お父さんが考える「謙虚」というのはどういうものか、教えてください。
お父さんは謙虚であることが良い、ともいうし、自分を天才だって思うことが良いともいいます。ちょっとそこの、その2つの意味が矛盾するように思います。
【お父さんの答え】
確かに、「自分は天才だ」というのは思い上がった感じがしますよね。
それに対して「謙虚」というのは、ちょっと自分が引っこむ感じがする。
矛盾するようではありますが、謙虚というときには、必ず相手を想定している。
目の前に誰か対象となる人がいて、その人に対して謙虚な姿勢とかいうことだと思います。誰か、特定の人に対しては、出過ぎないようにちょっと控える、頭が高くならないようにする。
それに対して自分は天才であるっていうのは、誰か特定の人と比べて言っているわけではないんです。
まあ、敢えていえば、自分は天才だと思う時は、自分の目の前にいるのは神様くらいのもので、自分は神からそういう才能を与えられたぐらいの天才だって思うわけで、そのときは周りの人が誰も目に入っていませんね。
誰かを対象にして、誰かと比べて天才であるということじゃなくって、神に誓って私は天才だっていうことなので、そういう意味で、それぞれを言ったときに、対象にしている相手が違うっていうことなんだよね。
誰かを前にして、僕は天才だからねって偉そうに言ったら、それは馬鹿かと思われてしまいますよ。
誰か前にして言うのじゃなくて、神の前、人のいないところで、そういう思いで何か物事に取り組む、そういうことかな。
物事に取り組むときには、誰かを対象にして誰かを意識しながらやらなければいけない仕事と、誰かを意識しなくてもいい仕事があると思うんだよね。
誰かを意識しなくても良い仕事や、遊びの時は、自分を天才だと思えば良いし、誰かを意識しなければならない作業、仕事のときはその人に対して謙虚になるっていうこと。
そういうふうに使い分けるじゃないけど、状況によって自分の心の持ち方を、ガチャッとギアチェンジするっていうことなんです。
ものすごく性能の良い車があったとしてさ、ギアが無い車だったら、ほとんど無意味ですよね。その性能が生かせない。ギアがあるから、上り坂を上れるし、バックもできる。そういうギアみたいなもんでね、同じエンジン、同じボディだけど、状況によってギアを使い分ける。
そう考えてもらえたらいいかな。
(2020年3月17日掲載)
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