第16回「不安の先取り」


質問

 不安の先取りは、なぜしてしまうのですか?
 毎日起こることや、始まることを次々に、不安、心配の種にして、自分で自分を重たくしてしまっています。
 でも、楽観的に前向きに、一生懸命に向かおうと思います。

 

答え

 苦しくなった人は、みんなそうですね。どんどん不安の先取りをしてしまいます。
 自分がうまく物事に対応できないとか、うまく処理することができないだろうっていう、悲観的な気持ちがあるんですね。
 それをきっと楽しめないだろうとか、きっとやれないという否定的な考えしか浮かんできません。
 
 苦しさを得てから、何をやっても苦しいことだけだったのです。だから、何か新しいことやるのが、特に嫌になります。
 何をやっても、できないことを人から責められているような気持ちがしてしまうんです。実際に失敗した体験とか、叱られた体験とか、自分で情けない体験が強く残りすぎていて、もう失敗したくないのです。

 人が自転車に初めて乗るとき、練習をします。このとき、主に小脳が働いていると言われています。自転車は、最初は乗れません。よろけたり、倒れたりしてしまいます。なかなかうまくこげない。
 そうやって練習しているときに、こうやったら失敗するよ、こうやったら、今度はこういう失敗という情報が小脳に行き、だから、こういうことはやっちゃいけないっていう情報がたまっていくとだんだん成功するほうに近づいていきます。
 たまたまうまくいくと、それはやってもいいということになるだけで、成功体験を覚えているんじゃなくて、失敗体験をしないようにする。
 失敗体験をしないように小脳が仕向けて、自転車に乗れるようになると言われています。自転車に乗りたければ、早いうちにたくさん失敗して、いっぱい失敗を経験したら、もう失敗しないようにしよう、で乗れるようになる。

 今、自転車を乗ることに例えましたが、生きている日々の行為の中で、苦しさを抱えた人は失敗ばかりしているわけです。
 だから、新しいことに挑戦しても、うまくいくとはとても思えない。いろんなことがね。
 自転車だったら、目的が乗ることってはっきりしていますが、畑作業だと、目的や手段が次々変わりますよね。だから、それに対応できる気がしないのです。でも、人が生きていくことはこういう応用問題みたいなものばかりなのです。

 僕はよく、「アスペルガー的な発想」とか言いますが、摂食障害になる人は、アスペルガーの人が多いです。
 しかも、摂食障害の人はアスペルガーでなくても、アスペルガーと同じような行動になって行く人が多いです。
 
 アスペルガーの人の究極の特徴は、統合力がない、ということです。
 認識、記憶、考える、この3つの脳の機能を統合して同時平行で処理することに弱いのがアスペルガーで、どれか一つになってしまって3つの機能の連携がとれません。苦しくなると、そんなふうにどんどん統合力がなくなっていきます。

 本物の、自閉症の人は、やっぱり、不安の先取りどころか、生きていくことに不安だらけなんです。3つが連携せずに、認識だけしかできないとか、記憶だけしかできないとか、考えるだけしかできない、となってしまいます。
 そうすると、必ず失敗するし、世の中がどう回っているかつかめないので、とても不安になるのです。
 
 自閉症の人は不安にならないためにどうするかというと、方法が一つだけあるんです。
 日々の行動を全て同じにしてしまうことです。そうすると、よく分からないことが.自分の中から消すことができます。
 同じ時間に寝て、同じ時間に起きて、同じところに座り、同じ時間に食べる。
 でも、家族が別なところに座ると、不安になるので、ミニカーとかを机の上にいつもと同じように並べて、同じ状況を作る。
 同じものを食べる。おかずとかが毎日、変わると怖いから、白米しか食べない、となったりもします。同じ手順で同じことをやると、不確定要素がなくなるので、まあ安心できる。そうやって、自分の不安を消していくことが多いです。

 摂食障害の人は、苦しくなると、色んなことが不安になって、非常にしばしば自閉症の人と同じ行動をとるようになります。
 今くらいの時間になると、スーパーで割引のシールが貼られます、すると、過食用の食べ物を買いに行く時間になった。行って、半額のシールがついたパンを見ると、買わないではいられない。毎日、毎日、同じことをやったりする。
 そういうことで、自分のやることを同じことで埋めて行って、新しいことをやらない。
 統合力がなくなっているので、新しいことをやると、次々に失敗してしまうのです。

 しかし、そういう人でも、心の痛みがとれて安心してくると、統合力が戻ってくるんです。アスペルガー的じゃなくなってくるのです。もちろん、不安もだんだん減ってくる。
 ということなんですよね。

 この質問をした人は、いまも統合力が極端に落ちていると思います。
 そうなると、うまく周囲を認識するとか、把握することができていないんですよね。
 だから仕事とか、作業内容を説明されても、把握できていないんです。
 
 たとえば、畑に竹で支柱を作るとします。支柱になる竹をスズランテープで結びつけて、といわれると、一生懸命にやるんです。
 でも、狭い範囲しか見えなくなっています。同じ高さで揃えてと言っても、なかなか周りを見ても、高さがいいかどうかわかりません。
 普通の認識力があれば、何となく高いなとか、何となく低いなってわかります。
「なんとなく」なんて言葉は、正に統合力があるところから出てくる言葉ですよね。
 認識して考えて、低いんじゃないか、高いんじゃないかと判断する。で、このくらいの高さだったな、とわかる。それで結びつけます。

 統合力を使わないと、なんかよくわからないけど、竹を結びつけることにだけ気持ちが向いて縛る。あ、そう言えば、高さ揃えろって言われた。改めて隣の高さを見る、それが間違っていてもかまわずに右へ倣えをする。
 なんでもいいから、隣の人に揃えてしまう。気持ちがバラバラになって、どこを基準にしていたか忘れてしまう。みんな、そんなことやるものだから、まあいいか、となる。
 それで、お父さんに怒られる。
 怒っているわけじゃないけどね「何やっているんだよ」って言われてしまう。
 一直線になるはずが、なっていなかったらがっかりするよね。
 そういうことを次々にしてしまって、自分に対して信用をなくしているのです。だから、不安の先取りをしてしまう。きっと失敗するだろうと思ってしまうのでしょう。みんなの足引っ張っちゃうだろうなって。

 逆に言うと、気持ちが回復してきて、心が整ってくると、周りが見えてきます。作業が的確にできるようになってきます。
 作業をきちんとするのは、難しいですよ。勉強ができることと、その場に合わせて、一番適切な選択肢を選んで仕事をするということは、全然違うんですよね。

 いま、さきこと、るりが帰ってきていますが、結構、仕事で苦しんだと思いますよ。
 ここで回復して仕事に出る人はみなそうですが、るりは摂食障害で苦しい中で生きてきて、なのはなファミリーに来て、フルモデルチェンジしたるりとして働きに出て行ったんですね。
 ニューモデルになって行ったはずなんですが、普通のおばさん、お姉さんが、こんなに能力高いのかってビックリしたはずです。
 さきこも同じで、ここに来たときはレロレロだったけれど、元気に回復してから勤めに出て、普通の人は当たり前に、高いことを高いレベルでやるなとビックリしたはずです。

 たとえば、建築関係や機械関係でも、高学歴で優秀な人が現場で優秀な仕事をできるかというと決してそうではない。頭がカチカチになっていると、壮大な仕事ばかり考えて、現場に合わせて融通のきく仕事がなかなかできない。学歴がない現場の叩き上げの人のほうがよほどいい仕事をすることはザラにあります。

 かく言う僕も、カルチャーショックを何度も味わっています。小学校入学のときも、中学校行ったときも、大カルチャーショック。
 高校で、自滅して、空中分解して、やり直そう、でたらめにやろう、エリートコースから外れようと、高校あたりから現実的な道を行こうとしました。
 でも、苦しかった、東京に出てからも苦しかった。普通の人になれない。人間になりたい、と。
 小学校1年のときから考えていました。

 普通の人が簡単にできることができないのです。小学校1年生のとき、先生から君は海のほうの出身だから、社会で使う教材を作る手伝いをしてほしい、漁師が船に乗って、網で魚を捕っている絵を描いてほしいと言われた。
 僕は数人の同級生と教室に残って、先生から頼まれた絵を描きました。

 画材はクレヨンです。先生から指名があったわけなので、言われた通りにクレヨンで描いた。ところがクレヨンで、網の目を1本、1本描いていくと、網の目にならないんだね。クレヨンが太いから塗りつぶされてしまって網目にならない。
 クレヨンじゃ無理だろうと思いながら塗り込んでいると、先生が、小野瀬君、何やっているんだって、来ました。何を描いているのだ、と。世の中難しいなと思いましたね。
 小学校1年の時に、先生の期待に応えられなくて悪いなと思って、大きなカルチャーショックを味わいました。
 真面目にやっているのが、なかなか結果に結びつかないショックです。

 先生は、僕のクレヨンの上から鉛筆でかっかっかって線を描きましたね。網になりました。そういうことを経験する中で、少しずつ現実的な路線を獲得して行くんですね。
 たぶん、さきこもそういう意味では世の中の難しさに苦しみながら慣れてきて、今はもう大丈夫と思う。

 摂食障害の子がなのはなを卒業してから社会に出て味わう苦しみには、2つの苦しみがあると思います。
 1つは、やっぱり、本当になのはな的な考えの人は少なくて、人を落としたり、享楽的な、今だけ良ければいいという生き方をしている人ばっかりだったり、やけくそで生きていたり、自分のことしか考えていない人が多い中で、自分だけ違う生き方を生きていくのは、孤独になりがちで、なかなか苦しい。そういう苦しさが1つです。

 もう1つの苦しさは、簡単に言うと、仕事の質と量をどの程度でバランスすればいいのかっていうのが分かりにくいんです。
 極めて高いレベルでやろうと思うと、時間がかかる。
 摂食障害をしたことのない、苦しくない人は、何も悩まずに、ここって言うバランスをきちんと出せる。
 そういう人は職場で先輩と意見が違ってもまったく頓着しません。こっちがいいとか、いやあっちのバランスって、2人で意見を言い合って、後腐れなくやれるんです。

 ところが、摂食障害の人は、あんた何やっているのって言われたら、ビックリして、あわててそっちに合わせようとして、あたふたしちゃう。
 そう言う大変さがあるんですよ。そうだよね。(さきこ あります)(るり すごいあります)

 いま言った2つの苦しみは、そうそう、みんなも経験しているはずですよ。
 小学校の頃、ここにいる人の7割は、真面目にやった人だと思います。
 ところが「真面目にやってらあ」って馬鹿にされて、真面目じゃないフリ、勉強していないふりをしてきたと思います。同級生のいじめの対象になったら困るし、ということでかなり妥協して周囲に合わせてきているはずです。
 先生の言う通りにしていたら「先生に媚びてらあ」って言われるので、素直じゃないふうに、見え方を軌道修正してきている。

 外に出ても同じ。真面目にやろうとしても、変なこと言われるし、真面目じゃないやつが、的確に判断して、うまくやっているのを見ると、あんなふうにやらなくちゃいけないのかと、真面目だった自分の路線を大幅に変えたりしてきたはずです。
 しかし、バランス悪くて、アップアップしていたら駄目だけれど、敢えて質の高いところで、私は真面目に生きますといって通す強さと、実力をつけるべきだと思います。

 で、みんなを見ていると、すごく応用力がきかないですね。
 中には、特定のことに対する実力が高いんです。勉強だったらできるでしょう。テキストの範囲内の問題ですから、それはできます。ただ、現実的には、世の中は応用問題ばかりです。

 楽器もやりやすいですよね。演奏にはルールがありますし、練習したら誰でもできますからね。まずは、少なくとも、そういうことを確実に自分のものにして、それで自信をつけて、視野を広げて統合力をつけて、なおかつ高いレベルの仕事ができるようになったら、誰にも四の五の言わせないことができる。

 不安の先取りをしてしまう人は、まったくそうなっていないのだと思います。
 統合力がかなり落ちていて、認識できなくて、自分だけが間違ってしまったということがいっぱいあったり、周囲を待たせてばかりだと思うと、不安になります。
 楽観的に前向きにいくのはいいけれど、急に統合力は上がりません。徐々にしか上がらない。

 どんどん失敗していけばいいのです。なのはなファミリーは失敗していい場所です。ただ、失敗の仕方がありますから、上手に失敗してほしいんだね。失敗を隠すのは駄目です。失敗を明らかにしてほしい。自分にも、周りにも、私はこんな失敗をする人です、次からはこういう失敗はしないようにしよう、同じ失敗は2度としない、としていけばいいのです。
 そう決めたら、失敗は少なくなっていって、少なくとも、ここでやっていることは、失敗しなくて済むようになる。

 農業やったり、演奏をしたり、ダンスをしたり、ほかにもやることが幅広いですからね。そういうことが、ほぼ的確にできるようになったら、世の中に出ても、普通にやっている人にすぐに追いついて、それを超える仕事もできるようになって行きます。

 みんな発展途上です。
 ただし、発展途上の上にあぐらはかかないで、2度と同じような失敗はしない、そういう志を持って、いっぱい失敗しながら、同じ失敗を2度としないで伸びていく、そうしてほしいと思います。

 作業の中でたくさん成功体験を積めば、作業が好きになり、楽しくなります。それを繰り返していくと、ああ明日が楽しみだな、と楽しみなことばかりになって、不安はなくなりますよ。









第1回~第100回(クリックすると一覧を表示します) 第1回「縦軸と横軸について」
第2回「神様は何をしようとしているのか」
第3回「本で涙を流すことについて」
第4回「本を読んでも内容を忘れてしまうことについて」
第5回「時間をうまく使えるようになるには」
第6回「太宰治について」
第7回「摂食障害の人が片付けが苦手だったり、約束の時間に遅れてしまうのは何故ですか?」
第8回「自分のことを『僕』『おいら』と言うのをやめられなかったのは、なぜか」
第9回「おいしいカレーと、おいしくないカレーの違い」
第10回「楽しんで走る」
第11回「死ぬことへの考え」
第12回「『聞く』と『教えてもらう』」
第13回「頑張るフルマラソン」
第14回「他人の成功」
第15回「『今』という時間」
第16回「不安の先取り」
第17回「良い協力関係」
第18回「急に悲しくなる」
第19回「夢の持ち方について」
第20回「心の許容範囲」
第21回「疲れるのが怖い」
第22回「スポーツの勝ち負け」
第23回「人といること」
第24回「“好き”という気持ち」
第25回「何でも知っている」
第26回「舞台鑑賞が怖かったこと」
第27回「生まれ変わるとしたら」
第28回「一番感動した景色、美しい国はどこですか?」
第29回「好きな時代はいつですか」
第30回「体型について」
第31回「行きたいところ」
第32回「悲しくなったら、動く」
第33回「意志を持てないこと」
第34回「心を動かす」
第35回「恋愛できますか」
第36回「日記の重要性」
第37回「心配されたい」
第38回「ONとOFF」
第39回「いつも同じ態度で」
第40回「涙腺が弱い」
第41回「子供が苦手」
第42回「正しいことを通そうとして」
第43回「流されて生きる」
第44回「才能について」
第45回「身長は伸びますか」
第46回「否定感が強い」
第47回「ぐっすり眠れない」
第48回「見え方、感じ方」
第49回「強さについて」
第50回「自分の出し方」
第51回「身体の調子と気持ち」
第52回「何のために変わるか」
第53回「痛みを知る」/a>
第54回「投げやりな気持ち」
第55回「未完成」
第56回「相手を許す」
第57回「書けないとき」
第58回「甘いと甘え」
第59回「イライラしない」
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第65回「夫婦で大切なこと」
第66回「自己否定について」
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第73回「お姉さんのような存在を」
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