「保育の勉強をしていて感じること」 ななほ

5月23日

 昨夜、お父さんにレポートと科目試験のことで相談に行かせていただけて嬉しかったです。
 
 少子高齢化が子どもの人間関係に与える影響について考える中で、お父さんが、
「第1次ベビーブーム期のデータから考えるんじゃなくて、それを機に日本は少子化が進んでいったといってもいいくらいだから、戦前のデータをもとに考えてみたほうがいいよ。それに加えて、大学進学率も調べてみたら面白いんじゃないかな」
 と話してくださり、とても嬉しかったです。

 そのあと、ソフトバレーをしてひと汗かいた後に、日本の合計特殊出生率の変化を第2次世界大戦前から見ていくと、1925年が5.11人。2012年が1.41人。2021年の時点で1.30人ということが分かりました。
 そして、お父さんにアドバイスをいただいたように大学進学率の変化を見ていくと、合計特殊出生率と反比例するように、高くなっていました。
 ちなみに、1954年の大学進学率は10.1パーセントだったのに対し、2012年では56.2パーセント、2016年では56.8パーセントになっていました。
 これは、高度経済成長期に入ってから急上昇し、1970年代に30パーセント台となりしばらくの間、同じくらいでした。それから、90年代半ばからさらに上昇し、2010年以降は平均して56パーセント前後というふうになっていました。

 グラフで見ると、合計特殊出生率が低下していくのと、大学進学率が上昇していくのが反比例しているのがハッキリと分かりました。
 また、1990年から2000年にかけては、男性よりも女性の大学進学率のほうが高かったことも分かりました。ちょうど、雇用機会均等法が1986年に施行されていることから、この大学進学率の割合もとても興味深いなと思いました。
 
 それと、第一子の出産年齢も気になって調べてみたところ、1950年が25.83歳なのに対し、2012年が29.58歳。2021年で30.9歳となっていました。
 ちょうど、スプリングコンサートで、たかおさんとナナポンが結婚年齢と出産年齢について調べてきたことを博士に報告していたシーンがあったのですが、改めて深刻な問題だなと思いました。
 今の第一子の出産年齢30.9歳というのは、2004年の第2子の出産年齢と同じなのと、1975年の第3子の出産年齢とほとんど同じで、この50年間でこんなにも出産年齢に大きな変化があるんだなと改めて驚きました。

 また、世界を見ると、アフリカのニジェールやソマリア、チャドは2020年の時点でも合計特殊出生率が6.89、6.42、6.35となっていて、それらの国の大学進学率はとても低く、世界的に見ても大学進学率の上昇と、合計特殊出生率の低下が反比例になっていることが分かりました。

 いつも、お父さんが話してくれるように、昔の日本は農業、漁業、林業を中心に、食料も自給自足だったり、大学へ進学する人も極わずかで教育費もかからないことから、子どもがたくさんいても生活費や食糧費に問題はなかったし、反対に、働き手として家族を支えるために子どもをたくさん産んでいたんだなということが分かりました。

 でも今は、雇用機会均等法により女性の社会参加も進んでいることで、子育てと仕事の両立が難しいとか、子どもがいると教育費がかかるのを理由に合計特殊出生率も低下していたり、子どもを少なく生んで大切に育てようと高学歴を求めて教育をしたりして、その結果、少子化も進んでいるんだなと思いました。

 保育の勉強をしていると、ただ子どもを少なく生んで高い学歴を求めるだけじゃなく、そこに少子化や核家族化、相対的貧困、虐待、虐めなども全部繋がっているのがハッキリわかるし、今の時代は、色々な面で摂食障害や統合失調症、アルコール依存症や薬物依存症などの依存や、PTSDになる人などが増加しやすい環境や社会の仕組みになっているんだなと思い、私もなのはなの子として、何が本当の幸せで、私の使命は何なのかを胸に生きていたいなと思いました。

 話は変わるのですが、今日、なっちゃんと話していて、改めて共生社会についての理解が深まって嬉しかったです。

 以前にもお父さんとお母さんからハートピーのことや、なっちゃんが普通学校に通うことの意味について話してくださったことがあるのですが、『社会福祉論』のレポートで幼少期からの、共生体験と、統合保育についてがあり、この統合保育が当たり前のこととして広がっていったらいいなと思いました。

 それと、ちょうど、なっちゃんと話していた時に、眠っているたけちゃんを抱っこしたあゆみちゃんが来てくれたのですが、あゆみちゃんがたけちゃんとたいちゃんの話をしてくれたことが嬉しかったです。

 今、なのはなでたけちゃんやたいちゃんと一緒に過ごしたり、たけちゃんのお母さんであるあゆみちゃんがみんなの中でたけちゃんを育てている環境の中にいると、普段の生活が全部、保育実習のようでもあるし、学ばせてもらうことがたくさんあるなと思います。

 あゆみちゃんの、たけちゃんやたいちゃんとの接し方や、愛情のかけ方、年齢に応じてトイレトレーニングをしたり、いけないことはいけないと伝える姿から、子どもにとって何が一番優しい選択で、それをたけちゃんやたいちゃんはどう受け取っているのかをそばで感じさせてもらえることが嬉しいです。

 たけちゃんとたいちゃんを見ていると、本当に純粋無垢で、優しくて、なのはなのことが大好きで、とても可愛いです。
 その中でも、たけちゃんとたいちゃんが年相応に遊んでいたり、遊びに誘ってくれたり、少し調子に乗ってみたり、時には怒ってみたりすると、そのすべてが子どもらしいありのままの振るまいで、全部、受け入れられることなんだなと感じます。

 例え、たけちゃんが悪いことをしたとしても、怒っていたとしても、その理由を考えたり、何が嫌で怒っているのか、何が悲しかったのかを考えると、その環境に問題があったり、年齢に応じた態度だったりして、それは、成長の一環なんだなと思います。

 でも、その中でもやっていいことと悪いこと、これはしてはいけないことというのもあり、それは大人や私たちの判断で、理由も含めて教えてあげることが大切で、今の私はその見極めが難しいところもあるけれど、あゆみちゃんやお父さん、お母さんの姿から、改めてしつけとか、いいことと悪いことの基準を教えてもらっているなと感じます。

 そのことがとてもありがたいし、なのはなファミリーの環境は子どもにとって、本当に生きる力とか、喜怒哀楽とか、信頼関係とか、保育でいう「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」が自然と育っていくような環境があって、たけちゃんとたいちゃんがなのはなで育っていく姿から、保育のあるべきあり方とか、子どもにとって本来、何が正しい教育なのかを学ばせてもらえることが嬉しいです。