第38回「ONとOFF」


〈質問者〉

質問

 ON、OFFを作らず、上品でいるためには具体的に何をすればよいですか?
 私は、なのはなに来る迄、ONで頑張って、OFFで力尽きる、ということの繰り返しでした。上手なOFFの過ごし方も分からず、疲れは抜けませんでした。
 
 サマー文化フェスタの出演後のミーティングで、「そもそもON、OFFを作らず、精度を上げていけば良い」と教えていただいて「そういうことなのか!!」と嬉しく思いました。
 けれど、具体的に、今からどうしていけば良いか、はっきり分かっていません。一人の時の自分を鍛えたり、人に見せられない気持ちを消し去ったりするということなのでしょうか?
 
 また、私の祖母の話になるのですが、祖母は、ON、OFFがなく常に誰に見られても良いような身なり、仕事ぶりで、自分に厳しくきちんとした人でしたが、気疲れしすぎているような感じがありました。
 私は、いつ誰に見られてもいい姿、というと祖母のような人のイメージが浮かんできてしまいます。けれど、お父さんお母さんが教えて下さる、一枚岩ということと、祖母は違うように思います。もう少し、ON、OFFのない上品な姿について教えて頂けると嬉しいです。

 

〈お父さん〉

答え

 オンとオフを作らずに上品でいるために何をすればよいですか? ということだけど、そうだなあ。やっぱり、どちらかと言うと、オンの時を変えると言うよりは、オフの時を変えると言うことでしょうね。
 お母さんが「1人を慎む」という言葉をときどき言っています。オフの時に1人を慎んでいると、オンの時も、それと同じでいられるということですよね。オンとオフのときで、精神的な落差を作らない。

 具体的にどうすれば良いか、ですよね。その前にもう少し寄り道をーー。
 祖母の話がありましたけれどね。僕の祖母は、明治の最後のころの生まれでしたが、その頃の人は「女、三界に家無し」と言っていました。
 三界に家無しというのは、過去にも、現世にも、来世にも未来にも、家はないという言葉なんです。
 家がないというのはどういうことかって言うと、自分が自由にのびのびするようなところは、どこにもないということなんですね。つまりオフがない。
 
 僕が知ってるおばあちゃん……じゃなくても僕の親の世代でも、朝、暗いうちに起き出して、竈に火を入れてご飯を炊いていました。井戸水で米をといで、ご飯を炊く。
 みんなが起きてきてご飯を食べる時、給仕をします。自分は食べません。給仕だけをして台所の隅っこに座っている。自分はみんなと一緒には食べません。 
 みんなが食べ終わった後、みんなが残したおかずで、そそくさと板の間に座って、必要最低限、ササササっとご飯をかき込む。一家団欒の中に、主婦は入ってないんです。
 主婦というよりは、まるで雇われた女中さんのようですね。それでみんなの食べた食器を洗い、洗濯をして、それから野良仕事に出る。
 
 お昼は早めに帰って、みんなのお昼を作る。
 夕方は、井戸から水を汲んできてお風呂に水をため、藁と薪で風呂を焚いて、夕飯の支度をする。朝から晩まで働きづめで、そもそもオフの時っていうのがないんです。
 主婦は、家の中で一番下に身を置くので、自分の時間もない。
 だから、常にオンで、起きてる間中、365日オンっていうことですね。

 この質問の子のおばあちゃんもそういう人なんでしょうね。気疲れしている、と映ったかもしれませんが、昔の農家の嫁さんはずっとそんな風ですね。お嫁さんがくると、自分は引退するので、それまで自分がやってきたことはお嫁さんに譲って身体は少し楽になりますが、オフを作らないという姿勢はそのままです。
 だからプライベートタイムとかね、プライベートなスペースとか、個人的な時間と場所を作らないんです。

 そもそも、日本には自分の個室っていう概念がなかったんです。昭和30年後半から、アメリカの家を真似て、初めて客間とか、子供部屋というのが作られるようになりました。
 日本には元々なかったのです。それで何の不自由も無くやっていける社会だった。
 
 その代わり、外国にはない物がありますよね。例えば衝立(ついたて)ですよね。
 衝立っていうのは、腰くらいまでの高さの、仕切り板のことです。
 広い部屋の真ん中に衝立を置いたら、その部屋を2部屋ということにできます。片方に誰かがいても、そっちは別のスペースで、見えないことにするというのが日本の社会ではどこでも暗黙の了解だったんです。
 だから、ここで書き物かなんかしてたら、見えていても誰も話しかけたりしない。別室という建前ですから見えない事にする。
 そっちで誰かと誰かが話してたら、衝立のこちら側にいる人は決して口を挟まない。聞かない。聞こえていても、聞こえないことにする。
 用事が済んで、衝立を部屋の隅に片付けたら、またこれが元の一部屋に戻る。そんなふうに、プライベート空間も衝立で作られるもので、聞こうと思えば聞けるけれども聞かない。見ようと思えば見えるけれども見ない、というふうにしてお互いを尊重してきました。
 
 そういうふうな心持ちで暮らしていて、お互いに気配りをして、プライベートな部屋もせいぜいそのレベルでしか考えなかったのです。
 衝立一枚の向こう側が、個人的な時間だったり場所だったりする。

 オンとオフって言うのは、最近、出て来たように思うのです。
 子供が、ここは自分の部屋だとばかり、ドアをバタッと閉めてガチャッと鍵をかけたら、もう誰にも遠慮はいらない。裸になって、「ああ、楽だ楽だ」なんてやるかもしれませんけど、そんな部屋は最近、作られるようになったもので、歴史が浅いと思います。
 昔の日本人はそんなことはしないし、したいとも思わない、ということなんですよね。

 あと、仕事にもよるでしょうね。オンとオフというのは。
 農業をやってる人のほとんどは、営業する機会もないし、営業する気持ちもないです。いつも一人天下なんですね。誰にも遠慮することもないし、頭を下げることもない。
 自分の田畑に出て、耕して、種まいて、水やって、いつも一人天下なんですね。
 いつも、同じ気持ちでいて、何の不都合もない。
 
 それが、たくさんの人にモノを売る営業の仕事だったりすると、時には頭を下げたくない人にも、頭を下げて、にこやかにして、何か話したり、何か説明して買ってもらおう、と愛想良くする、ということがあるかもしれません。そういう場合は、店に出ている時は、オンで、お客さんのいないところはオフってなるかもしれませんね。
 それにしても、いつも機嫌良くしていたら、何も問題はなく、オンもオフも作らなくても済むはずなんですけど。

 農業の人は、そういう営業の経験もないし必要ないことが多いので、いつ、どこで、誰の前でも、全く態度が変わらない。オンとオフはないでしょうね。
 ついでにいうと、農家は、昔なんかは特にそうですけど、共同で草刈りとか、今でもそうですけどね、田植えも昔は共同でやった。田植機がなかったのでみんなで植える。
 そのころは、何か手伝ってもらったら昼食はみんなにご馳走するのが礼儀で、ご飯に一汁一菜が決まりでした。お互いの台所事情も、収入も知ってる。村に出入りする人も限られていたので、お互いのことを良く知ってる。必要以上に良く見せようとかしません。
 
 都会に行くと、人が沢山いて、みんなネクタイ締めて、隣の人がどこに勤めてるのか? その隣の人は? まったく分からないことが多いです。
 顔を合わすけれども、お互いのプライベートは全く知らないし、共同でやることもない。こんにちはって挨拶する時も、部屋に入ったら何をしてるのか、まったく分からないとなったら、ドアの外はオンで、ドアの内側はオフって言うのかもしれませんね。

 特に、会社に入って仕事をやってると、上司やお客さんにはあまりたてつけない。好き勝手なことは言えませんね。そういう人は、ネクタイ締めたらオンで、ネクタイをとったらオフってあるかもしれないけど、お百姓さんはいつも野良着着ているからオンもオフもないんです。
 だから、オンとオフがあるのが当たり前じゃなくて、昔はいつもオンである。そう思ってくれたらいいんですよね。

 ということは、オンとオフがある生活というのは、特にその落差が大きい場合というのは、それはかなり無理をした生活だ、とそういうふうにも言えるんじゃないでしょうか。
 先進国になるほどオンとオフを作る人が増えてくる。地域社会の中でもオンとオフがあったり、そういう人間関係ばかりになってきたりします。
 田舎社会にそういう関係があるかというと、あまりないです。

 そういうことでね、本来は、人間はどこにいても1枚岩であるべきで、オンもオフもなくするべきだと思います。
 どことなくオンとオフが当たり前ってなってる人は、外向きの顔と内向きの顔が人にはあって当たり前でしょう、っていうのが、頭に入りすぎてる。
 
 僕も、自分より年下の人が増えてきました。あっという間に58歳です。こないだまで28歳だったのに。社会でも、公務員は60になったら定年でしょう。年上の人より年下の人が少しずつ増えてきた。だから、敬語も使わなくていいようになってきちゃって、誰にでも同じようにものが言えるようになってきた。年取ってきたらね。
 だけど若い時から、オンもオフもなくしていいんじゃないでしょうか。

 そういう意味で、考えてみたらね、なのはなファミリーでも日曜モードだからいつもと違うことしよう、って言うのも、考えてみれば変かもしれないですよね。
 なのはなファミリーの初期は、日曜日を作ってなかったですね。365日一緒に活動してるんだから、関係ないだろうと思って、僕は、日曜日という概念は頭になかったです。
 そしたらいつの間にか、日曜日は作らないんですか? 日曜日が欲しいです、って誰かが言った。休みの日が欲しいのかな、と思いました。
 じゃあ、ということで日曜日を作ってみました。
 すると朝寝して、1日中ごろごろしてたりする人はいませんでした。蓋開いてみて、今日から日曜モードを作りますって始めたら、その「日曜日を作ってください」って言った人は、朝早くから、担当野菜の畑に行って、一日中畑仕事をしていた。
 
 ああ、休みたいんじゃなくて、思いっきり畑作業をしたい、それで日曜日をくれって言ったのか、って思いました。
 ああ、もともとやる気があるんだな、と思って、納得しましたね。

 そういうものなんですよね。だから、日曜モードって言って、ごろんとしたい人は、そもそも仕事を嫌々やらされてる、嫌々やってる人ですよね。
 楽しく仕事ができる人は、日曜は、これはもう思い切りやるチャンスと思ってね、畑に出たり、普段読めない本を読んだり、書き物をしたり、調べ物をしたりと、逆に一生懸命に働くんですね。
 
 つまりは、誰もオフなんか作りたいと思ってない。これが70歳、80歳になったらね、たまには身体を休めたいと思うのかもしれません。身体を休めて嬉しい、面白いと思うのは、70歳、80歳以上の人だけでしょう。
 若い時には、身体を使って、気力を使って、何か面白いことやっていた方が休んでいるよりもずっと楽しいですよ。

 僕はずっとそうでしたよね、土日が来ると嬉しいんです。電話が入らなくなる。ゆっくり心行くまで原稿が書ける。たっぷり仕事が出来ると嬉しいんです。いつも仕事したかったからね。
 だから、土曜日曜がオフかオンかって言っても、そんなのなかったです。
 ウイークデーは取材に行ったり、打ち合わせをしたり、それもオンだし、土日に原稿書いてる時もオンだし、365日オンですよね。
 
 それでいて、子供をキャンプなんかに連れて行く時も、オフなのかもしれないけど、僕にとってはオンだよね。ゆっくりキャンプじゃなくて、朝4時すぎには起き出して子供と川に釣り糸垂れてるしね。睡眠時間減らしてるよね、オフのはずなのに。
 そういうものなんじゃないかな、と思いますよね。

 この歳でも、休みをほしいとか思わないし、やりたいこといっぱいありますよね。すべてが仕事と思っている。旅行に行っても、それは次のステップに上がるための仕込みだし、遊びのようで遊びじゃない、仕事のようで仕事じゃない、という動きのほうが多いんじゃないでしょうか。
 とにかく、畑やっても面白いし、演奏やダンスの練習もおもしろいし、時間があったらあるだけたくさんやりたいし、本も読みたいし、いろんなところ行きたいし、それはすべてオンという感じがしますよね。僕には今までずっとオフはないです。みんなもオフを作る必要は無いんじゃないでしょうか、という気がします。

 子供ができて、PTAの役員になって、学校に行って、それがオフかって言うと、みんなある程度公的な場所で喋るわけだからオフじゃない。仕事でもない、お金にもならないからオンでもない。
 
 卓球のコーチもオフといえばオフだよね。かといって、生徒を指導する、公式戦に引率する、学校の先生とも話をする。これもオンでもオフでもない。
 
 その頃は夜に社交ダンス習いに行って、ダンス習うからオフって言えばオフ。でも、一人でいるわけじゃないしね、一緒に習ってる人に対して失礼があっちゃいけないし、発表会の前にはずっと決まったパートナーと練習をするのでオンといえばオン。
 発表会では人前で踊らなきゃいけないから、いつも以上に緊張するしね。それもオフではない。
 いつも、オンでもオフでもない。
 それが、人として普通のことなんじゃないでしょうか、と思います。

 最初の質問に戻って、ON、OFFを作らず、上品でいるためには具体的に何をすればよいですか? ということに戻ると、いつも本音で何でも楽しみながら生きていると、自然とオンばかりの人生になるということです。









第1回~第100回(クリックすると一覧を表示します) 第1回「縦軸と横軸について」
第2回「神様は何をしようとしているのか」
第3回「本で涙を流すことについて」
第4回「本を読んでも内容を忘れてしまうことについて」
第5回「時間をうまく使えるようになるには」
第6回「太宰治について」
第7回「摂食障害の人が片付けが苦手だったり、約束の時間に遅れてしまうのは何故ですか?」
第8回「自分のことを『僕』『おいら』と言うのをやめられなかったのは、なぜか」
第9回「おいしいカレーと、おいしくないカレーの違い」
第10回「楽しんで走る」
第11回「死ぬことへの考え」
第12回「『聞く』と『教えてもらう』」
第13回「頑張るフルマラソン」
第14回「他人の成功」
第15回「『今』という時間」
第16回「不安の先取り」
第17回「良い協力関係」
第18回「急に悲しくなる」
第19回「夢の持ち方について」
第20回「心の許容範囲」
第21回「疲れるのが怖い」
第22回「スポーツの勝ち負け」
第23回「人といること」
第24回「“好き”という気持ち」
第25回「何でも知っている」
第26回「舞台鑑賞が怖かったこと」
第27回「生まれ変わるとしたら」
第28回「一番感動した景色、美しい国はどこですか?」
第29回「好きな時代はいつですか」
第30回「体型について」
第31回「行きたいところ」
第32回「悲しくなったら、動く」
第33回「意志を持てないこと」
第34回「心を動かす」
第35回「恋愛できますか」
第36回「日記の重要性」
第37回「心配されたい」
第38回「ONとOFF」
第39回「いつも同じ態度で」
第40回「涙腺が弱い」
第41回「子供が苦手」
第42回「正しいことを通そうとして」
第43回「流されて生きる」
第44回「才能について」
第45回「身長は伸びますか」
第46回「否定感が強い」
第47回「ぐっすり眠れない」
第48回「見え方、感じ方」
第49回「強さについて」
第50回「自分の出し方」
第51回「身体の調子と気持ち」
第52回「何のために変わるか」
第53回「痛みを知る」/a>
第54回「投げやりな気持ち」
第55回「未完成」
第56回「相手を許す」
第57回「書けないとき」
第58回「甘いと甘え」
第59回「イライラしない」
第60回「落ち込んだ時」
第61回「生きているなら」
第62回「わからない問題は」
第63回「眠ること」
第64回「子育てについて」
第65回「夫婦で大切なこと」
第66回「自己否定について」
第67回「友達が欲しい人、そうでない人」
第68回「未来を信じる」
第69回「山を登ると」
第70回「リーダーをすると苦しくさせる」
第71回「自分から人を好きになる」
第72回「小さいころからの恐怖心」
第73回「お姉さんのような存在を」
第74回「作業に対して気持ちの落差が激しい」
第75回「大きな希望を持つとき①」
第76回「大きな希望を持つとき②」
第77回「夢について・集中力について」
第78回「やるべきことをできていなくて苦しい」
第79回「やるべきことをできていなくて苦しい②」
第80回「真面目さは何のために」
第81回「高いプライドをつくるには」
第82回「番外編:そうだ、お母さんにきいてみよう!」
第83回「相談、確認が多いことについて」
第84回「自信を持つ」
第85回「間の良さ、間の悪さ」
第86回「過去を美化してしまう」
第87回「統合力を高めるには」
第88回「見張られているような不安」
第89回「どうして人間だけに気持ちが必要なのか」
第90回「休日になるとやる気がなくなってしまう」
第91回「低気圧」
第92回「どうして動物を飼うの?」
第93回「自分を褒める話をするには」
第94回「眠れない」
第95回「ふいに恥ずかしくなる」
第96回「躾について」
第97回「壁をなくしてオープンになるには」
第98回「自分がオーラのある人になるには」
第99回「私のストレスは何?」
第100回「社会性を身につける」
 
第101回~第150回(クリックすると一覧を表示します)
第101回「依存を切り離す期間は? その後はどう変わる?」
第102回「依存を切り離すことについて②」
第103回「会話が理解できない・生きる意味」
第104回「何者にもなれないのでは、という不安」
第105回「一緒に長時間いられない」
第106回「人の気持ちを汲めない」
第107回「リーダーとしてちゃんと動くには」
第108回「仕事への情熱と、興味があること」
第109回「日々の習慣を持つ」
第110回「自分のアスペルガー的な要素について」
第111回「外見について」
第112回「芸術、情緒、愛情 心の深さ」
第113回「なぜ風俗業は禁止にされないのか」
第114回「生き難さを抱えていなかったら、どんな将来の夢を」
第115回「健全な家庭なら自我は育つのか」
第116回「自我を育てる」
第117回「説明が理解できない」
第118回「好きな花①」
第119回「好きな花②」
第120回「血を連想させる単語を聞くと」
第121回「社会性と、基本的な姿勢」
第122回「深い関係をとって生きる」
第123回「ノルマ感、義務感が強い」
第124回「野菜の収穫基準がわからなくなる」
第125回「自分を楽しませること、幸せに過ごさせることが難しい」
第126回「向上心を持てないこと」
第127回「アーティスティックな心」
第128回「野性味を取り戻す」
第129回「個人プレイからチームプレイへ」
第130回「すべてのことを高いレベルでやりたい」
第131回「なぜ、痩せているほうが良いと思われるのですか?」
第132回「予定が変わると、気持ちがもやもやする」
第133回「楽観主義者と悲観主義者の境界線」
第134回「上品に、笑顔で、美しく」
第135回「続『上品に、笑顔で、美しく』」
第136回「嘘をつけない」
第137回「お父さんが怖い 前編」
第138回「お父さんが怖い 後編」
第139回「見事やで」
第140回「頼まれごとが不安・時間に遅れる①」
第141回「頼まれごとが不安・時間に遅れる②」
第142回「頼まれごとが不安・時間に遅れる③」
第143回「大きな声を出すこと」
第144回「時間の使い方」
第145回「お腹がすく」
第146回「本を読む時、第三者の視点になってしまう」
第147回「罰ゲームの答えとユーモア」
第148回「アイデアが出ないこと」
第149回「気持ちと身体の助走」
第150回「花や動物を可愛いと思えない」
 
第151回~第200回(クリックすると一覧を表示します)
第151回「美味しいセロリ」
第152回「尊敬している人といると、あがってしまう」
第153回「考え事がやめられない」
第154回「認めてもらいたい気持ち」
第155回「寝汗をかかなくなった」
第156回「時間の不安について」
第157回「楽器を練習したい、本を読みたい」
第158回「疲れを認めたくない」
第159回「アトピーと蕁麻疹」
第160回「はっきりした人になりたい」
第161回「会話と、興味の深さについて」
第162回「思春期の不安定」
第163回「潔癖症について」
第164回「自尊心」
第165回「自分の身体のサイズ感をとらえるのが苦手」
第166回「兄弟を心配する気持ち」
第167回「自分の声への違和感」
第168回「野菜の調子が悪いと、自己否定してしまう」
第169回「好きな気持ちと、誤解をされることへの不安について」
第170回「トイレが近いことについて」
第171回「競争意識について①」
第172回「競争意識について②」
第173回「コンディションによって態度が変わる人、変わらない人」
第174回「恐がりなことについて」
第175回「テンション」
第176回「目を見ること、見られること」
第177回「よいお母さんになる10か条」
第178回「音楽と我欲①」
第179回「音楽と我欲②」
第180回「時間の使い方と焦りの気持ち」
第181回「自分に疑心暗鬼になって、不安に陥ってしまうのはなぜ」
第182回「有志の募集に手を挙げづらい」
第183回「緻密に」
第184回「いつも怖い」
第185回「体型に対するこだわり」
第186回「気持ちの切り替えが、うまくできない」
第187回「米ぬかぼかし作り」
第188回「評価すること」
第189回「堂々とした人に怯えてしまう ①」
第190回「堂々とした人に怯えてしまう ②」
第191回「耳が良くないこと」
第192回「限界」
第193回「物を簡単に捨てることができてしまう」
第194回「整理整頓、片付けができない」
第195回「次のミーティングは、いつですか?」
第196回「整理が過ぎるのは症状ですか」
第197回「人をもっと理解したいということについて」
第198回「体育の授業が怖くて、さぼっていたことについて」
第199回「完璧が怖い」
第200回「やるべきことに追われてしまいがちな気持ちについて」
 
第201回~第250回(クリックすると一覧を表示します)

第201回「正面から受け取りすぎることについて」
第202回「手持ち無沙汰にさせることが怖い」
第203回「生き物が好きで触りたくなる気持ちについて」
第204回「魚の食べ方について」
第205回「ステージで間違いがあったときは」
第206回「作業で焦ってしまう」
第207回「調理されて食べられる魚はかわいそう?」
第208回「頑張ろうとすることに疲れた」
第209回「自己愛性パーソナリティ」
第210回「期待について その①」
第211回「期待について その②」
第212回「アウトプットで生きる」
第213回「キャパシティを大きくしたい」
第214回「コミュニケーション」
第215回「秋が寂しい」
第216回「我欲と、自分を大切にすることの違い」
第217回「声を前に出して歌うには」
第218回「できる気がしない、と感じてしまう」
第219回「苦手なことをしている時間を苦痛に感じてしまう」
第220回「握力について」
第221回「喜び合うための全力」
第222回「リモコンの操作と、ゴミの分別が覚えられなかったこと」
第223回「相談をしたり、買ってもらったりすることが怖い」
第224回「ケアレスミスが多い」
第225回「恥ずかしさにどう対処するか」
第226回「きつく締められないこと」
第227回「豆掴みと羽根つきが、うまくできるようになっていた」
第228回「プライドを守り合える関係」
第229回「人間味を学ぶために」
第230回「リーダーをするときの不安と罪悪感」
第231回「幸せについて」
第232回「不思議ちゃんと言われていたのはなぜか」
第233回「話の絶えない人になるには」
第234回「サービスをする人になる」
第235回「ソフトボール部に入らなくてはいけない気がする」
第236回「ディストピアと野蛮人の村」
第237回「好きと言ってみる」
第238回「質問がまとまらない」
第239回「ソフトクリーム」
第240回「謙虚について」
第241回「人との間にしか幸せはないこと」
第242回「思いっ切り遊んだことがない」
第243回「癇癪について」
第244回「友達について その①」
第245回「友達について その②」
第246回「センスよく生きる」
第247回「根拠のない自信」
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第249回「演じること、正直になること」
第250回「怒りと感謝の気持ちは共存しない」
 
▶第251回~
第251回「アメリカンドリーム」
第252回「悲しむこと」
第253回「限界までやってみる」
第254回「リーダーの向き不向きについて」
第255回「悲しくならない求め方」
第256回「人前に立つ緊張」
第257回「野菜の見方」
第258回「プライバシーについて」
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第260回「寝相について(後半)」
第261回「変わっていくことについていけない恐ろしさ」
第262回「速く書く事」
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第264回「集中力について」
第265回「読書について 解釈と鑑賞」