第19回「夢の持ち方について」


〈質問者〉

質問

夢をもつことと、自信をもつことの違いについて質問です。
以前、お父さんが「脈絡のない夢をもつのは間違いで、現状を考慮する必要がある」という内容のお話をして下さいました。
一方で、「自分はできる」と夢を大きく、自信を持つことも、つい最近お話されていました。
2つのお話はどのようにつながるのでしょうか?
相反するような気もして、どう理解してよいかわからないでいます。

 

〈お父さん〉

答え

うん、矛盾していますよね。
なんていうかな、どう話したら分かるのかな。
脈絡のない夢を持ってはいけない。
脈絡のない夢を持つ事っていうのは、普通の人には実は難しいんじゃないかなと思います。
脈絡のない夢を持つっていうのは、詐欺みたいなものです。
つまり、自分で自分をだますみたいなものです。

前、例えで、1つ例を出したのが、僕が知っている20代の男の子の話で、僕は役者になるのが夢ですよ、と言っていました。
それで、「やっぱり役者といったら、ハリウッドだと思う。やっぱりアメリカのハリウッドに行かないと本当じゃない」と熱弁を振るう。さもさも、すごく大きな夢だなと。
ところが、現実的にはナイトクラブでバーテンダーの仕事をしていて、ハリウッドに繋がる事をやっていない。
その子の中で、ハリウッドに渡って、そこで俳優修行をして、メジャーの俳優になるという事は、まさに夢なんだよね。
ところが夢と現実とが繋がっていなくて、繋げるような努力もしていないんだよね。
そういう夢を、熱心に語ったり、持ったりするのは、それは詐欺なんだよね。
詐欺師って言うのは、根拠のないことを言う、根拠のない夢。

自分がハリウッドに行って英語を話せるようにと、英語を勉強しているなら別だよ。
そういうハリウッドスターになりたいという夢から出発して、さあ、今からでも英語を勉強しようとか、そういう現実に繋がるならいい。けれど、日常生活は勉強のベの字もない。
ただの空想、夢想だけ。その割に、結構リアルに語る。
それは、なんて言うのかな、そうやって自分を騙してはダメなんです。
それは間違った夢の持ち方で、それは、よくよく考えてみると、評論なんだよね。

評論とか理屈が先走って、「こうあるべきで、こうなんだよね」って、自分の人生なのに、自分の評論家になってはダメという事なんです。
自分で自分を評論したり、理屈を言ったり、そういう事と、自分で大きな夢を持って、自分はできるっていう自信を持って、こつこつと今を歩いていくっていうのは、全然違う事なのです。似て非なるものなんですよ。
だから、自分が評論家になって、これはこうするべきなんじゃないかとか、そもそもやっぱり俳優といったら、ハリウッドじゃないと一流と言えない、そういう辺りで、これは眉唾だな、偽物だな、一般論に毒されているだけで、一般的な成功の形を、自分がなぞっているだけで、自分のやりたい事、という訳ではないんですね。

自分は、ハリウッドじゃなくてはやれない役柄があって、自分が作りたい映画がこれだからハリウッドに行かないとダメですと言うんじゃなくて、ただの評論、どこかで聞きかじった一般論を振り回すだけではいけない。
自分の人生っていうのは、自分のオリジナルな発想でしか、語っちゃいけないんです。オリジナルな発見を含んだような努力、あるいは工夫でないと、人生は作れないんです。一般論では作れない。

今、よく言われる。いいサッカー選手かどうかは、どんなアイデアがあるか、新しいアイデアに満ちたプレーかどうか、というところが見所なんです。
動きが良いか悪いかじゃなくて、相手の意表、観客の意表をつく、そう言うプランを瞬間的に作って、その通りに動いて点数を取る、そのプランが観客を感動させる。
運動神経じゃなくて、プランなんです。
相手の選手を欺いて、複数の選手をだまして、そういう動きを瞬時にして、スペースを作って、そこにボールを出して、点数に繋げる、というプランなんです。

僕は、自分の子ども、長男が、難しい大学を受からならなければならないとなったとき、言いました。
「ここからは普通に勉強、努力してもダメだろうね。自分だけのサクセスストーリーを作らないと受からない、誰かのサクセスストーリーを追っかけていたらダメだと思う。誰かのを真似していたら受からないよ」
誰もやった事がないような、発見を含むような勉強の仕方を自分で作って、それを実現、実行できた時に初めて目標に届くよ、と。

あとでそれを書いたら、えっ!? て人が言うようなサクセスストーリーを受験勉強をやるなかで作らないと、合格できないと言った。
大学受験といえば、多くの人が経験することですが、みな同じように受けるように見えても、難しいといわれている難関校、難関学部は、一般論を追いかけている人には受からないんです。

一般論でつまらない夢を語っても、絶対に届かない、というのと同じです。
自分は誰も経験した事がないサクセスストーリーを描いて実行できる、そう言うプランを立てる事が大事なんです。
借り物の夢はダメ。わかるかな。

だから、僕がいった事は矛盾しているようで、矛盾していない。
誰が成功してもいい。
でも、自分が成功するときは、誰かの後追いじゃ、絶対に成功しない。
ただ、普通の人生を生きる時は、そんな事はない。どうにでも生きていいのですが、いい人生を生きる時には、必ずオリジナルなストーリーが必要だということなんです。

ただ、普通の人でも、ほんとに目標を持った人生を生きる時には、プランが必要だと思います。何をやるにも、プランが必要。
それが借り物ばかりでやってしまう人、一般論ばかりでやってしまう人がいる。
この地域で桃を栽培している青木さんは、オリジナルで生きたい人だと思う。
桃作りでも人がやっていない事をやろうとする。青木さんは、そういう志向が強い。
そういう気持ちが、石生地区を桃の生産地へと育てたと思います。
オリジナルでない、自分に繋がらない夢を、言ったところでダメ。
言ってみたら、僕の実績って言うのは、やっぱり今のなのはなファミリーだって誰かの真似じゃない。

お母さんのオリジナルは、なっちゃんの訓練だね。
ハートピーで推奨している訓練ボランティアの集め方は、お母さんが作ったノウハウを一般化しただけですからね。
今、美作市のボランティア連絡協議会は、お母さんが美作で最初にボランティアグループを作って、ボランティアの概念を広めていって、その人たちが、それぞれ新しくボランティアグループを作ってできている団体です。お母さんがいたからこそ、美作にボランティアが根付いたということを、初期の人たちはみんな知っています。
そう言うオリジナルの夢、オリジナルのものを作っていけるという夢、を持ちなさいということですよね。

だから、日記でも、評論を書いちゃう人がいる。夢でも評論家になる人がいる。
どこかの寄せ集めを語っていて、オリジナルじゃない人がいる。
オリジナルの夢を持ちなさい。漠然としていても、何か、オリジナルじゃないとダメなんじゃないかな。
やっぱりその辺にいる人でも、ちょっといい人生を送っている人、成功している人に語らせたら、みんなオリジナルです。
私の人生で語るものがない、っていう人は、オリジナルなことを何もしていない人。

ここなのはなファミリーには、税理士を目指している人が3人いる。
ここで受かるとしても、やっぱり村田先生から勉強のやり方聞いたり、僕がアドバイスしたりしても、結局のところ、一人ひとりの集中の仕方は全部違うし、勉強のやり方や、自分なりの記憶の方法を発見して、自分でオリジナルの成功ノウハウを作っていくという気持ちじゃないと、まず受からないと思います。
自分の体験記を書いてよ、と本にまとめたら、3人が全部違う体験になると思います。
それくらい、同じ場所にいても、個人、個人の体験は違ってきます。

それはあたかも、なのはなファミリーの回復のようなのです。
みんな1人ひとり、ここに来るまでの症状も生活もまるで違います。
なのはなファミリーでは同じような環境で、同じような作業、同じような活動をしたのに、おそらく全員が違う回復ストーリーになると思いますし、同じ人は、一人もいない。
中身の濃い人もいる。薄い人もいる。三段跳びで伸びる人もいれば、少しずつ伸びる人もいる。
畑作業を、農家にすぐに嫁に行けるぐらい覚える人がいて、自分の事として懸命にやる人もいれば、そこそこ適当に済ませる人もいる。

楽器もダンスも全部そう。
面白がって熱心にやる人もいれば、ちょっと触っておしまいの人もいる。
これからの人生も、全部そうなります。
死ぬ時に自伝を書く訳じゃないけれど、ただ、自伝を書いたら、人それぞれ全く違うものになるけれど、面白いものもあれば、面白くないものもあるでしょう。

自分のスタンス、取り組みは、全部自分に返ってきます。
一生懸命やって、アイデアを使った人は、プラスも全部、自分に返ってきます。
自分がいかに濃い人生を送るか、と一生懸命やっていて、損したという事は絶対にないです。手を抜いた人は、しっぺ返しも来るでしょう。
そういうことなので、いくら夢を思っていても、何もやらなければ、どんどん後退していく。前に進めば、全部、努力が積み上がって自分に返ってくる。

 

〈お母さん〉

 多分、みんなが土作りしているんだ。
堆肥作って、それを畑に入れて、今、なのはなで土作りしているんだよね。
外での土作りは、ちょっとできないんだ、社会がいい環境じゃないからね。
なのはなファミリーはちょうど、土とかぼかしの役割に変えて考えたらいい。いい土ができて、もっともっと年を取っていったら、その土作りがうまくできていたかどうか、よくわかるでしょう。

そのために今、知識を一杯つけるといい。お父さんが、本をたくさん読めと言っているでしょう。
知識を頭に入れて、いっぱい知恵をつけて、やっぱり母さんくらいの歳になった時に、違いが出る。

今、みんなはいい場所にいるよって、何回も言っているのだけれど、今、なのはなファミリーで、色んな事を吸収して、色んな作業をしたり、経験をして、土作りをしたらいいと思うんだよね。
そうしたら、臨機応変に対応する力も出てくるだろうし、場所と時間が違ったら答えは違ってくるから、何通りもの考えを出すことができるようになると思うよ。

柔らかな頭にして、何通りも知識を入れて、時代に対応して、何でもできるようになっておくのは強みだと思う。
その強みが人を作っていくし、優しさ、強さを作っていくと思う。時代は流れていくけれども、よくも悪くも、それに臨機応変に対応できる、柔らかさ、強さをつけていく。そのためには、なのはなファミリーの作業はうってつけだとお母さんは思います。

 

〈お父さん〉

 お母さんの言う通り、外で子どもを育てている人もいます。
今、野菜で言ってみたら、みんなは本当に土作りで、今、どれだけいい肥やしを作って、いい根っこを生やせるかですね。
卒業生がみんな、なのはなでの暮らしを基本に、なのはなでのことを思いながらやっていますと、言っているよね。
だから、ここで濃く、本当にいい土作りができた人は、自立して仕事をするようになってから色んなトラブルがあっても、それを乗り越えていけるし、なのはなでの事を思い出しながら乗り越える、新しい展開のときも、それを基本に乗り越える。

 

〈お母さん〉

 お母さん、素朴に土作りと言ったけれど、ここでは本当に音楽とか、表現する場がたくさんあるでしょう。納豆作りたかったり、さきが、芋けんぴを作ってくれたり、販売とか、経営とか、もしもそういう方面に長けようと思ったら、ここにはいくらでも材料があると思う。

教えてくれた事を、自分の中に入れてオリジナル化するというか。言った事をそのままだったら、自分の中に残らないんだ。もっと進化させてオリジナル化するっていうか。
言われた事をするんじゃなくて、もっとよりよくするにはって考えて、みんなに還元する。そういう事をここで覚えておくと、やっぱり大人になったとき、母親になったとき、会社に出て、30歳、40歳、やがてお母さんくらいになった時に、全然違う人生を歩むだろうと、お父さんが言っている。
ここで、ここで教えて貰った事を自分化して、社会に還元する作業ができたら、どこへ行っても、より良い人生が生きられます。
1つの事じゃなくて、色んな事で自分を応援してくれる人がいっぱいいるので、楽だろうなとお母さんは思うよ。

お母さんは、障害のある菜都を産んでいたからこそ、いろいろな人に出会うことができた。でも、しばらくの間は、一人ぼっちで社会と戦わないといけなかったから、それは大変だった。そういうのって、やっぱりみんなと手をつないでっていうか、もっと力を大きくしなければならないと思った。だけど、近くにいる人とか遠くにいる人とかは関係なくて、理解し合えていたら、距離は関係なく応援してもらえるとわかった。
そういう理解の深さが、お互いに大きな優しさになる、大きな喜びになると思うんだ。

だから、お父さんとお母さんの願いだよね、世間に潰されないように、もっとオリジナル化して、みんなでいい方向に向かう、ということが。
自分自身もそうだし、周りの人も巻き込んで、社会も変えていく。
そんな大きい事というのではなくて、これって自分の夢を持つのと一緒の事なんだ。社会が変わっていかないと自分自身も潰されるから、一人ひとりの心持ちが大事なの。
前向きで、産まれたからには前向きに生きていくというか、目の前の事に一生懸命生きていくっていうか、ね。

 

〈お父さん〉

 よくみんなの中には、お父さんとお母さんの顔色を気にしちゃうという人がいるけれど、僕はかつてジャーナリストが本業だったとき、いつも未来の僕の読者を意識した。
今の目の前にいる人に何を書くかじゃなくて、僕が書くとしたら、もっと深いもの、もっと説得力のあるもの、もっと面白いものじゃないと、かっこう悪いな、もうちょっと頑張らないと未来の読者は納得してくれないんじゃないか、もうちょっと波乱がないと読み応えがないと思うと、もっと頑張れたのです。
いろいろ経験しても、書かなかったりすることがほとんどだけれど、そうやって、自分はこの事を書く事になるだろうと思うことが、目の前の事を大事にさせた、自分にね。

この経験は、きっと後で書く事になるんだから、精一杯やらないといけない。
こんな力を抜いていたり、薄いんじゃドラマにならない。ドラマになるまで頑張ろうと、自分で自分のドラマを未来の読者に向けて作る、そういう人生にしようとずっと思い続けていました。10代半ばで物書きになろうと思ったときからね。

自分がやる事はみんな書くことになる。読者がいる。悪い事もいい事もした。いいことも悪い事も、全部後で書いて、それは天下にさらされる事になると思っていた。自分で自分を、ものを書く事によって、オープンになると思ったので、一人を慎むどころか、全てを自分の手でさらす事になると思って生きてきた。

自分が誰かを参考にするんじゃなくて、自分が自分の参考になるように生きようと思ったのが、究極に自分のやる気を持続させた源泉だと思う。
どんなに躓いても、これで浮かび上がったら、ドラマになると思ったから、躓いたことを苦にしなかった。これで面白いドラマが作れると発奮材料にしてきた。
僕も、みんなと同じで、まだまだ自分の大きな夢を実現する途中です。









第1回~第100回(クリックすると一覧を表示します) 第1回「縦軸と横軸について」
第2回「神様は何をしようとしているのか」
第3回「本で涙を流すことについて」
第4回「本を読んでも内容を忘れてしまうことについて」
第5回「時間をうまく使えるようになるには」
第6回「太宰治について」
第7回「摂食障害の人が片付けが苦手だったり、約束の時間に遅れてしまうのは何故ですか?」
第8回「自分のことを『僕』『おいら』と言うのをやめられなかったのは、なぜか」
第9回「おいしいカレーと、おいしくないカレーの違い」
第10回「楽しんで走る」
第11回「死ぬことへの考え」
第12回「『聞く』と『教えてもらう』」
第13回「頑張るフルマラソン」
第14回「他人の成功」
第15回「『今』という時間」
第16回「不安の先取り」
第17回「良い協力関係」
第18回「急に悲しくなる」
第19回「夢の持ち方について」
第20回「心の許容範囲」
第21回「疲れるのが怖い」
第22回「スポーツの勝ち負け」
第23回「人といること」
第24回「“好き”という気持ち」
第25回「何でも知っている」
第26回「舞台鑑賞が怖かったこと」
第27回「生まれ変わるとしたら」
第28回「一番感動した景色、美しい国はどこですか?」
第29回「好きな時代はいつですか」
第30回「体型について」
第31回「行きたいところ」
第32回「悲しくなったら、動く」
第33回「意志を持てないこと」
第34回「心を動かす」
第35回「恋愛できますか」
第36回「日記の重要性」
第37回「心配されたい」
第38回「ONとOFF」
第39回「いつも同じ態度で」
第40回「涙腺が弱い」
第41回「子供が苦手」
第42回「正しいことを通そうとして」
第43回「流されて生きる」
第44回「才能について」
第45回「身長は伸びますか」
第46回「否定感が強い」
第47回「ぐっすり眠れない」
第48回「見え方、感じ方」
第49回「強さについて」
第50回「自分の出し方」
第51回「身体の調子と気持ち」
第52回「何のために変わるか」
第53回「痛みを知る」/a>
第54回「投げやりな気持ち」
第55回「未完成」
第56回「相手を許す」
第57回「書けないとき」
第58回「甘いと甘え」
第59回「イライラしない」
第60回「落ち込んだ時」
第61回「生きているなら」
第62回「わからない問題は」
第63回「眠ること」
第64回「子育てについて」
第65回「夫婦で大切なこと」
第66回「自己否定について」
第67回「友達が欲しい人、そうでない人」
第68回「未来を信じる」
第69回「山を登ると」
第70回「リーダーをすると苦しくさせる」
第71回「自分から人を好きになる」
第72回「小さいころからの恐怖心」
第73回「お姉さんのような存在を」
第74回「作業に対して気持ちの落差が激しい」
第75回「大きな希望を持つとき①」
第76回「大きな希望を持つとき②」
第77回「夢について・集中力について」
第78回「やるべきことをできていなくて苦しい」
第79回「やるべきことをできていなくて苦しい②」
第80回「真面目さは何のために」
第81回「高いプライドをつくるには」
第82回「番外編:そうだ、お母さんにきいてみよう!」
第83回「相談、確認が多いことについて」
第84回「自信を持つ」
第85回「間の良さ、間の悪さ」
第86回「過去を美化してしまう」
第87回「統合力を高めるには」
第88回「見張られているような不安」
第89回「どうして人間だけに気持ちが必要なのか」
第90回「休日になるとやる気がなくなってしまう」
第91回「低気圧」
第92回「どうして動物を飼うの?」
第93回「自分を褒める話をするには」
第94回「眠れない」
第95回「ふいに恥ずかしくなる」
第96回「躾について」
第97回「壁をなくしてオープンになるには」
第98回「自分がオーラのある人になるには」
第99回「私のストレスは何?」
第100回「社会性を身につける」
 
第101回~第150回(クリックすると一覧を表示します)
第101回「依存を切り離す期間は? その後はどう変わる?」
第102回「依存を切り離すことについて②」
第103回「会話が理解できない・生きる意味」
第104回「何者にもなれないのでは、という不安」
第105回「一緒に長時間いられない」
第106回「人の気持ちを汲めない」
第107回「リーダーとしてちゃんと動くには」
第108回「仕事への情熱と、興味があること」
第109回「日々の習慣を持つ」
第110回「自分のアスペルガー的な要素について」
第111回「外見について」
第112回「芸術、情緒、愛情 心の深さ」
第113回「なぜ風俗業は禁止にされないのか」
第114回「生き難さを抱えていなかったら、どんな将来の夢を」
第115回「健全な家庭なら自我は育つのか」
第116回「自我を育てる」
第117回「説明が理解できない」
第118回「好きな花①」
第119回「好きな花②」
第120回「血を連想させる単語を聞くと」
第121回「社会性と、基本的な姿勢」
第122回「深い関係をとって生きる」
第123回「ノルマ感、義務感が強い」
第124回「野菜の収穫基準がわからなくなる」
第125回「自分を楽しませること、幸せに過ごさせることが難しい」
第126回「向上心を持てないこと」
第127回「アーティスティックな心」
第128回「野性味を取り戻す」
第129回「個人プレイからチームプレイへ」
第130回「すべてのことを高いレベルでやりたい」
第131回「なぜ、痩せているほうが良いと思われるのですか?」
第132回「予定が変わると、気持ちがもやもやする」
第133回「楽観主義者と悲観主義者の境界線」
第134回「上品に、笑顔で、美しく」
第135回「続『上品に、笑顔で、美しく』」
第136回「嘘をつけない」
第137回「お父さんが怖い 前編」
第138回「お父さんが怖い 後編」
第139回「見事やで」
第140回「頼まれごとが不安・時間に遅れる①」
第141回「頼まれごとが不安・時間に遅れる②」
第142回「頼まれごとが不安・時間に遅れる③」
第143回「大きな声を出すこと」
第144回「時間の使い方」
第145回「お腹がすく」
第146回「本を読む時、第三者の視点になってしまう」
第147回「罰ゲームの答えとユーモア」
第148回「アイデアが出ないこと」
第149回「気持ちと身体の助走」
第150回「花や動物を可愛いと思えない」
 
第151回~第200回(クリックすると一覧を表示します)
第151回「美味しいセロリ」
第152回「尊敬している人といると、あがってしまう」
第153回「考え事がやめられない」
第154回「認めてもらいたい気持ち」
第155回「寝汗をかかなくなった」
第156回「時間の不安について」
第157回「楽器を練習したい、本を読みたい」
第158回「疲れを認めたくない」
第159回「アトピーと蕁麻疹」
第160回「はっきりした人になりたい」
第161回「会話と、興味の深さについて」
第162回「思春期の不安定」
第163回「潔癖症について」
第164回「自尊心」
第165回「自分の身体のサイズ感をとらえるのが苦手」
第166回「兄弟を心配する気持ち」
第167回「自分の声への違和感」
第168回「野菜の調子が悪いと、自己否定してしまう」
第169回「好きな気持ちと、誤解をされることへの不安について」
第170回「トイレが近いことについて」
第171回「競争意識について①」
第172回「競争意識について②」
第173回「コンディションによって態度が変わる人、変わらない人」
第174回「恐がりなことについて」
第175回「テンション」
第176回「目を見ること、見られること」
第177回「よいお母さんになる10か条」
第178回「音楽と我欲①」
第179回「音楽と我欲②」
第180回「時間の使い方と焦りの気持ち」
第181回「自分に疑心暗鬼になって、不安に陥ってしまうのはなぜ」
第182回「有志の募集に手を挙げづらい」
第183回「緻密に」
第184回「いつも怖い」
第185回「体型に対するこだわり」
第186回「気持ちの切り替えが、うまくできない」
第187回「米ぬかぼかし作り」
第188回「評価すること」
第189回「堂々とした人に怯えてしまう ①」
第190回「堂々とした人に怯えてしまう ②」
第191回「耳が良くないこと」
第192回「限界」
第193回「物を簡単に捨てることができてしまう」
第194回「整理整頓、片付けができない」
第195回「次のミーティングは、いつですか?」
第196回「整理が過ぎるのは症状ですか」
第197回「人をもっと理解したいということについて」
第198回「体育の授業が怖くて、さぼっていたことについて」
第199回「完璧が怖い」
第200回「やるべきことに追われてしまいがちな気持ちについて」
 
第201回~第250回(クリックすると一覧を表示します)

第201回「正面から受け取りすぎることについて」
第202回「手持ち無沙汰にさせることが怖い」
第203回「生き物が好きで触りたくなる気持ちについて」
第204回「魚の食べ方について」
第205回「ステージで間違いがあったときは」
第206回「作業で焦ってしまう」
第207回「調理されて食べられる魚はかわいそう?」
第208回「頑張ろうとすることに疲れた」
第209回「自己愛性パーソナリティ」
第210回「期待について その①」
第211回「期待について その②」
第212回「アウトプットで生きる」
第213回「キャパシティを大きくしたい」
第214回「コミュニケーション」
第215回「秋が寂しい」
第216回「我欲と、自分を大切にすることの違い」
第217回「声を前に出して歌うには」
第218回「できる気がしない、と感じてしまう」
第219回「苦手なことをしている時間を苦痛に感じてしまう」
第220回「握力について」
第221回「喜び合うための全力」
第222回「リモコンの操作と、ゴミの分別が覚えられなかったこと」
第223回「相談をしたり、買ってもらったりすることが怖い」
第224回「ケアレスミスが多い」
第225回「恥ずかしさにどう対処するか」
第226回「きつく締められないこと」
第227回「豆掴みと羽根つきが、うまくできるようになっていた」
第228回「プライドを守り合える関係」
第229回「人間味を学ぶために」
第230回「リーダーをするときの不安と罪悪感」
第231回「幸せについて」
第232回「不思議ちゃんと言われていたのはなぜか」
第233回「話の絶えない人になるには」
第234回「サービスをする人になる」
第235回「ソフトボール部に入らなくてはいけない気がする」
第236回「ディストピアと野蛮人の村」
第237回「好きと言ってみる」
第238回「質問がまとまらない」
第239回「ソフトクリーム」
第240回「謙虚について」
第241回「人との間にしか幸せはないこと」
第242回「思いっ切り遊んだことがない」
第243回「癇癪について」
第244回「友達について その①」
第245回「友達について その②」
第246回「センスよく生きる」
第247回「根拠のない自信」
第248回「先生になること」
第249回「演じること、正直になること」
第250回「怒りと感謝の気持ちは共存しない」
 
▶第251回~
第251回「アメリカンドリーム」
第252回「悲しむこと」
第253回「限界までやってみる」
第254回「リーダーの向き不向きについて」
第255回「悲しくならない求め方」
第256回「人前に立つ緊張」
第257回「野菜の見方」
第258回「プライバシーについて」
第259回「寝相について(前半)」
第260回「寝相について(後半)」
第261回「変わっていくことについていけない恐ろしさ」
第262回「速く書く事」
第263回「利他心について」
第264回「集中力について」
第265回「読書について 解釈と鑑賞」
第266回「年齢、役割に見合った振る舞いについて」
第267回「相手に喜んでもらいたい気持ちと、自分が幸せを感じることの怖さ」
第268回「相手を幸せにするということについて」
第269回「シンプルであること」
第270回「人のために動くとき」
第271回「周囲の人や家族のなかで浮いている感覚があったことと、個性について」
第272回「楽しませる人、発信する人になりたい」
第273回「目の前のことに集中できない・利他心と利己心について」
第274回「仕事への心配と、自分が空っぽの人間だと感じることについて」
第275回「理解されたいという欲求が強かったこと」