「いつでも帰れる居場所」 あや

2月10日

 今日から、心の傷に癒しを与えるロングミーティングが始まりました。
 お父さんの講義の最初に、ある卒業生がメールをくれたという話をしてくださいました。小児科の研修をしてきた、その人が教えてくれた「小児期逆境体験」と「安全基地」という言葉が印象に残っています。小児期逆境体験にあった人は、心に傷を負って摂食症などの依存症を発症すること。逆境を経験した人には、傷の理解、癒しが、回復するにあたって必要不可欠であること。また、小児期逆境体験がある人には、安全基地が必要であること。そして、周りの先生方が、その人の懸命さや、患者さんに接するときの誠実さ、知識の深さを評価してくれて、あなたのその気持ちは、なのはなファミリーという安全基地で作られたのですね、と言ってくださったこと――。
 その卒業生にとっての安全基地がなのはなファミリーで、摂食症から回復することができて、強い信頼関係があるなのはなファミリーを、とても大切に思っていて、その気持ちを基盤にして、これから新しいステップへ進むという真っすぐな意志が、凄く伝わってきました。
 私にとっても、卒業生にとっても、今一緒に過ごしているなのはなのみんなにとっても、安全基地は、なのはなファミリーなのだと、その人のお話を聞いて思いました。
 入所した時から、当たり前のようにお父さん、お母さんと呼んだり、お父さん、お母さんが本当の子供のように接してくださっていましたが、今日『なのはなファミリーとは何か』の本を読んでいる時に、このことは決して当たり前のことではないな、と思いました。症状がある知り合ったばかりの人を本当の子供として見てくれて、卒業してからも、何年経ってもずっと家族という関係が普遍なものである施設は、どこにもないんだ、と、ハッと気が付きました。一緒に過ごしていた人が卒業する時も、あゆちゃんが、「困ったことがあったらいつでも帰ってくるんだよ」と言っているのを聞いて、そんなふうにいつでも帰れる居場所があること、卒業したら終わり、ではなくてずっと繋がっているという場所があること、そんな場所の一人としていさせてもらえていることが本当に心強くて恵まれているなと感じます。
 
 もう一つ、今日のミーティングの中で特に印象に残っていることは摂食症と社会の構造についてのお話です。今の時代は貧富の差が大きく開いていることを話してくださったのですが、その時に裕福な人は幸せか、というお話をしてくださいました。
 貧しい人だけでなく、裕福な人も、貧富の格差によって苦しくなっている、幸せを感じられなくなっているということが新たな気づきでした。私は裕福な人は幸せとは限らないけれど、貧富の差によっての苦しみはないのかなと思っていました。
 ですが、貧富の差があることで、裕福な人は(あぁなってはいけない、自分があの立場にならないようにしないと)と親から教わったり、感じたりして、苦しくなるということを教えてもらった時、貧富の差は誰にとっても苦しいものだったのか、とハッとしました。貧富の差があることで、利己的にならざるを得なくなったり、自分の身を守るような利己的な考えが生まれていくのだと思うと、もの凄く悪い環境だと思いました。そんな利己的な考えが渦巻いているから、それに耐えられなくなって摂食症などの依存症を発症する。依存症は、ただ家庭の問題、個々の問題ではなく、社会の構造の歪みによるものだという認識が今日、さらに強固なものになったと感じます。

 話は変わって、今日の集合でお父さんが質問を読んでくださいました。何か本を読んだら良い表現ができるようになるんじゃないか、何かをしたらできる、みたいな安直な考え、近道をして楽な方法を探そうとしていた自分がいたことに気がついて、とても恥ずかしくなりました。表現はそんな一朝一夕で出来るようなものではなくて、自分で考え、耕し、理想を持つからこそアートなんだなと思いました。お父さんに教えていただけて、正しいことを教えていただけることがありがたくて、自分の中に祈りを持って、表現します。