【5月号④】「ポポーの人工授粉 花びらの奥の世界」 りな

 桃畑では、満開に咲いていた桃の花が散り、葉芽が動き出してきました。一面が桃色に彩られて、華やかだった桃畑は、次は新葉が出てきて、枝がほんのりと緑色になってきています。そんな時、池上桃畑の奥にひっそりと植わっているポポーの花が咲き始めました。

 ポポーの開花も去年よりも十日ほど早かったです。背景に花の色が同化して、よく見ないと、ポポーの花が咲いていることに気が付きません。でも、よく目を凝らしてみると、確かに樹に、オーナメントのように、たくさん小さな花がぶら下がっていることが分かります。

 

 

 ポポーの花は、少し変わった色や形をしています。肉厚な花びらが何枚も重なるようにして一つの花が出来上がっていて、それも、すべて上むきではなく、下向きに咲いているので、まるで、フリフリしたスカートのように見えます。覗き込んで、花の中を見てみると、肉厚な花びらに包まれて、真っ白の、ドーム型をした雄しべと、その真ん中に、雌しべの柱頭が、にょきっと伸びています。雄しべの半球型は、歪ではなくて、完璧に綺麗で、隙がなく、みっちりとたくさんの雄しべが合体しています。どの花を見ても、美しい形をしていて、自然が作り出すものは本当に凄いなあと思いました。

 今年から、ポポーの人工授粉をしました。ポポーの花には、雄しべと雌しべがどちらも入っているけれど、雌しべのほうが、雄しべよりも早く熟してしまい、雄しべが熟して花粉が出来上がるころになると、雌しべの機能が果たさなくなる、ということが起こるようです。他の花から花粉が虫や風によって運ばれ、自然受粉も出来るのですが、受粉が上手くできていないと実が生ってもそのあとの生育で自然落果をするので、受粉を確実にできるように、人工授粉をすることにしました。

 

 

■小さな花の大きな装置

 ポポーの花は、咲き始めから、咲き終わりまで、五段階ぐらいに分けられます。咲き始めのほうは、まだ花自体が小指の爪ぐらいでとても小さく、花びらも薄く、黄緑色をしています。それから、どんどん大きくなって、ある程度大きくなった時点で、花びらが、黄緑色から、どんどん、赤みを帯びていきます。明るい赤、というよりかは、ビンテージ風の、大人びた深い赤色になります。花びらもどんどん肉厚になってきて、雌しべが花粉を受け付けるようになると、花びらの先がくるっと外に巻いて、中で大切にくるまれていた雌しべや雄しべが見えるようになります。

 その頃が、花も一番華やかで綺麗な時期です。終盤に差し掛かってくると、花びらの色がもっと深くなっていき、茶色っぽくなってきます。すると、雌しべの機能は落ちてくるけれど、ドーム型でがっちりと固まっていた雄しべが開いて、茶色い、粒々の葯がたくさん出てきます。

 あんなに白くて綺麗だった雄しべが、どうやってこんなに大変身するんだろう!? とびっくりするぐらいの変わりようです。開花からの日数で、どんどん変化してしていく花を見て、こうやって、誰に教えてもらうこともなく、ちゃんと子孫を残すためにプログラムが組み込まれているのだなあと知り、少し感動しました。大変なポポーの時限装置を見たような気持ちになりました。

 

 

■ポポーの赤ちゃん

 人工授粉は、咲き終わりの花から花粉を集めて、まだ咲き始めの花の雌しべに綿棒で付けていきます。茶色くなった葯は、少し指で触るだけでも、パラパラと粉になって落ちてきました。葯の粒は、ブラックペッパーぐらいで少し大きいけれど、よく見ると、その粒に混じって、見えるか見えないぐらいの、とても細かな黄色い花粉が混じっているのが見えました。綿棒の先に、花粉をつけて、雌しべの柱頭に、スタンプを押すみたいに付けていくのが楽しかったです。

 花が咲き始めの頃に、二巡して、その一週間後にもう一巡しました。一週間後にポポーの木を見ると、花の様子も随分と変わっていました。二巡目の時は、まだ花粉が出来ている花は少なかったけれど、三巡目の時には、六割ぐらいは、花粉が出来ていました。時期を少しずらしたことで、咲いていなくて出来なかった花にも、人工授粉ができました。

 花びらが散っても、ちゃんと雌しべの元は膨らんでいました。黄緑色の、ほんの五ミリほどのぷっくりとしたものが出来ています。よく見ると、縦に線がついて、少しバナナのよう。これが、ポポーの赤ちゃんでした。今は、一つに見えるけれどこれから大きくなって、この線で分かれて、一つの場所から、三つも四つも実が大きくなっていくのだと思います。その光景を見られてとても嬉しかったです。

 人工授粉をしているときは、花粉が小さくて、ちゃんと一つひとつ花粉が付けられているかどうか、確認することができないけれど、実が生りますように……と願いながら、かにちゃんやあけみちゃん、まよちゃんと一緒に作業を進めました。その願いが届いていたらいいなと思うし、きっと、今年もたくさん実が生る、と信じて、これからの成長を見守っていきたいなと思います。