第15回「『今』という時間」


質問

 時間はいつ、どの時代から始まって、『今』という時間があるのですか?

 

答え

 時間の概念っていうのは、言ってみたら時間の積み重ねが暦ですから、暦の概念はかなり早くからあったと思います。
 というのは、農業をやる上で、暦は欠かせないんですよね。
 今が何日くらいなのか、いつ種を蒔くか、そう言うのがすごく大事なので、かなり古くからあったと言えます。
 
 不思議なことに、古今東西、世界中どこでも、365日で1年が回っていることを知っていて、12で割っていくと、都合便利が良いということも分かっていて、日本でも1日を12進法で考えていて、きっちりと、暦を意識していた。
 ということは、時間を分かっていたということですね。

 日本は特に、関孝和っていう数学者がいて、数学に関しては、もう世界の最先端を行っていましたね。微分積分の考え方も、西洋でやる前から、誰にも教わることなく自分で考え出してやっていたので、日本人は、数学をやるには極めて適した頭だと思います。

 ただ、ここに、「今」という瞬間があるというのと、暦があることと、ちょっと違うんですよね。
 人は、時間の流れを川の流れみたいに意識していて、世の中の流れも川の流れみたいに意識していて、その流れの中に自分があるということで、自分と他人との境をあんまりつけていないのと一緒で、昔と今と未来の境もあんまりつけていなかった。
 
 「我思う故に我在り」って、デカルトが言いましたが、自分が思って初めて自分を認識できるということと、時間の流れとは別に「今」を認識するということは、すごく似ていると思います。
 「我思う故に我在り」の我って言ったときに、初めてみんなと自分が違うということを認識できるのだと思います。改めて、その他大勢の人類とはまったく別の、個別の自分っていうものを意識する。
 自分を意識するからこそ自分がある。我は考える、私が考えるから、私があるのだ。私が考えなければ、私はないんです。

 昔は、どうだこうだって私は、あんまりなかったんだと思います。「自分」っていう概念がね。
 これは色んなことで分かるんですが、「武士の名折れになる」という言葉があります。
 こんなこと言われたら、思われたら、「武士の名折れだ」というわけです。
 先祖から脈々と受け継がれてきた武士の名に置いて、子孫である私がこんな侮辱を受けたら、私は先祖様に申し訳が立たないから、先祖に死んでお詫びをする、あるいは死んで抗議をする、というふうに切腹して自分を殺しますよね。
 この時の自分は、絶対的な自分ではないわけです。
 自分というのは、先祖からの家系の中で脈々と受け継がれてきた子孫の一つに過ぎないということで、自分よりも先祖からの家系を大事に思うわけです。
 先祖からも、それからみんなからも隔絶された自分を確立するというのとは、対極にある考え方なわけです。
 
 そういう流れの中での自分の位置づけであって、その流れに沿って、先祖と同じことをやっていく自分でなければならない。こういう場合には、「先祖は先祖であって、俺は俺だ」とは決して言い出さない。言わないし、感じないし、思わない。
 そういう流れの中での自分と、絶対的な「今」を生きる自分では、自分に対する認識に大きな違いがあると思うんです。

 そういう意味では、最近の人は、流れの中での自分、社会の中での自分を考える比重よりも、自分のための自分を考える比重のほうが圧倒的に多いように思います。
 自分を意識しすぎるというのでしょうか。そういう意味だと、今を意識しすぎる、というふうにも言えますね。

 流行りの言葉でいえば、「いつ楽しむの? 今でしょう」っていうんでしょうかね。
 今さえ良ければ良いんだって。
 将来のためにコツコツやるとか、いつ来るか分からない未来のためにやるのは嫌で、今すぐ欲しいとか、今を楽しみたいって気持ちが優先する。
 最近の人は、「今すぐ」とか「自分が」っていうのを、強く意識する傾向にあるのかなという感じがします。

 もっとみんながよくあるためには、今を楽しめればいい、と「今」だけを大事にするんじゃなくて、流れを大事にしなければならないと思います。
 もっとも、大地震以来、「将来のためにエコを」という考え方もかなり出てきました。
 僕は、しょっちゅう感じます。例えば、缶ジュースを飲む。ペットボトルでジュースを飲む、というとき、これは美味しいけれど、このペットボトルの未来はどこにあるんだって、つい思ってしまいます。
 
 缶ジュースの缶の未来はどこにあるのか。リサイクルされるとはいえ、歯ブラシはどうなるのか。プラスチックの袋とか、プラスチックの未来はどうなるのか。リサイクルされている物はごく一部で、ほとんどの物はどうなるのか。
 ケーブルの使い終わった物とか、ゴミになって、そのゴミはどうなるのか。埋め立てられた先にどうなるのかって考えた時に、すごく怖いですよね。ゴミの量は、昔に比べて、すごく多いです。今さえよければいいという人がたくさんいて、将来のことを考えずに消費して、ゴミが増えています。

 質問者が、何で「今」この質問を出したか真意は測りかねますが、先祖伝来の流れを社会の誰もが強く意識していたころは、「今」はあまりなかったといえるでしょう。
 「今」努力すれば、いくらでも生活(先祖からの時間の流れ)を変えることができる、という時代になった。そして人生の無差別級のコンクールが全土で展開されるようになると、過去や未来を断ち切って、「今」でしょう、という意識が強くなった。
 今の比重が極めて大きい時代になっています。
 過去の流れも、軽く見る。未来も極めて軽く見る。だから、廃棄物の処理方法がまったく確立されておらず、核のゴミは溜まる一方なのに、原子力発電所を量産してきてしまったということでしょう。

 そういう意味で答えますと、時間は人間が農業を始めたころには始まっていて、「今」という時間を意識し始めたのは、ここ50年くらいじゃないでしょうか。
 今を意識する前は、もっと悠久の流れの中にある時間しか問題にしなかったと思います。









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