【5月号③】「桃と約束をする、人工授粉」 ふみ

 桃の人工授粉。春を感じる作業の一つでもあり、桃の花に囲まれて、〝梵天〟で一つひとつの桃の花に花粉を付けていくと、厳かな気持ちにもなりました。

 咲きたての桃の花の柱頭の部分に、早生品種「はなよめ」から取った花粉と増量剤と混ぜたものを、梵天という、綿毛のついた棒でちょんちょんとつけていきました。
 作業をしていると、お花によって少しずつ色が違っているということを感じました。一部の花は、受粉が済んでいるためなのか、それとも花が咲いてから時間が経ったためなのか、柱頭や葯のところが赤くなっていて、色が濃くなっているのに較べて、咲いたばかりのお花は、ピンク色が薄くて、生まれたての瑞々しい感じがしました。透き通るような薄ピンク色のお花を見て、蜂が飛んできたり、風に吹かれたり、そういう自然のことをこれから知っていく、純粋な感じがしました。

 おかやま夢白桃、浅間白桃、川中島白桃の木に人工授粉をし、梵天で触れるときに、桃の花はくすぐったくないのかなと思いつつ、そっと触れて、人工授粉をしていると、私が桃の木に癒やされていきました。
 この先、実になっていくことを思うと、受粉がうまくいってくれますようにと願う気持ちと、一つずつのお花がとても愛おしく感じました。

 

 

■桃の姿から

 私は、桃畑に行くと、何か大きなものに包まれているような安心感があります。
 自分がもし悩んでいたことがあったとしても、桃の木は、動かずにそこにいて、蜂が飛んできて、花に近寄ったり、自然のなかで生きているのだと思うと、なんだか不思議な気持ちにもなったし、桃の木が、どしっと構えているように見えて、どんなことにも動じないその姿に、自分の悩んでいることなんてどうでもいいことのように思えてきます。

 桃の木はいつも変わらずに、桃の花芽や葉芽をつけて、そして、実をつけていき、収穫時期があり、収穫が終わったら、葉が落ちて、そして、また春に向けて、葉芽や花芽をつけて、一年中、桃の木は花を咲かせるために、実をつけるために働き続けていて、桃の木を見ていると、そんな風に私も生きていきたいと思いました。

 そして、桃の木が一年を通して、自然のどんなことも乗り越えて、そこに在り続けているのは、あんなちゃんがいつも誠実に桃の木に向かっている姿でもあるのだと思いました。
 あんなちゃんが残してくれている桃の手入れの記録を見させてもらうことがあって、その膨大な量を見て、あんなちゃんの大きさ、深さを感じます。

 

 

■よい実がなるように

 人工授粉をしていると、桃の花に、実になることの約束をしているようでした。
 自分が誠実に、桃の木に向かった分だけ、桃の木は答えてくれて、自分が手を抜いた分だけ、人工授粉は失敗に終わってしまうと思って、漏れがないように桃の木の枝を追って、桃の花を辿り、人工授粉が成功して実になるようにと約束をしながら、一つひとつの花に花粉をつけていきました。

 脚立に乗って、上のほうのお花に梵天をつけていたら、一緒に作業をしているみんなが着ていたピンク色のジャンバーが桃のお花のようにも見えて、より桃畑に華やかさが増したようでした。
 みんなでスピードも意識しながら作業を進めているなか、桃の木がずっと見守ってくれているように感じて、桃の木に触れると、私は、ちゃんと生きようという気持ちにもなります。

 前向きな力をくれる桃の木。
 桃の木を感じながら、人工授粉をしました。よい実が収穫できるように、受粉が成功してくれていたら嬉しいです。