第11回「死ぬことへの考え」


質問

毎日、お父さんのお話を聞かせていただけるのが楽しみです。
ただ私は、ニュースなどを教えてくださる時に“死んだ”“殺された”という話を聞くのが嫌だと感じます。いくら知らない人とはいえ聞くとぞくっとします。
そう感じてしまうのは、自分自身が苦しんできたからそういう話に反応してしまうのでしょうか?
教えていただけたら嬉しいです。

 

答え

そうだね、やっぱり心が苦しいときとか、自分が傷ついて、それが癒えていないときは、人の不幸を聞くと、自分の辛さと重ね合わせてしまうので、聞くのが苦しいんですね。
だから、「死ぬ」という言葉に敏感に反応してしまうと思います。
あと、死に対しての気持ちっていうのが、決まっていないのだと思います。死に対する覚悟が決まっていない、考え方が決まっていないということです。
そうすると、人の死に対して、過敏に反応して、嫌だなと感じてしまうと思います。

ちょっと難しいのですが、人が死ぬということは、生きていることとそれほど違わないというか、そういうふうに思うべきなんじゃないかと、この頃、僕は思います。
別の言い方をすれば、死ぬということをあんまり大げさに捉えない。
かといって、命を粗末にしていいということじゃないけれどね。

特にそう感じる場面は、小さな幼い子どもが心臓が悪くて、心肺同時移植をしないといけないといったとき。
その移植手術のできる外国へ行くのに、一億数千万円のお金がかかる、それをみんなで募金しているといった話を聴くことがあります。
そういうような話を聞くと、しらけてしまう気持ちになることがあります。
そういう小さい子どもの為に、一億数千万円も色んな人から協力してもらって集めても、仮に手術が成功したとしても,その子はまず大きくならないのです。
自分の心臓なら年齢と共に大きくなりますが、移植した心臓は大きくならずに子供の心臓のままです。
小さい子どもは、子どもの心臓をもらいます。成功してその子が成長すると、その心臓では間に合わなくなる。そこで、何年かしたら、12歳くらいの子の心臓をもらい、何年かしたら、20歳くらいの大人の心臓をもらう。
そんなふうに、成長に合わせて何度も心臓の移植手術をしていかなければなりません。
何回も、より大きな心臓の移植を受けなければならないということは、その度に1億数千万円かかり、その生存率は難しいものがあります。
僕の知る限り、幼い子が心肺同時移植をしたら、頑張って生きても、免疫抑制剤などの影響もあり、12歳くらいまでしか生きられないことが多いようです。

せっかくだから少しでも長生きさせたいと、1歳で移植手術、また5歳で移植手術、そして12歳まで命をもたせる。
果たして、それが幸せなのか、疑問でならないのです。
僕の考え方としては、死ぬべき時期には死に、生きるべきときには生きると、生死に対して淡白でありたいと思っています。
生きていることはそんなに楽ですか?
生きていることは辛くないですか?
一生懸命に、精一杯生きていたら、すごく大変な面がある。

いい死に方というのもあります。みんなに認められて、みんなにさようならと挨拶をして、天国に行って楽になってね、天国で待っててね、と送られる人もいる。
生きる苦しみから解放されて、よかったねと言ってもらえるわけです。
これは考えようによっては幸せなことではないでしょうか。
仏教では、生病老死、という四大苦があります。
生きる苦しみ、病気になる苦しみ、老いる苦しみ、死ぬ苦しみ。
仏教でも。生きることを楽としていないんです。生きることを、4つの大きな苦しみのうちの1つに数えているのです。
死んでしまえば年を取りませんし、それ以上病気になる苦しみもないのです。

あと20年くらいしたら。僕も死にます。
お母さんも、あと30年くらいで死ぬでしょう。
みんなも、あと60年くらいしたら死ぬ。
人は誰でも、産まれてきたものは必ず、いずれ死ぬのです。

形あるものは必ず壊れる。
その壊れるのを悲しみすぎたりしたら、形あるものを作れないでしょう。
死ぬのを恐れていたら子どもは作れないし、死ぬのを恐れていたら、生きていけない。
そういうことで、人が頑張れるのは、やっぱり頑張れる範囲があるんです。
その後、生きていたら、神様が生きろって言うことだし、死んだら、神様が「死んで良いよ」っていうことなので、その神の思し召しに従いましょうという気持ちをどこか持っていると、少し死に対する考えをラクに持てるのではないでしょうか。
死ぬということは、神様が楽になりなさいと言った、と同じことと思ったらいい。

ただ、馬鹿なことはやらないでもらいたい。
昨日ね、19歳の大学生が、琵琶湖を流れる水路にかかる橋の欄干から落ちたのです。
橋の長さ12m、あんまり長くないですよね。
その橋の欄干とか、橋の下とかいったけれど、そこにぶら下がって、大学生が腕の力だけで橋を渡ろうとしていた。
何かテレビ番組にでも、出ようと思ってその練習だとかいっていました。友達に、携帯のムービーでその姿を撮っておけと言って、それで渡っていって、水に落ちた。
そんなに流れは急じゃないと思うけれど、沈んでしまって、その後3時間くらい経ってから、水没しているのを引き上げたら心肺停止状態で、蘇生の処置をしたけれど、死亡が確認されたということで死にました。

これは、馬鹿なことだと思うんです。
落ちたら泳いで這い上がったら良い、と本人は思ったんでしょうけれど、もしかしたら水は10度くらいだったかもしれません。10度くらいの水って、相当に冷たいです。冷たければ、泳げる人も泳げなくなります。冷たくて、身体が動かない、そこをムリに泳いじゃったりしたら、寒さが染みるのでなお身体が冷える。何かに掴まって浮いているなら良いですけれど。泳いだら、まず、助からない。
本人は泳げたと思うけれど、冷たさで心臓が縮こまって、泳ぎもしないうちに死んだと思います。ちょっと安易でした。花見で人が出ていましたから、人に喝采浴びたかったんでしょう。でも、失敗すると、命を落とすようなことになるわけで、そういう安易な生命の使い方はやってはいけないと思います。

死は受け入れるけれども、大事に大事に生きた中で、どうしてもやむなく死ぬときは仕方ないというスタンスです。
やっぱりリスクをいつも頭に入れておかないといけないと思います。
子ども育てるときも、いつも悲しい思いがあります。
もの凄く可愛いから、この子を失った時にどうなるんだろうという悲しみです。
絶対そういうことにならないでほしいと思います。

でも同時に、僕は思いました。
子どもに何かあっても、仕事を投げうつとか、子どもの為に生きるといったことはしない。自分は自分の為に生きるのだと、いつもそう思っていました。
子供は子供の人生であって、僕は僕の人生。だから子供のために自分の人生を曲げたら、子供は悲しむだろうと思います。
僕は我が子に、「お父さんのために人生を変えた」と言ってほしくないです。だから、僕は子供のために自分の人生を変えません。親のためにも変えません。自分の責任で、自分の人生を生きる。我が子にもそうあってほしいからです。
家族に何かよくないことが起きるのは辛いことです。だから、いま目の前にいる我が子に対して、一緒にいるうちはいつもベストを尽くしてやりたい、そういう気持ちでいつも接してきました、幸い大事に至るようなことはありませんでしたが、そういうスタンスが大事だと今でも思っています。









第1回~第100回(クリックすると一覧を表示します) 第1回「縦軸と横軸について」
第2回「神様は何をしようとしているのか」
第3回「本で涙を流すことについて」
第4回「本を読んでも内容を忘れてしまうことについて」
第5回「時間をうまく使えるようになるには」
第6回「太宰治について」
第7回「摂食障害の人が片付けが苦手だったり、約束の時間に遅れてしまうのは何故ですか?」
第8回「自分のことを『僕』『おいら』と言うのをやめられなかったのは、なぜか」
第9回「おいしいカレーと、おいしくないカレーの違い」
第10回「楽しんで走る」
第11回「死ぬことへの考え」
第12回「『聞く』と『教えてもらう』」
第13回「頑張るフルマラソン」
第14回「他人の成功」
第15回「『今』という時間」
第16回「不安の先取り」
第17回「良い協力関係」
第18回「急に悲しくなる」
第19回「夢の持ち方について」
第20回「心の許容範囲」
第21回「疲れるのが怖い」
第22回「スポーツの勝ち負け」
第23回「人といること」
第24回「“好き”という気持ち」
第25回「何でも知っている」
第26回「舞台鑑賞が怖かったこと」
第27回「生まれ変わるとしたら」
第28回「一番感動した景色、美しい国はどこですか?」
第29回「好きな時代はいつですか」
第30回「体型について」
第31回「行きたいところ」
第32回「悲しくなったら、動く」
第33回「意志を持てないこと」
第34回「心を動かす」
第35回「恋愛できますか」
第36回「日記の重要性」
第37回「心配されたい」
第38回「ONとOFF」
第39回「いつも同じ態度で」
第40回「涙腺が弱い」
第41回「子供が苦手」
第42回「正しいことを通そうとして」
第43回「流されて生きる」
第44回「才能について」
第45回「身長は伸びますか」
第46回「否定感が強い」
第47回「ぐっすり眠れない」
第48回「見え方、感じ方」
第49回「強さについて」
第50回「自分の出し方」
第51回「身体の調子と気持ち」
第52回「何のために変わるか」
第53回「痛みを知る」/a>
第54回「投げやりな気持ち」
第55回「未完成」
第56回「相手を許す」
第57回「書けないとき」
第58回「甘いと甘え」
第59回「イライラしない」
第60回「落ち込んだ時」
第61回「生きているなら」
第62回「わからない問題は」
第63回「眠ること」
第64回「子育てについて」
第65回「夫婦で大切なこと」
第66回「自己否定について」
第67回「友達が欲しい人、そうでない人」
第68回「未来を信じる」
第69回「山を登ると」
第70回「リーダーをすると苦しくさせる」
第71回「自分から人を好きになる」
第72回「小さいころからの恐怖心」
第73回「お姉さんのような存在を」
第74回「作業に対して気持ちの落差が激しい」
第75回「大きな希望を持つとき①」
第76回「大きな希望を持つとき②」
第77回「夢について・集中力について」
第78回「やるべきことをできていなくて苦しい」
第79回「やるべきことをできていなくて苦しい②」
第80回「真面目さは何のために」
第81回「高いプライドをつくるには」
第82回「番外編:そうだ、お母さんにきいてみよう!」
第83回「相談、確認が多いことについて」
第84回「自信を持つ」
第85回「間の良さ、間の悪さ」
第86回「過去を美化してしまう」
第87回「統合力を高めるには」
第88回「見張られているような不安」
第89回「どうして人間だけに気持ちが必要なのか」
第90回「休日になるとやる気がなくなってしまう」
第91回「低気圧」
第92回「どうして動物を飼うの?」
第93回「自分を褒める話をするには」
第94回「眠れない」
第95回「ふいに恥ずかしくなる」
第96回「躾について」
第97回「壁をなくしてオープンになるには」
第98回「自分がオーラのある人になるには」
第99回「私のストレスは何?」
第100回「社会性を身につける」
 
第101回~第150回(クリックすると一覧を表示します)
第101回「依存を切り離す期間は? その後はどう変わる?」
第102回「依存を切り離すことについて②」
第103回「会話が理解できない・生きる意味」
第104回「何者にもなれないのでは、という不安」
第105回「一緒に長時間いられない」
第106回「人の気持ちを汲めない」
第107回「リーダーとしてちゃんと動くには」
第108回「仕事への情熱と、興味があること」
第109回「日々の習慣を持つ」
第110回「自分のアスペルガー的な要素について」
第111回「外見について」
第112回「芸術、情緒、愛情 心の深さ」
第113回「なぜ風俗業は禁止にされないのか」
第114回「生き難さを抱えていなかったら、どんな将来の夢を」
第115回「健全な家庭なら自我は育つのか」
第116回「自我を育てる」
第117回「説明が理解できない」
第118回「好きな花①」
第119回「好きな花②」
第120回「血を連想させる単語を聞くと」
第121回「社会性と、基本的な姿勢」
第122回「深い関係をとって生きる」
第123回「ノルマ感、義務感が強い」
第124回「野菜の収穫基準がわからなくなる」
第125回「自分を楽しませること、幸せに過ごさせることが難しい」
第126回「向上心を持てないこと」
第127回「アーティスティックな心」
第128回「野性味を取り戻す」
第129回「個人プレイからチームプレイへ」
第130回「すべてのことを高いレベルでやりたい」
第131回「なぜ、痩せているほうが良いと思われるのですか?」
第132回「予定が変わると、気持ちがもやもやする」
第133回「楽観主義者と悲観主義者の境界線」
第134回「上品に、笑顔で、美しく」
第135回「続『上品に、笑顔で、美しく』」
第136回「嘘をつけない」
第137回「お父さんが怖い 前編」
第138回「お父さんが怖い 後編」
第139回「見事やで」
第140回「頼まれごとが不安・時間に遅れる①」
第141回「頼まれごとが不安・時間に遅れる②」
第142回「頼まれごとが不安・時間に遅れる③」
第143回「大きな声を出すこと」
第144回「時間の使い方」
第145回「お腹がすく」
第146回「本を読む時、第三者の視点になってしまう」
第147回「罰ゲームの答えとユーモア」
第148回「アイデアが出ないこと」
第149回「気持ちと身体の助走」
第150回「花や動物を可愛いと思えない」
 
第151回~第200回(クリックすると一覧を表示します)
第151回「美味しいセロリ」
第152回「尊敬している人といると、あがってしまう」
第153回「考え事がやめられない」
第154回「認めてもらいたい気持ち」
第155回「寝汗をかかなくなった」
第156回「時間の不安について」
第157回「楽器を練習したい、本を読みたい」
第158回「疲れを認めたくない」
第159回「アトピーと蕁麻疹」
第160回「はっきりした人になりたい」
第161回「会話と、興味の深さについて」
第162回「思春期の不安定」
第163回「潔癖症について」
第164回「自尊心」
第165回「自分の身体のサイズ感をとらえるのが苦手」
第166回「兄弟を心配する気持ち」
第167回「自分の声への違和感」
第168回「野菜の調子が悪いと、自己否定してしまう」
第169回「好きな気持ちと、誤解をされることへの不安について」
第170回「トイレが近いことについて」
第171回「競争意識について①」
第172回「競争意識について②」
第173回「コンディションによって態度が変わる人、変わらない人」
第174回「恐がりなことについて」
第175回「テンション」
第176回「目を見ること、見られること」
第177回「よいお母さんになる10か条」
第178回「音楽と我欲①」
第179回「音楽と我欲②」
第180回「時間の使い方と焦りの気持ち」
第181回「自分に疑心暗鬼になって、不安に陥ってしまうのはなぜ」
第182回「有志の募集に手を挙げづらい」
第183回「緻密に」
第184回「いつも怖い」
第185回「体型に対するこだわり」
第186回「気持ちの切り替えが、うまくできない」
第187回「米ぬかぼかし作り」
第188回「評価すること」
第189回「堂々とした人に怯えてしまう ①」
第190回「堂々とした人に怯えてしまう ②」
第191回「耳が良くないこと」
第192回「限界」
第193回「物を簡単に捨てることができてしまう」
第194回「整理整頓、片付けができない」
第195回「次のミーティングは、いつですか?」
第196回「整理が過ぎるのは症状ですか」
第197回「人をもっと理解したいということについて」
第198回「体育の授業が怖くて、さぼっていたことについて」
第199回「完璧が怖い」
第200回「やるべきことに追われてしまいがちな気持ちについて」
 
第201回~第250回(クリックすると一覧を表示します)

第201回「正面から受け取りすぎることについて」
第202回「手持ち無沙汰にさせることが怖い」
第203回「生き物が好きで触りたくなる気持ちについて」
第204回「魚の食べ方について」
第205回「ステージで間違いがあったときは」
第206回「作業で焦ってしまう」
第207回「調理されて食べられる魚はかわいそう?」
第208回「頑張ろうとすることに疲れた」
第209回「自己愛性パーソナリティ」
第210回「期待について その①」
第211回「期待について その②」
第212回「アウトプットで生きる」
第213回「キャパシティを大きくしたい」
第214回「コミュニケーション」
第215回「秋が寂しい」
第216回「我欲と、自分を大切にすることの違い」
第217回「声を前に出して歌うには」
第218回「できる気がしない、と感じてしまう」
第219回「苦手なことをしている時間を苦痛に感じてしまう」
第220回「握力について」
第221回「喜び合うための全力」
第222回「リモコンの操作と、ゴミの分別が覚えられなかったこと」
第223回「相談をしたり、買ってもらったりすることが怖い」
第224回「ケアレスミスが多い」
第225回「恥ずかしさにどう対処するか」
第226回「きつく締められないこと」
第227回「豆掴みと羽根つきが、うまくできるようになっていた」
第228回「プライドを守り合える関係」
第229回「人間味を学ぶために」
第230回「リーダーをするときの不安と罪悪感」
第231回「幸せについて」
第232回「不思議ちゃんと言われていたのはなぜか」
第233回「話の絶えない人になるには」
第234回「サービスをする人になる」
第235回「ソフトボール部に入らなくてはいけない気がする」
第236回「ディストピアと野蛮人の村」
第237回「好きと言ってみる」
第238回「質問がまとまらない」
第239回「ソフトクリーム」
第240回「謙虚について」
第241回「人との間にしか幸せはないこと」
第242回「思いっ切り遊んだことがない」
第243回「癇癪について」
第244回「友達について その①」
第245回「友達について その②」
第246回「センスよく生きる」
第247回「根拠のない自信」
第248回「先生になること」
第249回「演じること、正直になること」
第250回「怒りと感謝の気持ちは共存しない」
 
▶第251回~
第251回「アメリカンドリーム」
第252回「悲しむこと」
第253回「限界までやってみる」
第254回「リーダーの向き不向きについて」
第255回「悲しくならない求め方」
第256回「人前に立つ緊張」
第257回「野菜の見方」
第258回「プライバシーについて」
第259回「寝相について(前半)」
第260回「寝相について(後半)」
第261回「変わっていくことについていけない恐ろしさ」
第262回「速く書く事」
第263回「利他心について」