【6月号⑱】「藤井先生と、みんなと 迎えた展覧会 勝央美術文学館にて」 りんね

 

 ——夢のひと時。
 木版画、写真、陶芸……美術品に囲まれた静謐な会場で、大勢のお客さんを前に、なのはなの、アコースティックギターの演奏が始まります。
 五月二十五日から三十日まで、勝央美術文学館で、写真・木版画・陶芸の四人展、「それぞれの景」が開かれ、私たちも、オープニングセレモニーでの演奏と、木版画の展示をさせていただきました。
 この機会は、アコースティックギター教室、木版画教室を、長年なのはなに教えに来てくださっている、藤井先生からの贈り物でした。

 

 

■展覧会へ向かって

「来年の五月に、展覧会をしようと思うんじゃけど、みんなにオープニングセレモニーを演奏してもらいたいんです」
 そう、藤井先生から展覧会のお誘いを頂いたのは、去年の十一月頃。 
 今まで、アコースティックギターでの演奏は、ウィンターコンサートで劇中のBGMとして演奏をすることが主でした。劇に合わせて曲の長さも調整をしていて、フルバージョンでギターのみを聴いてもらう、という機会は、あまりありませんでした。
 だから、心から好きなアコースティックギターで、演奏会ができるということは、夢のようなお話だと感じました。

 お話を聞いたときは、ギター教室の真ん中でストーブを焚いているような、寒い季節。五月の展覧会と聞いて、新緑が風になびく光景が微かに思い浮かび、まだまだ遠い未来と思える感覚がありました。

 ところが、ウィンターコンサートを終えて、お正月を過ぎて、日々の畑作業に、次々とやってくるイベント……なのはなの時間の経過はとても速くて、いつの間にか新緑が芽吹き、どんどん展覧会が現実味を帯びて感じられるようになっていきました。

 ギターを練習するとともに、木版画教室でも、新しいメンバーでの作品作りが始まりました。藤井先生の木版画教室で、これまでに作った作品、今回作る作品も、展覧会に出展させていただくことになりました。

 今回は、それぞれが題材を写真に撮るところからのスタートでした。瓦屋根、日本人形、ウズラ、ランプ、あゆみちゃんとたけちゃん、桃の蕾……。それぞれが好きなものを写真に撮って、下絵を描き、木を彫って版画にしていきます。

 私は、お客様玄関に生けられていた蘭の花を題材にしました。お客様玄関を通りがかるたびに、目を奪われていた美しい花。それを、版画の作品として向き合っていけることが、とても嬉しいと思いました。下絵作りの段階から、構図や、どのように彫り、表現するか、藤井先生が一人ひとりと吟味しながら相談してくださり、作品作りが進みました。

 

 

■本番前の追い込み

 展覧会を週末に控えた一週間。オープニングセレモニーの演奏に出演するメンバーで、毎晩の練習を行いました。
 演奏曲目は、『流星』『タイムトラベル』、さやねちゃんのソロの『ナユタ』、『奇跡の山』の四曲。いずれもウィンターコンサートで演奏したことのある曲です。

 ソロ・ギターの曲を、全員で平らに演奏するのではなく、七人のメンバーで一番いい演奏にできるように、まえちゃんが考えてくれて、変化もつけました。

 『流星』は一人で弾くところ、三人で弾くところ、全員で弾くところ、という段階をつけて、曲の山谷をより深く。『タイムトラベル』は、メロディライン、ベースライン、パーカッション、と役割を分けて、私たちならではの聴きごたえのある演奏にしていくことができたと思います。

 毎晩、みんなで集まって、何度もじっくりと合わせながら、一曲ごとの演奏を深めていけたことが、嬉しかったです。

 木版画教室では、次々にメンバーが作品を完成させる中、最後の一日まで残っていたのが、かにちゃんと私でした。かにちゃんは、緻密な瓦屋根の彫りの仕上げ、私は、三枚の板の刷りを進めていました。

 

 

 刷りの工程で最後の、一番濃い墨版を、濃く背景一面に刷ることに、難航していました。薄墨、青緑、と色を重ねている上に黒を乗せていたために、黒が濃く出にくくなってしまっていました。

 花弁の白さと、背景の黒のコントラストをつけたくて、「どうしても、背景を濃くしたいんです」と私が粘っているところ、藤井先生が一緒になって、絵の具の水加減や、刷り方を考えてくださりました。

 思案した結果、藤井先生から、紙がずれないように片方を抑えながら紙をめくって、そこに色を足して何度か刷る、という方法を教わりました。その方法で、最後に残っていた三枚を刷り、思い描いていた色合いに、刷り上げることができました。

 刷り終わり、どの紙を額に入れるか、先生と見極めさせてもらったとき、微妙な違いに頭を捻りつつも、これ、と選んだのが二人一緒でした。それから、判子の捺し方、サインの入れ方も見てくださり、先生が額に入れてくださりました。

 

〈りんねちゃんの作品『花』〉

 

 かにちゃんと私の作品が完成したのは、ほぼ同時でした。本来の教室の時間を三十分過ぎた、夜九時半。なんと搬入日の前夜です。
「朝までやってもええよ」と大らかに笑いながら、最後まで、いい作品になるように先生が気持ちを向け続けてくださったことが、本当にありがたかったです。

 木版画教室のみんなの作品は、そんな風に一人ひとりに先生が真剣に向き合ってくださったから、それぞれ、見ごたえのある作品を完成させることができました。

 

 

 出来上がった作品は、会場に搬入して、藤井先生や、三人の作家さんの作品の続きとなる、広々とした壁に展示させていただきました。
 会場に、額に入ったみんなの作品がずらりと並ぶと、作品がお化粧をしたように、立派に引き立つことを感じました。

 ほとんどの作品が、木版画を初めて作る人や、初めて間もない人のものでしたが、三人の作家さんに見ていただいても、「教室って本当にいいですね」「プロみたいにすごいですね」「素敵な作品ばかり」と言葉を頂き、本当に嬉しかったです。

 

 

■原点を思い起こす

 当日。開場前の最後の音出しで、『流星』『タイムトラベル』を演奏しました。客席には、藤井先生が一人。
 『タイムトラベル』を弾き終わって顔をあげると、藤井先生が、「みんな、上手くなったなあ……。涙が出てきた」と、目頭を押さえられていました。

 今まで、長く藤井先生と時間を過ごしてきましたが、先生の涙を見たのは、初めてだったのではないかと思います。そのとき、ふと藤井先生とアコースティックギターの出会い、原点となったときの情景を、思い起こしました。

 藤井先生のアコースティックギターとの出会いは、勤め先の同僚の方が、他の人が帰った後、先生に『花』を演奏してくれたことだった、と、いつかお話をしてくださいました。働く中で、やりきれない思いをたくさん抱えていたとき、ギターの演奏を聴いて、心に沁みたこと。

 あまり詳しく聞いたわけではないけれど、先生のそのときの気持ちが、自分にも分かるように感じました。私も、なのはなに来たばかりで、不安や、来る前に抱え込んだ山ほどのやりきれない思いでいっぱいだったとき、ギターの音色に慰められました。

 夜の音楽室で、『くじら』の楽譜を見てポロンと弾いたアコースティックギターの音が、自分の心の深いところに寄り添ってくれることを感じて、涙が出てきたことを覚えています。

 それから、藤井先生のアコースティックギター教室でギターを続けてきました。なのはなに来るまで、ただ生きるだけで苦しくて、何一つ継続して努力することのできなかった私が、ここまで一つの物事に向かい続けられたのは、アコースティックギターが初めてです。

 なのはなで心も身体も癒された上で、ずっとギターを続けてこられたのは、ただ好きだからというよりも、初めてギターに気持ちを癒されたときの思いが、ずっと心に残っていて、時々同じように実感し続けてきたからだと感じます。ギター教室のメンバーも、きっと同じように感じているのではないかと思いました。

 そんな、藤井先生にとっても、私たちにとっても、アコースティックギターとの原点となったときの思いが、本番前の会場で、蘇ったように感じました。先生の涙に、自分ももらい泣きしました。

 アコースティックギターの演奏は、人の心に深く寄り添ってくれる。どんなやりきれない思いも包み込んで、心の深いところで、肯定してくれる。そんな風に感じます。今度は、私たちがお客さんを前に、伝える側として演奏する番でした。

 

 

■展覧会当日

 本番の日。『それぞれの景』という題の、藤井先生と三人の作家さん、そしてなのはなの木版画教室で作った作品が並ぶ、展覧会が開催されました。午前十時から開場し、次々にお客さんが展覧会へ来てくださいました。なのはなのお父さん、お母さんや、十人ほどの応援組のみんなも来てくれていました。

 オープニングセレモニーは午前十一時から。緊張しつつ、私たちも展覧会の作品を見させてもらいました。
 会場には、藤井先生の作品が十数点並んでいました。新作の、なのはなの子がトウモロコシの土寄せをしている様子が作品にされた、『玉蜀黍畑』という作品も展示されていました。

 

〈藤井先生の木版画作品『玉蜀黍畑』〉

 

 改めて、植物や土の地面、手のひらなど、彫刻刀での表現の多様さがあり、繊細で、コントラストが効いた、美しい色使いで刷り上げられた先生の作品が、すごいなと思ったし、どの作品にも藤井先生の温かな人柄が感じられて、大好きだなと思いました。

 作品を前にして、先生からその作品をどのように刷ったのか、ということや、制作秘話も聞かせていただけて、とても嬉しかったです。

 大きな迫力のある作品は、血豆ができるほど、背景の色を力を入れて刷ったことをお聞きしました。A4サイズの作品の背景を濃く入れるのにも、音を上げそうになっていた私には、高さ一メートルほどの美しく刷り上げられた作品が、神々しく思えました。

 

〈藤井先生の作品『山葡萄』〉

 

■同じ所を見る仲間

 午前十一時、本番の時間がやってきました。はじめに、藤井先生が三人の作家さんと、今回の展覧会についての説明をしてくださり、ギターのオープニングセレモニーへ繋げてくださりました。

 なのはなファミリーの演奏は、あゆちゃんが、藤井先生をなのはなのみんなが慕っている思いを含めて、MCを読んでくれました。
 用意していた椅子に座り切れず、会場の入り口付近まで立って観られる方が大勢いるほど、思っていた以上にお客さんがいました。あゆちゃんのMCを聞いて、全員が静かに、会場の片隅の、ギター演奏に気持ちを向けてくださっていました。始まるまでは、緊張の中いつもの力を出して演奏できるか心配していたけれど、演奏が始まると、のびやかに指が動いて、自分ではないものが乗り移ったかのように、演奏に向かうことができました。

 


 

 一曲目の『流星』は、まえちゃんが一人でギターを弾くところから始まります。まえちゃんが弾いている間、私たちはギターは弾いていなくても、一緒に演奏している心持ちでいました。

 『流星』の練習で、あゆちゃんに表情や気持ちの持ち方を見てもらったとき、りなちゃん、ななほちゃん、まことちゃんの、待っているときの表情を前から見させてもらったことがありました。三人の表情が、今でも目に焼き付いています。

 広大な宇宙で、一瞬を流れる星。どこまでも尊いものを遠くに見るような、三人の表情から、三人が『流星』という曲の美しさを、深いところで理解して、同じ気持ちでいることを感じました。三人の表情を見て、全員の表情も思いも、一つになっていきました。

 そんな仲間と一緒に、ソロ・ギターの曲を演奏できるのは、なのはなにしかできないことで、それこそ流星のように、奇跡的で尊いことだと感じました。

 二曲の『タイムトラベル』を終えたとき、目の前にいた女性の瞳が潤んでいることを感じました。最後の一音が終わると、大きな拍手をもらいました。

 三曲目、さやねちゃんの『ナユタ』を、調弦を終えてから、固唾をのんで心の中で応援していました。
 さやねちゃんの音に、今までより一層、お客さんたちが引き込まれていることを感じました。たった一人で、目の前の人の心に響く演奏をする、さやねちゃんの勇気、意志の強さを、改めて感じました。 さやねちゃんの『ナユタ』が残してくれた空気の中、最後の『奇跡の山』を演奏しました。この曲は、最初から最後まで、全員で弾きました。

 演奏を終えて、大きな拍手をもらい、お客さんにお辞儀をしてはけていくと、お客さんから吐息と共に、「すごかった」「よかった」という言葉が聞こえました。会場全体のお客さんが、アコースティックギターでの演奏に心を動かしてもらえたことを感じました。
 『それぞれの景』、展覧会でのオープニングセレモニーは、大成功でした。

 

〈藤井先生の作品『無我』〉

 

■先生から頂いたもの

 アコースティックギター教室は十年以上、木版画教室も今年から三年目。藤井先生は、ずっと無償で、毎週火曜日と木曜日の夜に、欠かさず教えに来てくださっています。

 なのはなファミリーのことをずっと好きでいてくださり、ただただ純粋に、ギターや版画を通して、親身に向き合ってくださる先生のことが、みんな大好きです。

 先生が繋いでくださった関係。展覧会に、オープニングセレモニー演奏。藤井先生の教室で今まで積み重ねてきたみんなの成果が、こうして大きな本番を迎え、多くの方に受け取っていただくことができました。本当に、ありがたいことだと思いました。

 アコースティックギターや木版画との出会いも、展覧会もオープニングセレモニーも、藤井先生からの贈り物でした。

 



 

 これからも、大好きなアコースティックギター教室、木版画教室、もっと深く理解し、表現できるように、誠実に向かって行きたいと思いました。
 そして次は、先生から頂いたかけがえのないものを、私たちがまだ見ぬ誰かへ繋げていけるように、なっていきたいです。