「小説から得られる心」 りんね

6月7日

 今日の午前は、まりのちゃんとカボチャの防除を行いました。
 アブラムシは確実に撃退できたものの、アザミウマやウリハムシには思ったような効果は得られず。それでも、まりのちゃんが防除後も、丁寧に株を観察して、一緒になって思ったことを話したり、考えたりしてくれて、嬉しかったです。
 また、できればみんなの力を借りて、手で撃退したいと思いました。

 ちなみに、粉雪姫カボチャは一番果がゴルフボールより少し大きいくらいになってきています。だんだん形もカボチャらしくなってきていて、白くて美人で、嬉しいです。

〇昨日のハウスミーティング

 昨日のハウスミーティングで、お父さんに教えてもらったことが印象的でした。
 私は、野菜やイチジクを育てていて、「今できる手入れは全部できた」というときはほっとするけれど、やり残していることがあるとき、作物のコンディションが優れないとき、自分自身がソワソワした不安な気持ちになってしまいます。そういう心持であることが大半で、どうコンディションを保てばよいか質問しました。

 お父さんの答えは、「保たなくていい」。
 人生は、やり残したことがいっぱいある。そういうことに対する後悔を持ちながら生きていって、いいんじゃないか。
 やり残しゼロ、全部をやろうとすると、逆に肝心なことを落としてしまう。それなら、はじめから全部できないと思って、肝心なことだけは落とさないようにすることを教えてもらいました。
 人生はデコボコ。その中で、ロスになるものを大きくしすぎずにデコボコしながら生きていくこと。

 小さく落ち込むことは、あってもいいんだと思えました。そして、肝心なこと、落としてはならないこと、自分が一番求められていること、大切にすべきことは何か。作物だったら、一番なのはなに貢献できるものとして、今は、金木犀畑のイチジクだと思いました。
 正しく肝心なことを認識して、落とさずにやっていけるように、考えながら生活していきたいと思いました。

 また、小説について話してくれたことも、印象に残りました。
 いい小説は、内容で、大事に大事に守ってきたものが、ピークで失われてしまう。「こんなに大切にしてきたのに、なくしてしまうのか」と思うほどに。残酷に。
 けれど、主人公はそれでも次の目標に向かって逞しく生きていく。その姿から、自分が守ってきたものの小ささを感じて、「自分に守るものなんてない。これからは、ちゃんと生きていくぞ」と思える。
 私も、今自分が抱えている悩みは、本当にちっぽけなもので、そういうことに意味もなく囚われていると思いました。

 今思い浮かんだのは、指輪物語なのですが、一番最後にサムは、自分より大切にして、地獄ともいえる過酷さの中で、命を賭けて守ってきたフロドと別れることになりました。けれど、フロドのことを心の中で大切に思いながら、一家の父として、村の長として、その後の一生を精一杯で送っていっていました。
 私は、指輪物語の主人公はフロドだと思っていたのですが、本当はサムだったかもしれないと思いました。
 サムの強さを思えば、力が湧いてくると思いました。お父さんに、小説から得られる心の感じ方を教えてもらえて、嬉しかったです。