「小さなディティールが拡張されて」 りな

11月22日

〇コンサートまで一か月
前半の通しができて嬉しかったです。脚本がまた新しくなっていて、主人公3人の関係も変わっていたりして、同じシーンでも、感じ方がまた変わって、どんどん良くなっていっていることを感じました。
 個人的には、準備不足が元でのしょうもない失敗をいくつかしてしまい、悔しさもありました。でも、それは本番を、練習の時からイメージできていないからだなあと思い、甘さ、精度の低さを痛感しました。次は、絶対に同じ間違いをしない、と強く心に決めて、通しに向かいたいと思いました。
 通しが終わった後に、お父さんやあゆちゃんから、「今のみんなには、気迫が足りない」ということを教えてもらいました。自分たちはプロではなくて、上手か下手かではなく、一番大切なのは、気持ちなのだと改めて思いました。
 ふとしたら、気持ちがなおざりになって、自分の失敗や出来ばかり気になってしまうのは、利己的で違うんだなと思いました。コンサートを成功させるためには、3時間ずっと、ステージを繋いでいく、空気を作っていく役割を誰一人欠けずに果たすことなんだなと思いました。そのための一つの駒なのだと思いました。
 一人一人役割は違ったとしても、それは表現の手段にしか過ぎないのだと、心に落とし込めたいと思いました。
 コンサートまで、一か月です。あと一か月しか、みんなと気持ちを揃えて練習できる時間はないのだと思いました。そう思うと、通し練習の一回一回が貴重だし、一瞬一瞬を、意味のある時間にしたいと思いました。
 自分たちが、摂食障害から回復して、生きていく時に、何を目標に生きていけばいいのか、何のために生まれてきたのか、その答えが、全部お父さんの脚本の中に詰まっています。脚本を、もっと読み込んで、主人公の女の子3人と同じ気持ちで、ステージを作る一人でいたいと思いました。 
 
 
〇小さなディティールが拡張されて表現される
 私は、エレキギターが、どうも苦手だと思っていました。アンプを通していることが原因なのか、大きな音が原因なのか、と思っていたけれど、それは太鼓も大きな音だから、違うと思いました。
 原因は、繊細さが足りないからだと思いました。大きな音だから、ダイナミックなようだけれど、反対で、ものすごく繊細で、緻密な楽器なのだと思いました。
 お父さんから、「りな、練習不足だ」と言われたときは、本当にその通りだと思いました。そのあと、まえちゃんが、ボヘミアンラプソディの最後のフレーズの弾き方を見てくれました。
 私は、間違った音がとにかく出なかったらいい、という練習でした。でも、まえちゃんが、他の弦のミュートの仕方、フレットのどこを押さえるか、など、全てディティールでした。
 一音を出すだけで、こんなにも神経を使うんだ、と思いました。そして、これまで私はなんてガサツだったんだろう、とも思いました。
 ダンスも、コーラスも、演奏も、気持ちで表現すると、ずっとあゆちゃんが教えてくれます。音でどうやって気持ちを表現するか。私はがさつだったためによくわかっていませんでした。でも、まえちゃんに弾き方を教えてもらった時に、究極は、音は全部気持ちなんだと、理解が出来ました。
 細かく細かく突き詰めていけば、気持ちでどうにかなるところはたくさんあると思いました。毎回間違ってしまうところも、分解できないところまで深堀りしたら、ここで気持ちが切れていた、意識が飛んでいた、と気づく瞬間が分かったりしました。
 音に全部心の在り様が表れると思って、本当に、清水の舞台から飛び降りるつもりで、一音一音を、緻密に丁寧に出したいと思いました。ほんの微小な、生音では聞き取れないぐらいの音だとしても、アンプで出すと、拡張されて十分な雑味になります。その、微小な音の積み重ねで、演奏を台無しにすることだって、あるのだと思いました。それは、日々の生活でも同じだと思いました。私の課題はそこにあると思いました。
 ただ、音を出すのじゃなくて、意味のない音なんて一つもないから、欠けていい音なんてないと思って、自分の出す音に責任を持ちたいと思いました。