第85回「間の良さ、間の悪さ」


「間」の悪さについて
昨夜、お父さんが、「間の良い人になってくださいね」とお話しされました。
私は、残念ながら間が悪いのではと思いますが、間の良い人になりたいです。

ここで質問です。
正直、お父さんお母さんからみて、私は間が悪いですか?
また、私が間が悪いのは優しさがないからでしょうか。
どうやって間の良い人になっていけばよいでしょうか。

◯自分なりの答え
私は間が悪いです。
私の間の悪さは、自分を横に置いておけない欲の強さや、強引さなど、優しくないことが原因かと思います。
日々の生活の中で、一歩ひくとか、相手に譲る気持ちを持ち続けていたら、自然と相手に優しいタイミングが掴めるようになるのではと思いました。

 

お父さん:
そうですね、間が悪いと僕も思います。
で、考えてみると、間が良いか悪いかというのは、タイミングだけをはかってて、それが良いかということでもないんですよね。
自分の評価をすごく気にする人というのは、だいたい間が悪いです。
なんでかというと、欲が強いので、自分が褒められるようなタイミングで褒められるように物を伝えようとする、っていう気持ちが入るからです。
そういうふうに、頭が働いてしまうので、間が悪くなります。その欲で目が濁って、タイミングが見えなくなる。

あと、そういうちょっとした欲が、言う内容まで変えてしまう。例えば「このことをどうしようかな」っていうとき。自分がやり方わからなくて誰かに聞く。「これはこうやって、こうやったらいいんだよ」と教わって、ああそうかってわかる。
で、例えばそのあと、他の人から「それどうやるの」と言われたとき、「これ、こうやってこうやるんです」って言ってしまう。
そのときに、「この人から『こうやればいいんじゃないか』と教わったので、私もそうしたいと思います」と言うならいいんだけど、「こうやります」って自分が考えたことのようにして言ってしまう。
そうやって失敗があったとして、後から「何でそうしたの」と責任を追求されそうになると一転して、「私が考えたことじゃないんです、あの人が言ったことなんです」って弁解する。それはちょっと違うでしょって。言い方がね。そういうことになっちゃう。

だいたいコミュニケーションというのは、自分の言葉を相手に言ったり、あるいは複数の人から聞いた言葉を誰かに伝えたりと、その都度、関係してる人が、増えたり減ったりする。
それによって、伝え方も違うし、伝えるタイミングも違ってくる。
そんな簡単じゃないですよね。

自分を評価されるように言おうと思うと、自分だけが評価されたら良いわけだから、みんなが評価されそうなタイミングでは言わない。タイミングがずれる。
そうすると、上手く伝わらない。その時わからなくても、あれ違うんじゃないの、と後からわかってしまう。そういうことというのはけっこうあるんですよね。

校長室の扉をノックする、ノックの仕方にもいろいろあるって言いました。
誰がいようともいなくとも、ダンダン、ダーンって、自分の間で来る人もいます。「ちょっと良いですか」って、人がいてもズンズン入ってくる。誰がいても良いことにしちゃう。
かと思うとね、トントン……トントン、トトン……トト……いつまでも入ってこない。
「はい?」トントン……
「はい?」…………
なんだよ! って言いたくなっちゃうね。
それとか、入り口で聞き耳をたてている人がいる。入り口のドアはすりガラスガラスですからこっちから見えてるわけだよね。
中の話し声が聞こえているから、どこかへ行くんだろうなと思ったらこうやって聞いていて、トントンってやるわけだ。
「はい?」ガラッと開ける。中には当然、人が入っています。それを見て、
「あ、いいです。後にします」
あとにするくらいだったら、トントンやるなよって感じね。これも間の悪さでしょうね。
だけど、トントンってやって、ガラ……。
「ちょっと急ぎで、お父さんでもお母さんでも、ちょっと伝えたいことあるんですけど……」
っていうのはわかるんだね。
「別に急用じゃありません。いいんです」
って言うんだったら最初からトントンしないでよって、言いたくなりますよね。

 

お母さん:
札かけとこうか。「面談中」とか「空いてます」。

 

もも:
部屋に人が入ってるかわからないで、ちょっと聞いても、声が聞こえなくてどっちかわからないで開けちゃうことはありますよ。

 

お父さん:
それはいいけどね。結構大きく、しきりにやり取りして喋ってるときにトントンって来る場合があるんだね。わかってるんじゃないの誰かいることくらい、っていうね。
まあ、校長室でいるとそういうことっていうのはありますよね。
でも最近は具体的な例が思いつかないけど、「トントン」って来て、
「いいです、あとにします」
「なんかあるんだったら」
「あとにします」
また来て、やっぱり後にします、みたいなね。
前の人が終わって、そのあとまた来て、
「実はこれなんです」っていう内容が、もっと早く言えよ! 何で早く言わないのっていうときありますよね。それは一刻を急ぐでしょっていうね。
例えば水道の蛇口が壊れて出っぱなしになってます、誰も止める人いませんというとき。
「水、ずっと出っぱなしなんですけど」
このやろう! っていう感じでしょ。早く言えよって。そういうのあるんだよね、タイミングね。

これはさ……あの、何ていうのかな。この原因はね、間の悪さの原因っていうのはね。
一言で言うとね、物事の評価ができないということだと思う。評価が。
大事なのか大事じゃないのか、評価できない。
急ぐのか急がないのか評価できない。ということは大きく起因していますよね。
あの、これは誰よりも最優先ですよっていう中身だろうと、ちゃんとその中身に対してそういう評価ができていれば、「お父さんこれは急ぎです」。
誰に対しても、「急ぎです」でも困る。これは急ぎじゃないこともあるわけだ。列をなして他の人が待ってるときに、優先順位が低いことを次々質問してくるというのも、それは自分の質問を評価できていないことだよね。

評価という意味じゃ、自分で自分のことの評価をできていない人が、自分の評価を気にするんですよね。
自分の評価ができていれば、気にする必要ないわけですよ。
僕は、みんなからどう思われてるかとか、お母さんはみんなからどう思われてるか、ほとんど気にしてませんよ。なんでか。だって立派に決まってるから(笑)。……いやいや、それはちょっと言葉があまり正しくないな。そうそう、「この人に良く思われたい」とか、「この人に尊敬されたい」とか僕は思わないでしょ。「なにを思ってくれても構いませんよ」っていうのがあるから、みんなの評価を一々気にしないです。誰の評価も気にしないです。

それよりかね、人の評価なんて、株式相場と一緒だと思ってますから。
時には、凄く尊敬される。時には凄く低く見られる。
いろいろです。上がったり下がったりするんですよ。そんなものです。そういうのにいちいち一喜一憂してたらキリがないので。
例えば子供なんかに飴玉やるでしょ。すごく評価が高くなりますよ。猫なんかもっとわかりますよ。刺し身の欠片やったとします。評価が高くなって、次に姿を見かけたらヒュウーッと近寄ってくるよ。本当にね。また、くれるんじゃないか、って期待して。
評価というのは、そんなものなんだから。――ただ、僕もいつも刺し身ポケットに入れてるわけにいかない。ポケットがぐちゃぐちゃになっちゃうからね。猫の評価を得たいとか、子供の評価を得たいとか思ってないので。
ただ自分は、後世に高い評価の残るようなことはしたいですよ。いつでも、したいですよ。それくらい価値のあることをしたい、意味ある人生にしたいな、と思っているだけであって、誰かの特定の人の……あ、1人だけ例外があります。この人の(なのはなのお母さんの)評価だけはね、いつも得たいなと思っていますよ。身を呈してでもね。

 

お母さん:
どうしたの、今なにか思い出したの。

 

お父さん:
誰の評価も気にしない、では大変ですね、今夜帰ったら寝られませんから。1人だけ気にします。
必要なときに必要な。正しい評価をして、必要なコミュニケーションを取る。とらなくていいコミュニケーションはとらない。それがはっきりメリハリつくんですよ。

あの、……今日もね、思ったんだけど、代掻きやってて、(一緒に行った人に)ちょっときいてみました。「この田んぼ、どう思いますか」っていうね。
この田んぼのコンディション、良いですか悪いですか。
パッと聞かれて、やっぱり正しい評価できないんだよね。
一番問題なのは、轍が深いか浅いかです。代掻き前の田んぼとしてはそれが評価の基準になる。轍が深かったら、よくないと思わなければいけません。
その評価ができないと、良い田んぼが作れないじゃないですか。良い手入れができないじゃないですか。簡単なようだけど、評価するというのが難しい。どういう手入れが良くて、どれが悪いという目で見ていないと入ってこないのです。

教科書なんかにそういうこと書いていたら、数限りないですよね。
廊下の雑巾のかけ方、良いかけ方、悪いかけ方。良い雑巾の絞り方、干し方、評価の高い雑巾の干し方、しまい方とかね。全部、良い悪いがありますよ。
ずっと、良い悪いがあります。
例えば便所のスリッパの脱ぎ方、揃え方。
僕は、便所のスリッパが、逆さに脱いであろうがなんだろうが絶対に注意しません。いつ直すのか見てます。ただし僕が入った後は必ず揃えます。
1つの仕事でも、1つの所作でも、良いと悪いがあります。
その良い悪いがはっきりできて、人が見ていても見ていなくても、同じことができていたら、間が悪くならないです。

「間が悪い」というのはね、「勘違いしました、ちょっと間違えました、知りませんでした、気が付きませんでした」そんな言い訳があるんですね。
認識力が高くて評価できる人。そういう人は、勘違いしました、見間違いました、ということは絶対ありません。
知らないから評価できない。評価できないから気付かずに見過ごす。失敗をする。
そういうことなんですよね。

だからそういう、日々の認識の――田んぼ畑でも、畑でも見るべきところがある。刈るべき草が生えていれば、この草は刈らなきゃならないなって思う。同じ道路、畑の横通っても、草が伸びてる、刈らなきゃって思って見る人と、何も考えずに通る人とでは、違うと思いますよ。

話し戻りますけど、この人はやっぱり欲の強さ、自覚していると思いますけどね、欲の強さ、その欲というのは特に評価されたい、高い評価を受けたいという欲の強さが、非常に間の悪いことになっている。
あと自意識が強すぎる、っていうね。もう自分を透明にしちゃったらいいんです、本当に自分を透明にしたら良いも悪いもないんです、透明にして相手に同化しちゃったら。その人の気持ちになって、「これはこうじゃないかな。伝えよう」ただそれだけになったら、間は良くなるんですね。

僕は物書きしてるとき、先輩から、本当に間が良いなと言われましたけど、本当に僕は自分の欲を捨てて、例えば取材すると言ったら、材料を集められる限り集めて、せっせと運びました。そしたらその先輩のライターは、「お前が持ってくる資料読みきれないよ。たったこれだけの記事を書くのにこれだけ持ってくる」
レポーターはレポートを書く人。「お前はポーターだ」って(笑)。資料を運ぶひと。
高い評価を受けようとしない。そのかわりいろんな物事に対して、高く、正確な評価をして、自分の胸に落とし込んで、それを土台に物事を進めていく、そういうふうに徹してください。

 

 

(2018年5月29日掲載)









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第2回「神様は何をしようとしているのか」
第3回「本で涙を流すことについて」
第4回「本を読んでも内容を忘れてしまうことについて」
第5回「時間をうまく使えるようになるには」
第6回「太宰治について」
第7回「摂食障害の人が片付けが苦手だったり、約束の時間に遅れてしまうのは何故ですか?」
第8回「自分のことを『僕』『おいら』と言うのをやめられなかったのは、なぜか」
第9回「おいしいカレーと、おいしくないカレーの違い」
第10回「楽しんで走る」
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