第36回「日記の重要性」


〈質問者〉

*質問*
 なのはなファミリーで日記を書くことの重要性について今一度教えて頂けると嬉しいです。

 

 

〈お父さん〉

*答え*

あの、僕のお薦め本の中に『青春を山に賭けて』という、植村直己っていう人の本がありますね。
 植村直己は冒険家です。
 冒険家っていう、職業といっていいのか、生き方っていうのか、どこでどう、何をお金にしているか、ちょっとわかりにくいですよね。
 冒険をするには物凄い金がかかります。南極横断だったら、2億くらいはかかるでしょうね。(本当はいくらかわかりません)なにしろ、億単位でかかることは違いない。
 使うのは、自分の身体と犬ぞり。犬ぞりがロールスロイス仕様で1億円。そんなことはないです。犬ぞりそのものは、板んこで作って、鉄板貼るだけです。
 道具ではなくて、いろんなコストがかかるんですね。
 それをどうやって返すか。
 出資者は、例えば文藝春秋社だったりするわけですね。
 あるいは他の企業スポンサーだったりする。他のスポンサーにしても出版社の文藝春秋にしても、植村直己がその冒険から帰って来て、冒険記を本にして出版して、それがものすごく売れると儲かる。
 だから、そのネタを仕入れるための冒険でもあるわけです。1億円の資金を出してやるから、その代わり帰って来たらうちに本を書いてくださいよ、という約束で1億を出すわけですね。
 そして必ず1冊か2冊、その約束のもとに冒険記を書かなければならない。
 それで、植村直己はこんなことを言っていました。
「何が辛いって、日記を書くことが一番辛い」
 冒険と日記って関係ないんですよね。
 冬山のものすごく寒い、マイナス四十何度の時に、暖房も無い、テントの中でちっちゃいランプを点けて、「今日は寒い」「今日は登頂しようとしたけど手がかじかんで断念した」とか、書かなきゃいけない。
 そんなもの書かずに、熱いものを飲んで眠りたいけど、「今日はいいか」って寝ちゃうと、次の日も、今日はいいや、覚えておこう、明日書こうってなる。それやっちゃうと永遠に日記を書けなくなってしまいます。
 冒険から帰って来て、本書いてって言われて、書こうとすると、何したっけかな、いつだったっけ、あれはーー。日記がないと、なかなか思い出せない。
 そういうことで、冒険記が書けない。
 冒険談が書けなければ、借金も返せない。
 だから、そういう日記は、書かないと困るでしょ。

 それで、なのはなファミリーは、マイナス45度とかじゃないし。暑さはそりゃ35度にはなりますよ。だけど55度じゃないしね。まあ、日記くらい書けるんじゃないですか。
 へろへろに、とろけそうなくらい疲れてしまうわけではないんだから。
 日記ぐらい書いて、自分が今日、何をしたか、何を感じたか、を言葉にする。
 そうするとね、はっきりと、自分を知ることができるんです。

 あの、誰でも夢は見ます。
 てんかんの人で、右脳と左脳、脳梁離断術をした人がいます。発作を小さくするために昔、やってました。
 だいたい、てんかんの発作は頭の左から出発して、ババって頭全体を雷のように走っていきます。すると、ひっくり返ったり、幻聴、幻を見たり、頭が痛くなったりして、気を失ったりします。
 あまりひどいてんかんで泡を吹いてひっくり返るようだと、それは危ないので、その対策として脳梁をすぱっと切る手術を昔はやっていたんです。
 すると、頭の片方でばっと発作が起きても、脳梁が切れていると発作がそこで止まり、てんかんは片方の脳だけで踏み止まる。今はその手術はしなくなりましたけどね。
 そういう、脳梁を切り離す離断術を受けた人は、夢を見ないんです。
 夢っていうのは、だいたい右脳から出発する映像なんですね。
 ところが、映像で夢を見てても脳梁を切っている人は、夢を忘れちゃう。
 なぜかというと、言葉にして初めて、人間は記憶するんです。
 右で、映像で見た絵が脳梁を伝って左脳に行って、言葉にして覚えておく。
 その映像が、素敵な男性と恋をして、一緒にピクニックに行って、私のつくったサンドイッチを彼に食べてもらうというものだったとします。すると、目覚めたときにもそれを覚えてて、あ、今の夢の続き見なきゃ、みたいなことになる。
 ところが、せっかくそういう良い夢を見ても、言葉にしていないと、あら? いま見ていたのは何の夢かしら? ということになって忘れてしまう。
 もしかしたら、崖崩れ畑で、トウモロコシを食べに来るアナグマを捕った夢だったかな、なんてことになる。
 ほんとにね、脳梁を切り離して映像が左脳に行かない人は、夢を覚えていないんです。
 これは本当の話なんですけどね。
 要は、人間って、何でも言葉にして覚えてるんですね。

 ところが、みんなの言葉の語彙能力、貧弱ですよ。
 だいたい、夕飯食べる時、話を回してると、みんな同じになっちゃうでしょ。
 なんか違うこと言えないかと思う。
 たとえば、桃を食べた。その感想を言ってもらうと、
「おいしかったです」
「甘かったです」
 それ以上、何も出ない。
 それだと、あとで20年くらい経って思い出した時、なのはなで食べた桃、おいしかったなあ。甘かったなあ。それでしか、ないですよ。「おいしかった」しかない。
 もうちょっと違う言葉で自分なりに表現して、何とかのような味、どんな甘さ、どんなおいしさか、それを具体的な言葉にしておくと、その言葉を記憶しているので、詳しく思い出すことができるのです。
 そうしたら、20年経ったときでも、同じ甘さでもこんな甘さだった、と覚えてることになるんです。
 言葉がないと「おいしかった」だけになってしまうのです。
 言葉って、すごく大事なんです。

 だから、今日、体験したことを、自分なりの言葉で日記に書いておくのです。
 今日、書いた日記を頭から読み返してみるといいです。
 へえ、なるほどね、こんなこと書いてたんだ。自分はこんなことをしていたんだ、って思いますよ。「へえ」って何でなるか。
 書いているそばから、意外と忘れてるんです。
 書き終わるころには、たいてい最初に書いたことは忘れてるんです。
 最初から読み返すと「へえ」ってなるんです、だいたい。

 自分の体験を、より自分のものにする為に自分の言葉にしておく。
 それが日記の意味です。
 自分の体験を、確かに自分のものにするために、自分の言葉で記録しておくと、例えその日記を読み返さなくても、1回言葉にしているのでその自分の言葉でリアルに思い出すことができる。自分の体験にしっかり蓄積していける。そういうことです。









第1回~第100回(クリックすると一覧を表示します) 第1回「縦軸と横軸について」
第2回「神様は何をしようとしているのか」
第3回「本で涙を流すことについて」
第4回「本を読んでも内容を忘れてしまうことについて」
第5回「時間をうまく使えるようになるには」
第6回「太宰治について」
第7回「摂食障害の人が片付けが苦手だったり、約束の時間に遅れてしまうのは何故ですか?」
第8回「自分のことを『僕』『おいら』と言うのをやめられなかったのは、なぜか」
第9回「おいしいカレーと、おいしくないカレーの違い」
第10回「楽しんで走る」
第11回「死ぬことへの考え」
第12回「『聞く』と『教えてもらう』」
第13回「頑張るフルマラソン」
第14回「他人の成功」
第15回「『今』という時間」
第16回「不安の先取り」
第17回「良い協力関係」
第18回「急に悲しくなる」
第19回「夢の持ち方について」
第20回「心の許容範囲」
第21回「疲れるのが怖い」
第22回「スポーツの勝ち負け」
第23回「人といること」
第24回「“好き”という気持ち」
第25回「何でも知っている」
第26回「舞台鑑賞が怖かったこと」
第27回「生まれ変わるとしたら」
第28回「一番感動した景色、美しい国はどこですか?」
第29回「好きな時代はいつですか」
第30回「体型について」
第31回「行きたいところ」
第32回「悲しくなったら、動く」
第33回「意志を持てないこと」
第34回「心を動かす」
第35回「恋愛できますか」
第36回「日記の重要性」
第37回「心配されたい」
第38回「ONとOFF」
第39回「いつも同じ態度で」
第40回「涙腺が弱い」
第41回「子供が苦手」
第42回「正しいことを通そうとして」
第43回「流されて生きる」
第44回「才能について」
第45回「身長は伸びますか」
第46回「否定感が強い」
第47回「ぐっすり眠れない」
第48回「見え方、感じ方」
第49回「強さについて」
第50回「自分の出し方」
第51回「身体の調子と気持ち」
第52回「何のために変わるか」
第53回「痛みを知る」/a>
第54回「投げやりな気持ち」
第55回「未完成」
第56回「相手を許す」
第57回「書けないとき」
第58回「甘いと甘え」
第59回「イライラしない」
第60回「落ち込んだ時」
第61回「生きているなら」
第62回「わからない問題は」
第63回「眠ること」
第64回「子育てについて」
第65回「夫婦で大切なこと」
第66回「自己否定について」
第67回「友達が欲しい人、そうでない人」
第68回「未来を信じる」
第69回「山を登ると」
第70回「リーダーをすると苦しくさせる」
第71回「自分から人を好きになる」
第72回「小さいころからの恐怖心」
第73回「お姉さんのような存在を」
第74回「作業に対して気持ちの落差が激しい」
第75回「大きな希望を持つとき①」
第76回「大きな希望を持つとき②」
第77回「夢について・集中力について」
第78回「やるべきことをできていなくて苦しい」
第79回「やるべきことをできていなくて苦しい②」
第80回「真面目さは何のために」
第81回「高いプライドをつくるには」
第82回「番外編:そうだ、お母さんにきいてみよう!」
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