回でも忘れると思います。
目で見ようと思うからわからないのであってね。
収穫基準がわからないというのは、何ていうかな、心が狭くなっちゃっているかなと思います。スーパーで売ってるものを見たって、また間違いますよ。絶対に、間違います。
だって、スーパーに売ってるピーマンと、うちで育てているピーマンの種類が違ったら、もうお終いです。形が違うんですから。かぼちゃ型のピーマンと、ししとう型のピーマンとかあったりするでしょう。同じピーマンでも、まるで形が違いますよ。雰囲気もね。
だけど、ピーマンは今だって食べているわけですからね。大きくなりすぎたピーマンとか、小さいピーマンを見てるわけですから。どれが適当かというのは本当にものすごくアナログですよ。デジタルじゃないですよ。
アナログなもので、良いものか悪いものか、収穫基準に達してるか達してないか、それはもう心で見るしか無いんじゃないですか、ということだね。スーパーに行って売ってるのを見たってしょうがないですよ、と思います。
時期があってね。今、ピーマンでもキャベツでも、みんなは良い作物を作れるようになっています。以前は、買い物学習でもしたほうがいいんじゃないか、と思うくらい訳のわからないものを穫ったりしていたの。
お父さんが、水戸のおばあちゃんに、梅の収穫基準についてきいたとき、おばあちゃんが「毎日、梅の実を見てたらわかるよ」と言ったように、わかる目を養うことが大事――みんながみんなということはないけど、あれだけ、良いキャベツを作り始めたみんななら、リーダーさんに聞いたらわかるとお母さんは思っています。
スーパーに行っても、野菜の不出来な時期があります。それこそ暑かったり、寒かったりで不出来なときは小さいし、天候がいいときは大きい。出てる時期とか、台風の影響とかで、スーパーに売ってるのが最高のものじゃなくて、その環境の中での良いものが出てるんだから、小さいときもあれば大きいものもある。だから買い物学習みたいな感じで、何センチというものを、スーパーに見に行ったりしても、何の足しにもなりませんよということだよ。
今お母さんが言ったとおりで、天候の影響で小さいときには小さくても熟しているということがあるし、天候が良ければもっと大きくなるし。
こういう人は、他の要素でも収穫基準が揺らいでしまいます。
人に引っ張られたりしたら、いくらだって心が揺らいでしまうんだよね。みんなが小さいのを穫っていたら、小さくてもいいのかな、と思えてきてしまう。
一番いいのはピーマンの畑に行って、こうすればいいんです。
「ピーマンのみなさん、おはようございます。今から収穫しますので、収穫時期になったピーマンのみなさんは、私が近づいたら『はい』って言ってください」
と言ってから、穫り始める。
お父さんの好きなお菓子屋さんの話し、したら?
大好きなんだ。お菓子屋さんの話。
30年以上、お菓子の卸問屋の会社があって、ずっと毎年増収増益を続けているんですよ。今この時代にお菓子問屋なんて、と思ったらとんでもない。そのオーナーの社長兄弟がいるんですけど、お菓子が大好きなんですよ。お菓子が人の生活を幸せにしてくれる、と信じて疑ってないんですね。
もう年配のおじいさんだけどね。
そう。そのおじいさんは誰よりも早く出社します。出社時間、午前3時ですから。午前3時に倉庫に積んだお菓子に、向かってこう言います。
「お菓子のみなさん、おはようございます。今日もよろしくお願いします」
7時から社員が来ます。その社員が仕事しやすいように整理を始めるんですよ。
こうやって深々と例をして、ガラッと開けて、お菓子の皆さんおはようございます、って。本当だよ。社員は誰も居ない時間で、お菓子に言ってるの。
もう何十年も増益増収です、その会社。
その会社が、売った代金を回収しそこねたことがあります。
そのときに、お菓子が「この会社に売っちゃだめ」って、言っていたそうです。社長にお菓子が教えてくれたのです。
社長はそんなふうに、お菓子の声を2回、聞いたことがあるそうです。
(えっ)と思って、(今、誰が言ったの)と思ったらお菓子が言ったのね。売っちゃだめ。
本当かなと思ってね。でも今まで長く付き合いのあった会社だからと思って、出しちゃった。そしたら本当に回収できなかった。
ああ、お菓子が自分に教えてくれた通りだったんだなと思ったら、回収できなくても、いいやと思って、お菓子をますます好きになった。
お菓子の声を聞いたことが、もう1回あったという。
本当だと思いますよ、僕は。
ホームラン王の王選手は、1回だけ、バットにホームランになるボールが当たった瞬間をはっきり見たことがあるそうです。バットに当たった瞬間、ひしゃげて、ビュッと飛んでいくのを見たそうです。たった1回だけ、見えたんですね。それから毎回、当たる瞬間を見ようとして打ってたそうですけどね。
僕はたった1回だけ、神様が書かせてくれた原稿というのがありますよ。
週刊誌の原稿でしたけど400字で14,5枚の原稿です。
夜中を過ぎても1枚も書き出せない。書き始めては続かない。また書いては、だめ。2,3行書いて進まないのはだめなんですよ。
資料を何回読んでも、文章が浮かんでこない。これはいい素材なので、いい原稿を書きたいから、つまらない原稿を書きたくない、何で今日はこんなに書けないんだろうと思いながら、午前2時になり3時になり、4時になり。冷や汗が出てきますね。
これはもう書けないかもしれない。眠たくなってきたし、疲れて気力も無くなってきたので、ちょっとだけ仮眠しようと思いました。朝5時に電気もパソコンもつけっぱなしで、ちょっと軽く横になって毛布かけて、疲れだけ取ろうという感じで、原稿のこと考えながら横になりました。
そしたら1行目が浮かんで、2行目、ああなるほど。3行目。最後の行まで行って、これなら書けると思って目が覚めたんですね。
7時でした。2時間、横になっていた。
起きて、今のがまだ頭にあると思ったうちに夢で見たとおりに書いたんですよ。
1回の直しもなく書き上がってプリントしてみても、破綻がないんですね。
それを送って、ああいい原稿でしたって編集者に言われて、それは神様が書かせてくれた原稿かなと思いますね。自分で書いた気はしないですね。そういうことが1回あります。
この人、ピーマン畑に行って、「これを穫って」と神様の、あるいはピーマンの声が聞こえて、穫ってみたら,、良いのだけ穫れていた、そんなことがなのはなにいるうち1回くらいあってもいいんじゃないでしょうか。
そんなことで神様を使うのもったいない? でも、そんなふうに思って穫ってみましょう。
(2018年10月12日掲載)
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