バナーネ、桝井ドーフィン、蓬莱柿にブラウンターキー。なのはなで育てている、四品種のイチジクの収穫が始まりました。
一番初めに収穫が始まったのが、バナーネでした。バナーネは、五年生の木が四本、四年生の木が二十六本と、四品種中、最も多く育てている品種です。
八月中旬、五年生の木から夏果が熟れ始めました。夏果は、前年枝の先端のみにつく、一足早く夏に収穫できる果実です。
バナーネの夏果は、とにかく大きいという特徴がありました。それも、イチジク界でも最大と、ギネス認定されるほど。けれどこれまでは、あまり大きな実を収穫することはできていませんでした。
今季、梅林手前の五年生の木で、ぽってりと急激に大きくなった夏果を見て、「ついに……!」と嬉しい気持ちが込み上げました。夏果の収量は少なめだけれど、一つだけでなく、そのあともぽつりぽつりと、大きな実が膨らみました。
掌一杯にもなるような立派な夏果を、次々に収穫することができて、嬉しかったです。
季節が変わると夏果から秋果へ移り変わり、全ての品種の収穫が始まっていきました。ここで、四品種のちょっとした紹介をさせてもらいます。
バナーネは、黄緑に茶色から赤紫の色がかかった、少し不思議な実です。皮がとても薄くて繊細。内側は鮮やかなピンク色で、ねっとりとした濃厚な甘さが特徴です。
桝井ドーフィンは少し皮が厚く、日当たりがいいと、光沢のあるワインレッドになる、大玉の実がなります。優しい爽やかな味わいです。
蓬莱柿は、白い肌に紅を差したような赤が滲む、愛らしい実です。日本に昔からあるためか、馴染み深いような上品な味わいをしています。
ブラウンターキーは、その名の通り、茶色くてコロンとした実で、甘くて小さな実がたくさん収穫されます。
イチジクは、品種ごとに果実の見た目や味も、木の強さ、葉の形まで、特徴が違っていて、他の果物よりも形が自由なように感じます。毎朝の収穫をしながら、それぞれの品種の特性を理解して、柔らかさ、色合い、皮の亀裂……総合的に見て、一番いい熟れ具合のものが収穫できるようにと、思っています。
また、収穫と同時に、もう少しで熟れそうな実に玉ねぎネットをかけて、鳥や獣から守っています。簡単にかけることができて、害獣から守ることができる上、赤い玉ねぎネットをかけると、良く目立つため、次の収穫の目印にもなるという優れものです。
■二人で収穫へ
実が多く熟れるようになってくると、毎朝の収穫を二人で行うようになりました。
一緒に基準を確認しながら、収穫を通していろいろな子にイチジクのことを知ってもらえることが、嬉しいです。
場合によって、収穫のみを行う人と、ネット掛けのみを行う人とで役割分担をすると、手に持つ物も少なくなって、より作業性も良くなりました。そうすると、ネット掛けをする人が、もう一度木を見ることになるので、収穫時の見逃しも教えてもらうことができました。
一緒に収穫をしてくれる人がいると、とても心強いし、朝の収穫がより嬉しい時間になります。みんな、「すごく楽しい」と言ってくれて、次々と熟れていくイチジクを収穫する楽しさを、共有できることがとても嬉しいです。
と、ここまでは一見、イチジクの実を毎日優雅に収穫しているようですが、その裏には、幾多の試練がありました。じつは、イチジクの収穫はあらゆる敵との戦いでもあったのです……。
八月に採れ始めた夏果を収穫しに畑へ行くとき、さっと羽ばたいた長い尾の影。あれはヒヨドリ……。嫌な予感がしました。
夏果は、大きい反面、害獣に狙われやすいという弱点がありました。
玉ねぎネットを被せていても、ネットの上から鳥につつかれたり、ネットをはぐって獣に食べられたり……。
夏果が貴重なことと、丁度綺麗に熟していた実ばかり狙われることとで、とても残念でした。そこで、梅林手前畑の四本の木を、大きく覆うネットを張って、対策することになりました。
一つひとつの工程を、みんなに助けてもらって、ネット張りをしていきました。
はじめは、ななほちゃんと行った支柱たて。
木の周囲に約三・五メートルの鉄パイプを打ち込んで支柱にしました。支柱が倒れないように杭も打ち、上にはマイカー線を張りました。
ネット張りは、まりのちゃんと協力して行いました。まず、まりのちゃんが木の周囲を綺麗に草刈りしてくれて、心置きなくネットが張れるようになりました。
害獣避けの緑ネットを、二段重ねにして側面にして、天井にも、ネットを張りました。イチジクの木が、畑の端に植わっているため、足場が悪い中、脚立を立てて行う作業でした。少し大変な面もあったけれど、ななほちゃんやまりのちゃんたちと、粘り強く向かっていけたことが嬉しかったです。
ネットを張った翌日、上から鳥につつかれる被害は無くなったのですが、獣被害が無くなっていませんでした。ネットの下の留めが甘かったことに気づいて、急いで、ネットの下を隙間なく、木材で抑えました。このときは、しなこちゃんが、一緒に猫車で棒を運んで、助けてくれました。真夏の暑い中でしたが、快くしなこちゃんが助けてくれて、とてもありがたかったです。
■イチジクを守る!
これで一件落着かと思われた矢先……。依然として、一日に一個は綺麗に獣に実を食われてしまうということが続いていました。
そこで、梅林手前畑でネット張りを行っていたとき、上の畑のおばあさんが教えてくださった、獣除けの対策を行ってみることにしました。それは、布きれに廃油を浸み込ませて、棒の先に括りつけて畑に設置するという方法。獣は油の臭いを嫌うため、畑に寄り付かなくなることを教えてもらいました。
それは、梅林手前畑だけでなく、全てのイチジク畑に設置しました。
この対策が功を奏して、ついに害獣による被害が、どの畑にも無くなりました。廃油の臭いは、人の嗅覚だと、近づいたり、風に乗ったりすると少し臭う程度ですが、獣にとってはきつい臭いのようでした。獣は、よほど臭いに敏感なようで、一度来なくなると、もう布から臭いが飛んでしまっても、一切来ませんでした。
被害が続いていたときは、このままだと、玉ねぎネットじゃ追いつかなくなってしまうかもしれない……、という予感がして、途方に暮れる心境でした。
けれど、畑のおばあさんや、なのはなのみんな、たくさんの人に助けられて、対策することができて、もう害獣にやられる心配が無くなりました。本当にありがたくて、嬉しかったです。
しかし、害獣を乗り越えた先には、イチジクとは切っても切れない強敵の、カミキリムシがいます。
カミキリムシは、成虫が木肌を食い荒らすだけでなく、卵を木の中に産み付けて、その幼虫が木の中を食い荒らします。最悪の場合、木を枯らすまであるという、質の悪い害虫です。
幼虫は、今年は定期的にスプレーでの防除を行って、被害を最小限に抑えています。
成虫は、見つけたら捕殺するということが鉄則。けれど、長い触角に尖った顎、いかにもいかつい外見をしていて、尻込みする思いがありました。
カミキリムシにも種類があって、キボシカミキリ、クワカミキリ、ゴマダラカミキリの三種が主に飛来しています。
クワカミキリは体長は大きいものの、動きは鈍く、退治もしやすいです。けれど、キボシカミキリは小さめな分、動きが素早く、飛んで逃げることも、ともすればこちらに向かってとびついてくることもあり、ただでさえ虫が苦手な私にとっては、とても怖い相手でした。
手で掴む勇気をどうしても持てず。それでも素通りすることはできない……。そこで編み出したのが、太めのしの竹を武器にする方法でした。
イチジクの枝や葉の上に止まっているカミキリムシに、一息にしの竹を叩きつけます。するとカミキリムシは下に落ちますが、衝撃が強いと飛んで逃げる体勢を整えるのに、時間がかかるようです。そのすきに、しっかりと足で踏みつぶします。
この方法を確立してから、俊敏なキボシカミキリも、ほとんど必ず捕殺することができるようになりました。収穫したイチジクを入れる箱の中には、いつもしの竹を忍ばせて。
そうして確実に見つけるたびに捕殺をしていくと、日に日に成虫の数が減っていきました。これは、本当に嬉しいことでした。
最後の敵は、小さな小さな厄介者たち。アリでした。綺麗な実にアリがついていると、なんとももったいない気持ちでいっぱいになりました。
アリの対策には、バナーネの苗や剪定枝をくださったギター教室の藤井先生から、輪ゴムがアリ避けになることを、以前教えていただいていたことを思い出しました。
輪ゴムを主枝に巻いておくことで、アリが寄り付かなくなるということ。輪ゴムはそのままでは巻きつけられないので、六本をつなぎ合わせて、長い一本を作りました。
四十五本の全ての木に巻きつけるのですが、実際には、駐車場斜面と古畑の成木は、株状になって地面から幾本も枝が伸びているため、さらに多くの輪ゴムが必要でした。暇さえあれば輪ゴムを繋ぎ合わせる日々が続きました。
大量の繋ぎ合わせた輪ゴムを持って、まちちゃんと畑を回って、全ての木に、きつすぎずゆるすぎず、輪ゴムを巻きつけました。アリを観察していると、輪ゴムのところでそれ以上登れず立ち往生している様子が見られました。小さいアリにとって、輪ゴムの段差が大きな障害になるようでした。
輪ゴムの効果は、収穫の際、確実に表れてきました。全てを防ぐことはできないけれど、アリの総数が圧倒的に減って、以前のように実がアリで被い尽くされてしまう、ということが無くなりました。収穫もアリを気にすることなく、安心して行えるようになりました。
輪ゴムだけで、こんなにちゃんとした効果が得られることに驚きました。藤井先生に教えていただいた知恵を活用できて、ありがたかったです。
■飛躍
害鳥、害獣、カミキリムシ、アリ。幾多の苦難を乗り越えて、今の収穫に至ります。そんな感慨深い収穫には、今年ならではの嬉しいことも多くありました。
駐車場斜面畑の一番手前に植わっている桝井ドーフィン。
この木から、初めて実を収穫することができました。盛男おじいちゃんと挿し木をした苗でした。
桝井ドーフィンの品種に耐寒性があまりないこともあって、春から夏に育った枝が、冬に枯れこんでしまう、ということが繰り返されていました。けれど、そんな中でも土の中で根が育っていたようでした。今年は春から夏にかけての成長が、一段と大きいことを感じていたところ、初めて、綺麗に大きく熟した実を収穫することができました。
おじいちゃんとの挿し木は、私にとって、初めてイチジクに関わった、思い出深い作業でした。思い入れのある木だったので、収穫できるようになったことが、とても嬉しかったです。
また、一番手前の木だけでなく、桝井ドーフィンはどの木も、いい実をたくさん熟させています。品種の特性として寒さに弱く、樹勢も弱めで、これまであまりいい実をつけられなかったけれど、ここにきて、艶やかに赤く色づいた大玉の実を、たくさんつけるようになりました。
長い年月をかけて、確実に根の部分に力を蓄えていたのだと思います。大器晩成、そんなイチジクの生命力に勇気づけられました。
また、大きな飛躍を見せたのは、はじめに夏果が収穫された、梅林手前畑のバナーネ。特に手前から二本目の木は、夏果だけでなく、秋果も大玉で質の高い実をずっと実らせ続けています。
梅林手前畑は畑の下を水脈が流れており、水はけの悪い畑です。けれどその畑の端、水が停滞せずに流れ続ける場所に植えたこと、そして二本目の木は南側で日当たりがいいこと、そういう好条件が重なって、五年生にして大きな活躍をしてくれるようになったのだと思いました。
秋も深まって、気温が下がってくると、バナーネは特に、実の様子が変わってきました。
暖かい内は、皮が非常に薄くて繊細であり、側面に亀裂が少し入ったころに収穫していました。けれど、夜が冷え込むようになると、皮がきゅっと引き締まって、少し厚くなってきました。そうなると、皮に亀裂が入らない場合もあるため、柔らかさを基準に収穫します。
全体が大福のように柔らかい感触になってきたころ、収穫をしています。今の時期が、イチジクの中でも特に甘いバナーネの、最も甘みがのる季節だと感じています。皮の色も赤紫の滲み方が大きくなり、一層おとぎ話にでも出てきそうな、不思議な実になってかわいらしいです。
イチジクは、枝の下から上へ向かって少しずつ熟れていきます。今は収穫の中盤で、収穫の終わりは霜の降りる頃。まだまだ収穫は続きます。
ぎゅっと甘みの詰まったイチジクを、たくさん味わってもらえたらいいな、と思います。
簡単な道のりではないけれど、試練も、イチジクの木が生きる強さから感じる希望も、たくさんの宝物をくれるイチジクに、感謝しています。
これからもイチジクに気持ちを添わせて、ずっと歩んでいきたい。収穫の後半も、美味しい実を届けられるように、粘り強く向かって行きます。