第110回「自分のアスペルガー的な要素について」


質問
MTをしていて、幼い時の自分のことで、アスペルガー的な部分なのか、発達障害っぽい部分なのか、どう思ったら良いかわからないということがありました。
具体的に言うと、

・保育園のとき、「ネズミを描いてください」と言われたら、私だけ真っピンクのネズミを描いていたり、用意された丸を切り取って雪だるまを作る時、私は上下逆さまにしていたりしました。

・保育園のとき、本の読み聞かせのとき、皆が本の読み聞かせのほうに集中しているなか、私ともう1人の友達は、絵本をちぎって宙に飛ばし、ヒラヒラと落ちるのを楽しんでいました。自分がおかしいこと、怒られるような事をしている事がわからなかったです。

・小・中・高校時代、授業で教科書を読むとき、皆で音読をしながら読むということがありました。しかし、そうなると私は、“声を出して読むこと”と“内容を理解すること”が一緒にできずに、音読していると内容が理解できなくなってしまうことが多かったです。困っていました。

・小学3年まで、オレンジとりんごの区別ができませんでした。頭ではハッキリ理解しているけれど、言葉にしようとすると、間違ってしまったり、わからなくなりました。

・九九の百マス計算のときに、タイムを計りながら速くできた人から手を挙げるという風にやっていました。私は、いつも最後のほうか、途中でパニックになり手を挙げられないということがありました。

上記のことで自分は、すこし頭が悪い、皆と外れているのではないかと薄々感じていたことです。
これは、発達障害的な部分もあるのでしょうか? アスペルガー的なことなんでしょうか?
また、発達障害だとしてもこれからどう鍛えていけば良いのでしょうか?
お父さんお母さんは、どう思われますか?

〈自分の答え〉
・アスペルガー的な部分がある。
周りから吸収したり、自分の不得意を理解して、それをカバーするように考える。

 

 

【答え】

お父さん:
教科書を読むとき、みんなで音読をしながら声に出して読むと、理解できない。これは、あるでしょうね。声を出して読んだから理解できるとは限らないです。
それと、オレンジとりんごの区別、できてるんだけど呼び方を間違える。僕は、娘が2人いると、いつも反対のほうの名前を読んで、よく娘から怒られてました。
上のほうの子を呼ぶつもりで、下の子の名前を言ってる。「どっちなのよ!」って言われてね。名前を呼ぶとき、必ず間違っちゃう。
そういうことで、りんごに向かって「オレンジ!」ってね。
お母さんは、「だ」と「ざ」をかならず反対に言います。

 

お母さん:
それは、方言というか。

 

お父さん:
ピンクのネズミ、これはね……毛が生えてないネズミです。たしかにピンクですよ。
いや、僕は小学校の時ね、ほんっとうにわからないことだらけでした。社会的な常識がわからないのでね。
僕は幼稚園に行ったことがないんですよ。いきなり小学校で、しかも越境入学で、知ってる人が誰もいない。
だいたい、「手を挙げる」というのだって、僕が真っ先に注意されたんですけどね。
先生が、「わかったひとは手を挙げろ」と言って、手を挙げさせるんだと思って、こうやって(指をパーに広げながら)挙げたら、先生が、「手は閉じて挙げてください」って。よく考えたら、こんな手の挙げ方してるのは僕だけでね。まあ世の中よくわからないですよ。

 

あゆ:
あゆもわからなかったのが、アメリカではこうやって手を挙げるの(人差し指だけ立てて挙げる)。

 

お父さん:
社会的な常識というのは場所によって違うんだよね。僕なんかアメリカでは意外と通用したかもしれない。全部指を広げているから、五倍くらいの意志力だ、とね。
わからないんだよ。
百マス計算のとき、早くできた人から手を挙げる。これ、本当は得意なはずなんですけどね、ただ早くやれって言われると焦ったりすることはありますよね。
百マス計算ね。
なんていうのかな……

 

お母さん:
流行ったね。

 

お父さん:
流行ったね。
なっちゃんが、「百マス計算が、苦手なんだ」って言うわけだよ。
それでね、どう苦手なのかと言うと、百マスだから百くらいある。最初のうちは合ってるわけよ。ところが後半になってくるとスピードが落ちてきて、間違いが多くなってくる。どうしたらいいかなって。対策を考えてほしいと。
さあ、僕の出した答え、なんだと思いますか。
僕は――スポーツ用の、糊のついた、鼻を挟むやつ知ってます? ここにはっつけて、鼻の穴を広げるやつなんです。
酸素を吸いやすくする。鼻孔を広げる。鼻の穴が広がるんです。それで、酸素を吸いながらやる。間違うというのは、途中で酸欠になってるんじゃないかってね。酸欠にならないようにやった。
それをはっつけてやらせたんですけど。効果なかったですね……。
いいんじゃないの、百マス計算くらい、できなくたって。っていう結論にしちゃったんですけどね。

まあこの質問は全体的に、アスペルガー的な要素があるでしょうね。
そうそう。僕、図画工作の時間が超苦手だったんですね。
特に運動会の絵とか、人をたくさん描かなきゃならないときは超苦手なんですね。なぜか知らないけれど、塗り絵的に思ってるわけですね。上着の、上半身のシャツかなんかの色と、ズボンの色を必ず変えなければいけないという先入観にとらわれていて、全部の色を変えるわけですから、すごく大変になっちゃうんですね。
すごく大変。
絵の時間のたびに大変で、もう憂鬱で憂鬱でね。「お前は絵が下手だ」って。

その前に、新しい人はまだ聞いてないかもしれませんけど、こういうことがあった。僕、小学校1年のとき頭良かったんです、ちょっとね。先生に見込まれて、
「小野瀬、お前、2人くらいと残って、明日の社会の授業で使う絵を手伝ってくれ。お前は漁村のほうの出身だから、漁師が船で、網で漁をしてる絵を描け」
って言われて。
船を描いて、網を描いたんですよ。クレヨンで描けっていうんですよ。
クレヨンで網の目を描いていったら、ただただ真っ黒になっていっちゃうんですね。
どうやってクレヨンで網を描くんだと思ってね。画面全体が、ただただ真っ黒に。
途方に暮れていた。
先生が途中で気がついて、「お前何やってるんだ。何だそれは!」

 

お母さん:
何回聞いても面白い。

 

お父さん:
返事ができなくなってたらね、
「しょうがねえな、貸せ」
って言って、すごいですね、先生。鉛筆で、ちゃちゃちゃちゃって真っ黒い網に線を入れたら、網っぽくなっちゃったんですよ。ええ、クレヨンの上に鉛筆で描いて良いのか、と目からウロコでしたけどね。
本当に小学校というのは困ることばかりだなと思ってました。

小学校で、1年2年で同じ先生、3年4年で同じ先生で、5年生でクラス替えがある。先生が変わる。
そのころ、家から割り箸を持ってきて、鉛筆削りで尖らせて、インクか墨汁を先につけて、友達をお互いにスケッチする、という授業があったんです。
これね、ラッキーですよね。色塗らなくていい。線だけですから。
なんて楽なんだろうと思って描いて、これだったら描けると思って描いたら、クラスの代表になってね。
そのころ、まだ沖縄が外国だったんですよ。沖縄の学校と何枚か絵を交換して、お互いの小学校に飾るという、その1枚に選ばれたんです。
「小野瀬は絵が上手いな」と先生が。
僕は、「やっと僕の実力に気がついてくれたか」じゃない。「先生は大きな誤解をしているな」と。

その次は風景画なんですよ。また色を塗らなきゃならない。
僕は滝を描いたんですね。ところが僕は、性格がきっちりしてるので、ダンダラに色を混ぜながら描くというのができないわけですよね。塗り絵だと思いこんでいますから。基本。
それで滝を描いたら先生が、何を思ったのか、
「何だこのウナギ……何だこの、ウナギにしてはおかしいな……」
岩肌がうなぎに見えた。細長いからね。
で、まあバレてね。小野瀬は絵が下手だなということになっちゃった。
大変ですよ。小学校ね。

 

お母さん:
しゅしゅっと、葉書に万年筆かペンで描くのは上手だよね。旅先でもね。

 

お父さん:
今は油絵も上手に描けるんですよ。

 

お母さん:
描けないんだよ。

 

お父さん:
………(笑)

 

お母さん:
描けないんだよ。もう嘘ばっかり。

 

お父さん:
油絵で花を描いたら父親が、「何だこれ」って言うわけですよ。
花の向きがあるでしょ。それで、「何だこの花は」って言うわけですよ。花が横向いちゃってるんですよ。横向きに描いた。花が横向きに咲いてたんだ。

 

お母さん:
Tの字みたいになってる。でも、横になってたからって。

 

お父さん:
何でこんなに、って。
僕が見たとき、こうなってたからこう描いたんだと言ったら、お前、見たときはこうでも、絵なんだからちゃんと見えるように描けよって。
言われてみればそうだって思います。僕は見たままを描いたんですけどね。
でもうまいですよ、僕は絵を描くのが。
まあまあ、いいや。はい。

ということでね、あの、発達障害かアスペルガーとかADHDとか、名前なんてどうでもいいんですよ、名前はどうでもいいんですけど、やっぱり要はアスペルガー的な要素があったことは事実で、じゃあそれが一生のマイナスになるかとか、発達障害的な人も一生のマイナスになるかと言うと決してそんなことはないので、発達障害かどうか、あまり考える必要はないです。
で、今の自分でいいというふうに思って良いんじゃないでしょうか。
むしろ、そういう欠点はあるけれど、その事によるプラスの面もあってね。トータルとしては大きなデメリットはないです。
僕はむしろ小学校がおかしいと思いましたね。僕がおかしいんじゃなくて。小学校がおかしい――でね、アスペルガーというのは、良いですか、人類の進化系です。
タヌキのアスペルガー、見たことないです。鹿のアスペルガー、無いです。
人間的になると――と言うのは、鹿なんか、いつ敵に襲われるかしれないからいつも周りに警戒して、ビクビクして、敵が来たらすぐ逃げるようにして。アスペルガーと対極ですよ。アスペルガーの人は、どっちかと言うと人を信じちゃったりしますから。避難訓練やったらわかります、いちばん遅いのはアスペルガーの人ですからね。関係ないか。
そういうことでアスペルガーは人類の進化系なのでね。僕はそれで1冊、本を書こうかと思うくらい、アスペルガーは進化系ですから、自信を持ってください。

子供のときには理解されないことが多いでしょうが、誠実に大人になって自分の持ち味を出していったら、むしろ誰よりも大きな成果を出せるくらいになれます。歴史に残るような大きな仕事をした人は、ほとんどがアスペルガーか、あるいはアスペルガー的な要素の強い人だと言っていいと思います。

 

(2018年8月24日掲載)









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第2回「神様は何をしようとしているのか」
第3回「本で涙を流すことについて」
第4回「本を読んでも内容を忘れてしまうことについて」
第5回「時間をうまく使えるようになるには」
第6回「太宰治について」
第7回「摂食障害の人が片付けが苦手だったり、約束の時間に遅れてしまうのは何故ですか?」
第8回「自分のことを『僕』『おいら』と言うのをやめられなかったのは、なぜか」
第9回「おいしいカレーと、おいしくないカレーの違い」
第10回「楽しんで走る」
第11回「死ぬことへの考え」
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