第12回「『聞く』と『教えてもらう』」


質問

私は「聞く」ということが苦手です。
絶対確認しないといけないことでも聞こうとするとすごく緊張してしまって単刀直入に聞けなくて相手をいらいらさせてしまったり、
聞きたいことがあっても緊張とか恐いという気持ちに負けて聞けないことがほとんどです。
聞こうと思うと怒られるという思いに何故かなってしまいます。
どうしてちゃんと人に聞くということができないのでしょうか?
どうしたらちゃんと人に聞くということができるようになりますか?

 

答え

相手を怖がりすぎているのです。こんなことを聞いたら、その人からどう思われるかな、と考えすぎてしまうということだと思います。
どうしたら、ちゃんと人に聞くことができるようになるかということですが、気持ちを強く持つことだと思うのですよ。

僕は、茨城なまりが強かったので、東京に出たとき、赤面症で、道を尋ねるのも苦手でした。友達が、小野瀬と歩くのは嫌だ、茨城なまりで、タバコ一つ買うのもなまっている、田舎から出てきたってすぐわかってしまうと言ったくらいでした。
人前で声を出すのが嫌で、人に道聞くのも嫌で、困ったなって思っていました。

そんな僕でしたが、今でも覚えていることがあります。
何かの都合で東京に出て間もなくだったと思うんですが、母親が東京に出てきて一緒にどこかに行くとき道がわかりませんでした。
そこで、僕が道を尋ねました。お店屋さんのおばさんに勇気を出して聞いたわけです。
そのとき、母は僕よりも田舎者ですから、母を庇って僕が聞かないといけないな、という気持ちでした。
そうしたら、その人が、何も答えてくれないんです。知らん振りしている。
それで、僕は思わず、大きな声で怒鳴ってしまったんです。
「人を田舎者だと思ってなめやがって! ほんとに東京ってところはとんでもない所だ」
するとおふくろが、いいから、いいからと、僕を引っ張って行こうとする。
そうしたら、むすっとしてた人が、僕を追いかけるようにして、「今、口に食べ物が入ってて、言えなかっただけなの。どうも済みませんでした」と教えてくれました。
それで親切に道を教えてくれました。

その時ね、ああそうかって思ったんですけれど、なんていうのかな、僕は普段は訛りが怖くてあまりはっきりモノが言えなかったけど、そのとき、ハッキリ聞けたのは、母親と一緒だからちゃんと教えてもらわなければならない、という強い気持ちになっていたからだと思います。そして聞けば教えてくれるだろうと確信していたわけです。
ところが、意に反して何の反応もしてくれなかった。こっちは訛りは強いかもしれないが、丁寧に教えてくださいとお願いしているのに、無反応とは何事だ、と強い気持ちが過剰に反応して怒鳴ってしまったんですね。
自分が恥をかくのは別に良いのですが、母親の前で、自分の子供が馬鹿にされているというのを見たら、母親も悲しむだろうし、母親自身も辛いだろうし、みっともない姿、情けない姿を親の前に見せたくないっていう自尊心を強く持っていました。
そういう気持ちが強気で道を聞かせたんだと思うし、そんなふうに言わせたんだと思います。

だから、ものを聞くときは、強気で、何を知りたいのかはっきりさせて、そして丁寧に相手に向かって誠意を尽くせば、きちんと教えてもらえると思います。
正面からきちんと向き合って聞いて、ちゃんと答えてくれたらありがとうという気持ちを返す、そういうスタンスを持っていたら聞けるんじゃないでしょうか。

僕自身が聞かれる立場で考えると、この人、聞き方下手だなって思う時があります。
聞きたいことがあります、と僕のところまでやってきて、じゃなんでしょうというと、その人の演説が延々と続くのです。
いきさつの説明、自分の考えの説明、自分で出した結論、それをずっと聞かされる。
何を聞きたいのかな? と思いながら僕はただじっと聞いているだけです。
最後に、「と思ったんですがそれでいいですか」。僕は「いいよ」と言うだけ。それで終わりになってしまう。

何かというと、聞きたいことが絞りきれてない。何が聞きたいか分かってないんです。だから話が長い。本人は聞きたいことがわからないまま、だらだらとしゃべっていて、話の腰を折ってくれるのを待っていたりする。
何が聞きたいのかはっきりしないと、聞かれたほうも困ると思うし、聞いたことにならないこともあるだろうと思います。
最初から上手な聞き方はできないと思います。でも次はこうしようかな、ああしようかなとしながら、上手に聞くようにできるようになればいいでしょう。まずは、主語と述語をはっきりさせて、語尾まではっきりと話して、辻褄のあう疑問を聞くということでしょうね。

いろいろと話しましたが、本当に話したいことはこれからです。
この質問に「私は聞くということが苦手です」と書いてあります。
僕は、たくさん取材をしてきましたけど、これは取材先の人からたくさん話を聞くということです。
あるとき先輩のジャーナリスト、鎌田慧さんと一緒に仕事をしていて、鎌田さんの前で取材先に電話をしたことがあります。僕はつい、こんなふうに言いました。
「○○について聞かせてもらえませんか」
電話が終わったら、すぐに鎌田さんから、「何様のつもりだ」と怒られたんです。「そんな電話があるか」とすごい剣幕でした。
「いま、『聞かせてもらいたい』と言っただろう。小野瀬くん、取材をしたいんだろう。取材させてもらうのに『聞かせてもらいたい』だなんて、ふざけたことを言うな。警察の事情聴取じゃあるまいし、取材だったら『もしご存知なら教えていただけませんか』と言うべきだ。聞きたいじゃなくて、教えてほしいだ」
この言葉は忘れたことがありません。僕は人にものを聞くときは、いまでも必ず「教えてもらえませんか」というふうに言います。

この質問者も「聞く」という言葉を使っています。
この質問の「聞く」を「教えてもらう」に置き換えて読んでみましょうか。

――私は「教えてもらう」ということが苦手です。
絶対確認しないといけないことでも教えてもらおうとするとすごく緊張してしまって、単刀直入に教えてもらえなくて、相手をいらいらさせてしまったり、教えてもらいたい事があっても緊張とか恐いという気持ちに負けて教えてもらえないことがほとんどです。
教えてもらおうと思うと、怒られる、という思いに何故かなってしまいます。
どうしてちゃんと人に教えてもらうということができないのでしょうか?
どうしたらちゃんと人に教えてもらう、ということができるようになりますか?

こういう読み方になりますよね。
人に聞くことが苦手です、といわれたときの印象とまるで違って、やわらかくなるでしょう。これを読むと、「教えてもらうことくらいできるのは当たり前だろう」と思います。
もう1度、元の質問を声を出して読んでみましょう。

――私は「聞く」ということが苦手です。
絶対確認しないといけないことでも、聞こうとするとすごく緊張してしまって、単刀直入に聞けなくて相手をいらいらさせてしまったり、聞きたい事があっても緊張とか恐いという気持ちに負けて聞けないことがほとんどです。
聞こうと思うと、怒られる、という思いに何故かなってしまいます。
どうしてちゃんと人に聞くということができないのでしょうか?
どうしたらちゃんと人に聞くということができるようになりますか?

かなり印象が違うと思いませんか。
これはね、もうちょっと高度にわかりやすくすると、「聞く」といったときのスタンスは相手に対して上に立っています。教えてもらうというときのスタンスは相手の下に自分が立っている。いくら上手に聞こうと思っていても、気持ちが相手の上に立ってるので、うまく教えてもらうことができないのです。相手をイライラさせるのも当然でしょう。
もし教えてもらうという言葉で、そういうスタンスで教えてくれる人の前に立ったらきちんと教えてもらうことができるはずです。

聞くという単語を使った時点で、この人は弱気なんだけども現実には相手の上に立っているということなのです。
心持ちとして、教えてもらうという心持ちをしっかり持つということが大事なんじゃないでしょうか。
「教えてください」と言われて嫌な気がする人はいません。でも「聞かせてもらいたんだけど」と言われるとイラっとします。
僕は先輩のライターから「聞きたい」なんて絶対に使うなと叱られて、身に染みました。それから僕は「教えてもらう」ということに対して一度も間違ってないと思います。そのことが頭から離れないです。
これからは、「聞きたい」といわずに「教えてください」と言ってください。きっと、上手に教えてもらうことができるようになるはずです。









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