第58回『ナズナ』
風に揺れている、きみ。
どこにでも現れる、きみ。
いつも揺れている、きみ。
いつもそばにいる、きみ。
人はきみを、ペンペン草と呼ぶ。
人はきみの滑稽な形の実しか
見たことがない。
それは三味線のバチのようだから
ペンペン草。
英国人もその実を見て
“羊飼いの財布”と名付けた。
小さく屈んで、
その白い花の世界に入った瞬間、
思わず僕は息を止める。
きみはもっともっと
小さな妖精たちに囲まれ、
風に揺れながら戯れ、
いつまでも飽きることがない。
そしてそれを隠そうともしないのだ。
どこまでも透明な白の世界、
汚れを知らない白の世界。
その儚さ、脆さ、尊さに、
心が震える。
花の時期に全草を洗って干したなら、
生薬「薺菜」となり、
万病の薬と化す。
それもこれも
異世界と通じるきみだからこそ。
平安の世から
七草として食される仲間の中で、
最も美味と評されたことも、
きみは人に語らない。
花言葉は――
あなたに私のすべてを捧げます。
〈 撮影場所: 開墾26a 桃畑 〉