尊敬している人といると、あがってしまうことについて。
以前、質問箱に、
「尊敬している人の前に出ると、自分の浅さが恥ずかしくなってしまう」
という内容の質問が入っていたことがありました。
お父さんはその質問に対して、
「その気持ちは間違っていない。尊敬している人と同じ土俵に乗った、ということだから良いことだと思っていい」
とおっしゃっていました。
私にも、なのはなの中で尊敬している人がいます。
そのことは良いのですが、その人と一緒に作業をする、という状況になると緊張してしまい、とても失敗が多くなります。あがってしまう、という感じです。
いちばん、やりにくさを感じてしまうのが、自分が作業のリーダーで、尊敬している人がその作業のメンバー、というときです。
指示を出しにくいと思ってしまいます。指示を出そうとしたとき、喉元で言葉が引っかかってしまい、ストレートに出てきません。
こういうとき、どう考えて、どうしていくべきですか。
あがったり、失敗しなくなる方法はありますか。
【答え】
なるほど。自分が作業のリーダーになって、ひゅっとメンバーを見たら総理大臣がそこにいて鍬を持っている。そのとなりに町長がいる……。それはやりにくいね。
こういうときどうしていくか。
うん、どうだろうね……。
あのね。僕も今まで、何ていうかな、難しいなあと思った場面とかって、あるんですよね。
例えば、全然、関係がないかもしれませんけどね、“ちり紙交換”ってあるでしょう? ちり紙交換。知らない? 知らない。あら?! 知らない。ちり紙交換知ってる人、手を挙げて。ああ、今、来なくなったな。
あのね、トラックで、
「ちり紙交換でございます。ご家庭内でご不用の新聞紙がございましたら、トイレットペーパーと交換致します。御用の方はお声をかけてください」
ってマイクで声をかけながらトラックで走ります。「はい」って言う人がいると、車を停めて、新聞をもらいちり紙を渡して、新聞を集めるのね。
最近、来なくなりましたが、昔はちり紙交換屋さんが新聞紙を集めてたんですよ。
僕は学生のとき、ちり紙交換のバイトをやったことがあるんです。これは、新聞紙を何キロ集めてきたかでもらえるお金が決まるという出来高払い。
一番、最初に乗ったときにね、恥ずかしいわけですよね。
なんて言ったら良いかは、だいたいわかってる。マイクでスピーカーから大きな声を出して言うわけですけど、恥ずかしいな……と、躊躇する気持ちがあります。
そういうとき、どう考えるかですよ。
恥ずかしそうにね、
「今日、わたくし、初めてのちり紙交換となっております」
って言えないでしょ。誰もわかってくれないから、いかにもありきたりの、そのへんのちり紙交換の1人ですよ、というふりを装ったほうが、向こうも気分がいいだろうし、こっちも気が楽かなということで、なりきるんですよね。ちり紙交換の人になりきって、もう、これもう5年やってるけどさ、とか10年やってるんだけどさっていう顔をして、慣れたような物言いでね。演技ですよ。実はちり紙交換じゃないので。初めてなのでね。学生だからずっとやってるつもりもなくて、たまたま日曜だから来たんであって。だけど、ずっとやってるふりをする。それで集めて歩くんですよね。
あのね。「あんた初めてでしょ!」って2人目の人に言われた。エッ、ばれたか、と。
「あんた車のスピードが速すぎる。あんたこっちを見てない」
ええって驚きました。鋭いなと思いました。
だけど、昼過ぎに別のおばちゃんからバラバラの新聞を渡されて、「これ束ねてないから」「良いですよ」と僕が束ねて、キュキュキュキュキュ……ッと手早く縛る。僕、今でも新聞を束ねるの得意なんですよ。それやってたから。
その人から、「さすがプロは違うわね。新聞紙まとめるのうまいわ」って言われてね。
半日で、そうですよ。
朝方は「あんた初めてでしょ」って言われちゃったけど、昼過ぎにはベテラン。
思い込み、大切ですよ。
それとか取材で、初めて取材でインタビューするとき。これもね、恥ずかしいなあ……みたいなね。
僕ね、人生で1人目の取材ね、たまたま同じ仕事場にいた先輩ライターの前でアポイントメントをとったんです。取材予定の人が、仕事先が渋谷だと言う。僕は、わからないわけです。どんなとこで待ち合わせしていいか。渋谷と聞いて頭がハッと舞い上がって、
「じゃあ渋谷のハチ公前で」
それを聞いていた先輩が、
「お前馬鹿か、ハチ公前みたいなところで待ち合わせする記者いないぞ。お上りさんのデートじゃないんだから。人がガヤガヤする中で、取材する人とインタビュー受ける人が待ち合わせなんて……、お前、なんてとこで待ち合わせのアポとったんだ?!」
って言われて。ガーン。それもそうだ。
「待ち合わせ場所を、ある程度想定してから電話しろよ」
って。それもそうだ。準備不足。
初めてですごい緊張するんですよ。何が必要かと言ったら、「もう自分は取材慣れてます。ベテランです」という雰囲気ですね。
僕は初めて自分の名刺作って、初めてなんだけども、初めてじゃないですっていう雰囲気を出す。
その人は部長クラスだったと思うけど、これが上場企業の社長で、広報の課長が横にいるなんて言ったら、もうやりにくくてしょうがないです。全然、まだ慣れてないのにね。だけど心の中で脂汗をかきながら、前からやってるものですけど、講談社の記者ですけど、って。実は講談社の社員でもない、ただの月刊誌の記者ですからね。
まあね、なりきるっていうことはすごく大事ですよ。
そういうときとかね、あと……PTA会長をやったとき、普通のPTA会長と違って、そのときにはね、あの……東京大学付属の中等学校なんですよね。中高一貫校のPTA会長なんですよ。
それで、100周年記念行事がありました。
僕の隣りに座ってるのは、東大の学長ですよ。中野区長とかね。
それで、学長の次に僕が挨拶ですよ。入場者は1300人、中野サンプラザホール。
その年は100周年記念事業があるってわかってたから、僕の周りのPTAの役員はみんな、急に、転勤が決まったとかで、誰もPTA会長をやる人がいなくなっちゃって、その前に別な役員をやってた僕が会長になったんですけどね。
ああ、この記念イベントで挨拶するのが嫌で、みんなPTA会長をやりたくなかったんだな、と思いました。それで、僕がなっちゃったんですけど、あのときは緊張しましたね。
そのとき僕、思ったんだよね、
(来場者のみんなは、小野瀬というこの僕に何かを期待してるわけでもないし、僕の挨拶を聞きたいわけじゃなくて、ただ、東大付属学校のPTA会長の挨拶を聞きたいだけだ)
っていうふうにね。だから僕は、自分からちょっと離れて、まあ期待されるPTA会長の行動を取ればいいな、と。
役だよね、言ってみたらね。「自分のパーソナリティを出そう」じゃなくて。
みんなが納得するような、それを演じるだけだ、っていうふうに思ったら、そしたら気が楽になって、言えるわけですよね。
僕の同じPTAの副会長だとか、書紀だとか会計だとかいるでしょう。まあほぼ女性なんです。男性も少しいましたけど。みんな、「心配で心配で、冷汗かいて見てた」って言う。普段、僕は役員会議でふざけてるんですよ。
「小野瀬さんは、あんな大舞台で挨拶できないんじゃないか」みたいな。それで失敗するんじゃないかと心配で「自分の息子を見守るように私、見てたのよ」って言うんだ、その人達がね。
そんな感じだけど、まあそこそこできたんだけどね。
要は、役をやるということがすごく大事で、役をやりながら、イコールそれが今度は次の自分のパーソナリティになっていく。というところがあるんですよ。
で、多分、僕はもうなのはなファミリーを15年やってきて、4月から16年目になるんですよ。なのはなファミリーのお父さんと呼ばれてから15年。僕はずっと役作り――なのはなファミリーのお父さんの役作り――をしているので、多分、自分の個人的なキャラクターというのが、なのはなのお父さん風に変わってきていると思いますよね。
元々の僕の本当のキャラクターとかっていうのもありますが、動くんです、揺れるんです、キャラクターというのはね。いろいろ役をやればやるほど、その役に近づいていく。そういうふうに思ってくださいよ。
ところが、みんなは、普通の人は、「自分」というキャラクター、個性があって、「私はこんな人だから」って言ってるけど、それが何かのポジションにあって、何かの役をやっていると、その役のキャラクターになっていくんです。誰もそうだ。だから、みんなも、「なのはなファミリーの子供たち」というキャラクターを今、現にやってるんです。
やってるんですけど、それを意識しないでやってる人と、意識してやってる人がいますね。こういうキャラクターになろうと思って生活している人は、どんどんそのキャラクターになっていくという側面がある、と僕は思いますね。
例えば畑のリーダーでも、リーダーになった人は、リーダーになった瞬間のその人のキャラクターと、畑のリーダーで半年間経ったあとのその人のキャラクターとは、多分違ってるはずですよ。半年で。
リーダーっぽくなってるはずです。誰かに見られたり、誰かに指揮したり、畑の野菜を作る責任を持って見たり、みんなに動いてもらったりしてるうちに、「私がこう頼んだらこんなふうに動いてもらう人になろう」っていうね。「私が、スタッフなり、お父さんなりお母さんなりに相談したら、それをちゃんと聞いてもらえる人になろう」という責任と、思い込みと、意志を持って動こうとしていると、そういうキャラクターになっていくんですよ。
それが、誰かを見て動けばいいやと思ってる人は、誰かを見て動くキャラクターになっていく。そのままである、っていうね。
役とか思い込みが、自分のキャラクターを少しずつ右にも左にも変化させていく。そういうことはあると考えると、この人は、そういうときほど良いチャンスだなと。やりにくいときほど、新しい自分のキャラクターを付け加えるチャンスだというふうに思う。
これなんか特に、指示を出しにくいときに、バンと指示を出す。
『喉元で言葉が引っかかる、ストレートに言葉が出てこない』これなんか、中野サンプラザホールで1300人の聴衆を前に、東大学長のとなりで、普通なら言葉は出てきませんよ。「ウッ」ってなる。
だけどそうじゃない。自分をやるんじゃなくて、PTA会長っぽく役を演じたら、みんなが納得するし喜んでくれるだろう。喜んでもらうために、緊張を見せない。堂々として。僕は小心者ですからね、そういうところで堂々としたくないけど、そういう自分はちょっと横に置いておいて。堂々と、大きな声で、ゆっくり喋って、というのを演じる。
この人も演じたら良いんだよね、堂々とね。そういうときほど自分のキャラクターを広げていくチャンスというふうに思ったらいい。一種のゲームみたいに思ったら良いんじゃないでしょうかね。ゲームですよ、ゲーム。
だから、それを喜んで、仮初にもリーダーをやらせてもらってるんですから、ゲームで、新しいキャラクターをやるチャンスと思ったら、ラッキーというものですよね。
そうしてチャンスと思って、自分の、新しいキャラクターを広げていったら良いんじゃないでしょうか。
(2019年1月29日掲載)
Copyright © なのはなファミリー 2024 | WordPress Theme by MH Themes