「本当はどう生きたいのか」 すにた

2月23日

 日記を書くのが開いてしまいもどかしいのですが。私はショート動画をあげたら、最後になのはなファミリーのホームページでベストオブ日記を読ませてもらっているのですが、最近ではかのんちゃんやほのかちゃんの日記がでていて、それを読むと泣けてくるくらい、日記を読んでいると、かのんちゃんの誠実で、ほんとうに良くなりたい。その気持ち一本で毎日、ミーテイングや、お父さんの話を聞いている姿が想像できたり、ほのかちゃんの毎日毎日、自分を磨いて、進化していこうと今の自分からもっと良くなっていきたい。お父さんに教えてもらったこと、気づきをまとめている様子が想像できたり、本当にベストオブ日記のように、そうして日々良くなりたい。と気持ちをもって、日記に書いているみんなが一番きれいでキラキラしているなと思います。

 毎回読み終わった後には、ああ、日記のないようだったり、その子の素敵な部分をまねて私もそうあろう。とおもえます。

 お父さんに質問したこと。
 質問ボックスで、自分は最近、本調子ではないと感じます。何が原因なのか自分でははっきりわかっていなく、それはミーティングの不安からきているものですか?
 もしそれがあっているのであれば、どんな不安を持っているのか、教えてもらえると嬉しいです。という質問をだしました。

 お父さんの答えとしては、自分だけは回復できないんじゃないかという不安、今回のミーティングで自分の傷に気づけなかったらどうしようという不安、まだ依存、過去の家族との関係に、ひきつけられていたり、気持ちが残ってしまっている。この3つのことを教えてくださいました。
 その話を聞いて、胸が少しくっとなりました。自分がそう思っていたことに気づきました。本当は気づきたくなかったから、自分で見ないようにしていたのかなと思いました。
 私は、自分だけ今回のミーティングの傷に気づけなかったらどうしよう。この不安がものすごく大きいです。
 作文で、自分の体験してきたことを書いたり、今まで思い出せなかった出来事、4~6歳のエピソードを思い出したり、その時起こったエピソードの中には、自分が大勘違いしていたことに気づけて、このことについて自分自身どう思ったらよいのかわからなく、あいまいになってしまっていたなと気づけ、その誤解もとけたことがものすごくうれしかったしかったなとおもいます。
 作文を書きながら自分はものすごく傷ついてきたなと確信を持って言えます。

 ですが、自分自身が回復していく時に感じる気持ち、視野の広がる感覚、心がすごく重かったのが一気に軽くなったり、などなど、言葉づらでは聞いているのですが、実感した経験がないため、ミーティングで自分の傷に気づき、今まで自分は、何で、どう、傷ついたのか、それが理解して、ぎしぎしと狭く真っ暗な心から解放され、のびのびと広くもててくる瞬間、その感覚と言いますか、それが今、自分が育ってくる過程で、自分が育った環境でこう傷ついてしまったとまではわかるようになりました。

 その大きな原因となっていることも、もう心配は全くもってする必要はない。
 そう、お父さんにも言われて、自分でも理解し、自分は自分の人生を歩んでいくし、私自身もこうしてなのはなに出会い、自分がこれからどう生きていきたいか、それは今までの生き方とも、まったく違うものです。

 ですが、それに対してその感覚? がつかめなくて、自分はこのままそこに届かないまま、止まってしまったら。という不安。もしくは、今書いたことも、本当には気づけていなかったら、思えていなかったら、お父さんがいうように依存が残ってしまっていたら。自分はミーティングで理解できなかったら。
 そんな気持ちでいたこと。お父さんの答えを聞き、自分はこう思っていたことに気づきました。

 でも、それもじぶんの気持ちの問題だということに気づきました。”治らないんじゃないかな”もし、治らなかったら”と、後先のことを考え不安に思うのではなく、一番大事なのは自分自身、本当はどう生きたいのかであって、それを考えたときに、私は治らないという選択肢は一切、選ばない。と思いました。

 ”私は治ります”と自分で言葉に出し、そう覚悟を決めた瞬間、こだわりや、症状は、消えていく。そして一気に本当の回復まで、大幅に近づくことができるし、そう”私は治ります”と言った者たちが本当に治っていく。そう教えてもらい、自分でもその通りだなと思いました。

 今ままで、そのことを忘れてしまっていたなと思います。

 私はお母さんの話してくださる目が好きです。その瞳の奥にはお母さんの強くて、太くて、絶対にぶれることがない確信なまっすぐな芯があるのが見えます。
 そのことを、誰に何を伝え、何を言いたいのか、お母さんんの瞳にはあいまいなものは一切持ってないので、それが自分のこころに強く突き刺さります。

 本当に嘘や、話を盛っているとかそういったことは一切なくて、本当にお母さんが話されるときの瞳だけはほかの人とまったく違うし、感じられる、受けとめる感覚も全然違いました。

 ああ、これなんだなと思いました。お母さんのように自分はよく生きたい。そう強く思うことが自分自身の強さにも、言葉にも行動にも移されることなんだな。
 その気持ちが、自分はどう生きたいのか。そう言ったことが大切なんだなと思いました。
 そして、私もお母さんの生き方や強さに少しでも近づていき、そんな風に毎日を過ごしていきます。