【5月号①】「桃を守る戦士となって―― 自然の力に包まれる、霜対策の夜 ――」 ななほ

 

「今夜は霜注意報が出ているため、桃の霜対策があります。もしも、霜対策にいってもいいよという人がいたら集まってください!」
 あゆちゃんの放送の声を聞いて、真っ直ぐにあゆちゃんの元へ集まると、そこには目を輝かせ、力強い表情を浮かべた二十名ほどの戦士の姿があり、私もその中の一人として気持ちが引き締まりました。

 なのはなファミリーの桃栽培で、唯一、夜に行うのが、この桃の霜対策。私たちの行う「桃の霜対策」は火を焚くという方法で、夜中中、桃畑を駆け回り、火が消えないように見守ります。
 火を焚く霜対策では、火の暖かさで気温低下を防ぐと共に、火を焚くことで空気を動かして、霜が降りることを防ぐという効果もあります。
 今、なのはなファミリーには九枚の桃畑があり、百三十本以上の桃を栽培しています。
 そのため、火を焚くのも、人が多ければ多いほど心強く、あゆちゃんの放送がかかった時にたくさんの人が集まってきてくれたことが、とても嬉しくて力強い気持ちになりました。

 結果的に、その翌日も霜予報が出ていたため、この日は十五人で霜対策に行くことになりました。

 

 

 日中の時間に準備をした桃の霜対策用の一斗缶は、約二百二十缶。その中には、あんなちゃんが考えてくれた配合のもと、籾殻、米ぬか、油を混ぜ合わせてあり、その上に着火剤としてかんなくずが置かれています。
 これは、なのはなファミリーオリジナルの配合となっていて、桃を一晩守るために、あんなちゃんやお父さんが、使う資材や配合のバランス、混ぜ方なども試行錯誤して積み上げてきたものです。
 それらを大人数で準備して、各桃畑に設置し、夜に備えました。

 

 

■霜対策のはじまり

 午前二時。桃の霜対策の集合がかかり、玄関から外へ出ると、空にまん丸なお月様と満天の星が輝いていました。そう、この日は満月から三日後ということもあり、お月様が明るくて、懐中電灯がなくても私たちの行くべき道が照らされていました。
 でも、安全のためにも、ちさとちゃんが渡してくれた魔法のペンダント(首掛け懐中電灯)を首にかけて、夜の道を走りました。

 今回の霜対策は、あんなちゃんチームと、あゆちゃんチームの二チームで行うことになっており、私はあんなちゃんチームで守ることになりました。
 桃の霜対策に行く日は決まって、日中に肌寒い風がビュンビュンと吹いているのですが、夜はぴたっと風が止んで、空はよく晴れ、星が見えます。それが、あまりにも急な変化なため、心の準備ができていなければ霜対策ができないのですが、あんなちゃんが毎回、天気予報やその日の天気を見て、霜対策に行くか行かないかを判断してくれるため、心の準備は万端です。そのため、夜に見る晴れた星空がとても美しく感じました。

 

 

 まず最初に向かったのは開墾二十六アール。この畑は、説明も兼ねて二チーム合同で行き、あんなちゃんから着火の方法や、これからの手順を教えてもらました。
 午前二時の時点でもう、地面や車の窓ガラスにはうっすらと霜が降り始めていたため、着火は手早くやります。
 一斗缶の中にあるかんなくずにチャッカマンで火をつけると、「ポワッ」と明かりがともり、見るみるうちに炎があがりました。
 一缶ずつ着火をして回ると、気がつけば暗闇だった畑にオレンジ色が灯されていて、その光景がとても美しかったです。
 それは、中国の文化の一つである元宵節の日に提灯を空に浮かべる光景を思い浮かべるように、幻想的で壮大で、桃畑に転々と輝く炎の光りに癒やされていくような気持ちになりました。

 

 

■桃のヒーロー

 でも、安心していてはいけません。それからは二チームで手分けをして、桃畑を回ります。
 私たちあんなちゃんチームでは、開墾二十六アールから始まり、十七アール、新桃畑、池上の桃畑、奥桃畑、古畑という順に回りました。
 古畑の点火が終わった時は、まだ二時半を回っておらず、三十分もかからずに六枚の畑を回れたことに驚きつつも、これから日の出までの四時間、桃を守るという使命と責任を強く感じました。

 そして二巡目からは竹の棒を使って、一斗缶の中にある燃料を混ぜていきました。燃料は燃えてくれないと火が消えてしまうのですが、早い段階で燃えすぎて底をついてしまえば、資材を足したり、霜に当たるリスクが高まるため、長くじっくり燃えてくれなければいけません。
 あんなちゃんが、「二巡目はさっくり混ぜるようにします」とお手本を見せてくれて、その通りに、まずはさっくり混ぜていきました。
 霜対策をしていると、どこかタイムスリップしたような、物語の世界に入り込んだような気持ちになります。
 竹の棒を片手に夜道を走り回るのは、アフリカの民族になった気持ちにもなるし、狼になった気持ちにもなり、心の中はとても愉快でした。

 

 

 そして、三巡目。三巡目の時点では時計の針が四時少し前だったのですが、一巡して帰ってきてもまだ炎が燃え続けていて、ホッとしました。
 でもスピード感をもって、一斗缶をかき回します。

 そして四巡目。
 四巡目まで来ると、少し火の勢いが弱く、(燃え尽きていないかな?
 まだ大丈夫かな?)とドキドキしていたのですが、あんなちゃんが、「油を足せたら嬉しいです」と声をかけてくれて、あんなちゃんとあけみちゃんが一缶一缶に油を入れてくれました。
 すると、少し弱まっていた炎がたちまち、燃え上がり、明るくなりました。それは、戦隊もののヒーローがピンチになった時に、仲間が助けに来てくれて、エネルギー回復したときのような回復の仕方で、あんなちゃんとあけみちゃんが桃にとっても、私たちにとってもヒーローのようでした。
 そう、今夜の私たちは桃を守る戦士。桃を霜から守るためには、眠る必要もなくなるくらい、力が出てきて、眼がキュッと引き締まります。

 

 

■日の出前の虹

 油を足してくれたところを、私たちも竹の棒で混ぜることで、資材にしっかりと油が染み込み、長持ちする炎に。
 そして、五巡目は一巡しても火がまだ明るく燃えていて、同じ車のみんなと胸をなで下ろしました。
 私たち、あんなちゃんチームはヴォクシーに乗って移動していたのですが、時々、反対側からまぶしい光りが来ると思うと、それはあゆちゃんチームだったりして、嬉しくなりました。また、地域の方も火を焚いている方がいらっしゃって、どの桃畑でも桃が守られている光景に、自分も頑張ろうと、力強い気持ちになりました。

 

 

 そして、六巡目。
 少しずつ東の空が明るくなり始めてきて、木の陰も次第にハッキリしてきました。でも、吐く息は白く、地面は霜で覆われていて、確実に霜が降りていることを感じました。
 開墾十七アールが終わったとき、「あぁ、もうすぐ太陽が昇る」
 と言うと、隣にいたあんなちゃんが、「もうすぐ終わりが見えてきたね。でも、日の出まで頑張ろう」
 と言ってくれました。
 そう、気温は真夜中よりも、朝方のほうが冷え込むのです。そのため、最後の最後まで気を抜いてはいけないのが霜対策の戦士の心得。
 でも、一分ごとに空は明るくなり始め、ただ真っ暗な夜から、少しずつ確実に明るくなっていく朝はとても美しく感じました。

 古畑についた頃、あんなちゃんが、「空のグラデーションが綺麗だね」と言ってくれて、みんなで東の空を見上げました。
 すると、底にはピンク、黄色、青と菱餅色の空があり、私たちだけの虹が架かっているようでした。
 私は夜の桃畑が大好きで、桃の作業の中で霜対策は私の中で欠かせないものとなっているのですが、やっぱり、朝が来るのも嬉しいなと思いました。

■あゆちゃんチームと合流

 そして、最後の七巡目。空はすっかり明るくなって、今にもお日様が顔を出しそう。
 でも、池上の桃畑に着いたとき、あんなちゃんが、「今、スモモの畑がマイナス五・五度です」
 と教えてくれて、気持ちが引き締まりました。

 時計の針は五時を少し過ぎた頃、一番冷え込みがきつくなっていて、油断大敵だと思いました。でも、車で畑を移動する間にも、外はいつも見慣れた朝の景色になっていきます。
 そして、七巡目まで終わった後、あゆちゃんチームのいる石生の桃畑に向かいました。「あゆちゃ〜ん!」
 車から降りて石生の畑に走ると、あゆちゃんチームのみんなが片手を大きく振ってくれて、涙が出そうなくらいに心強く、嬉しかったです。

 一晩、共に過ごした仲間。そして、場所は違えど、同じ時間に同じ気持ちで桃を守っていたあゆちゃんチームの仲間。こんな仲間がいるのは幸せだなと思いました。

 

 
■太陽が昇った

 そして、五時五十五分。みんなで昇ってくる朝日を見ました。
 東の空から勢いよく昇る太陽は、半熟卵を割ったときのように濃いオレンジ色をしていて、エネルギーに溢れています。
 誰かが、「太陽が昇るだけで、顔が温かく感じる」
 と言っていたのが本当にその通りだと感じるくらい、太陽が昇るだけで、吸い込む空気も、感じる温度も、流れてくる気持ちも全て温かく感じました。
 みんなで朝日のほうを向いて手をつないだ時間、(あぁ、生きていてよかったな)と感じました。

 

 

 以前、お父さんが、「人は朝日が昇るのと、夕日が沈むのを見た回数が多いほど幸せになれる」
 と話してくださったことがあったけれど、なのはなのみんなと達成感を感じながらみる朝日は最高に美しくて、幸せに満ちていると思いました。
 なのはなファミリーに来てからたくさんの遊びを教えてもらって、日々の生活の中でも小さな幸せをたくさん感じます。
 畑で種をまいた野菜が芽を出して、育ち、収穫できる喜び。心を込めて手入れをした桃が、甘く美味しく熟して、収穫し、みんなといただく喜び。海や川で自然の美しさを感じる喜び。そして、日常生活の何気ない会話や、何気ない行動、相手の笑顔や言葉に幸せを感じます。
 そのことがとてもありがたいことだなと感じたし、桃の霜対策を通して、改めて仲間と協力し、力を合わせる喜びに胸がいっぱいになり、私の思い出ファイルにまた一つ、素敵な思い出が生まれたような気持ちになりました。

 

 

 今年は現時点で三回、桃の霜対策へ出動しています。その度に、メンバーも違い、その日の喜びや達成感、幸せがあるのを感じて、この一瞬一瞬を大切に、これからも密度の濃く、よい生き方をしたいと思う私です。
 霜対策は遅霜でゴールデンウイーク前後まで降りるため、まだ気は抜けないのですが、無事に桃が守られ、今年も甘くて美味しい桃ができますように、今後も桃に気持ちを沿わせ、手入れしていきたいなと思います。