5月1日
今日の午後、相川さんと大竹さんが、出発されました。みんなでお見送りをしました。相川さんも大竹さんも笑顔で手をふってくださり、車が遠くなってからも大きく手をふってくださり、相川さんと大竹さんがなのはなを大好きでいてくださることを感じて嬉しかったです。場所は違っても、仲間なのだと、希望を感じました。
相川さんが、泥んこ運動会のときに帰ってきてくださるとのことで、今からとても楽しみです。
大竹さんがくださったポストカードも、今日、さっそく、お守りとして鞄に入れて仕事に行きました。今日はお客さんが多くて忙しかったのですが、仕事が終わった後、鞄からポストカードを出して眺めたら、みんなは私で私はみんななんだ、と感じて、疲れが吹き飛びました。
昨日は1日、腕が筋肉痛でした。今日は筋肉痛が軽くなっていて、少しふざけて力こぶを作ったら、思い込みかもしれないけれど、力こぶが大きくかたくなったような気がして、そのことが嬉しかったです。これは、一昨日の畝たての勲章だ、と思いました。このことを誰かと共有したくて、ひろちゃんとふみちゃんに話したら、一緒になって笑ってくれました。
これからたくさん、高畝を作ると思うので、もっと体力と筋力をつけて、もっと良い動きができるようになりたいです。
一昨日の畝立てのことになってしまうのですが、お父さんが、
「4人連なって土をあげて畝を立てることで、個性が打ち消されて均一な質で畝をたてることができる」
と話してくださったことが、その後もずっと心に残っています。
私は、個性を出してしまって、そのことが仕事の効率を下げている、ということを感じたからです。私はこだわらなくても良いことにこだわっているのではないか、ということを、一昨日の畝立てのときに感じました。畝立て以外の仕事でも、そういうことがたくさんあるのではないか、ということを感じました。
こうしたい、という個性が出てしまうと、ペースがみんなよりも遅れました。しかし、作った畝を見てみると、個性を消してみんなでペースを揃えて作った畝のほうが、美しかったです。私は、無駄なこだわりを持っていたんじゃないか、ということに、気がつきました。
私は、「サーキットトレーニングみたいにきつい」なんて言ってしまったけれど、確かに体力的にはハードでしたが、一昨日の、お父さんが教えてくださった方法での畝立てが、本当に本当に楽しかったです。スピードと質がストライクゾーンにある仕事は、こんなに楽しいんだと思いました。
これからの野菜の畝は全て、高畝にするので、これから、たくさん、この方法での畝立てができるのかと思うと、とても楽しみだし、もっと上達したいです。体力をもっとつけて、気持ちの粘りも強くして、もっと畑で良い動きができるようになりたいです。
今、私は、日々の作業や人間関係で、自分の動きの悪さや、頭の動きが鈍いことを感じて、これは今にはじまったことではないのですが、それでも、とても悔しく感じて、それでも必死で口角をあげています。
自己否定をして落ち込んでしまえば、自分の問題から逃げられて、楽です。でも、もう、そんなことはしたくないです。自分の課題を直視することは心が痛くなるけれど、どんなに心が痛くても、常に最善を尽くしたいです。
私はずっと、守られる側として生きてきたから、守る側としてギアチェンジしている今、心が筋肉痛なのだと思います。鋼のように強い心を目指して、心を鍛える過程を、楽しんで味わいたいです。