9月17日
久しぶりに集合がありました。お父さんの話をたくさん聞かせてもらってうれしかったです。
「人間の人生にも、仕込みと収穫の時期がある」
という話を聞かせていただきました。私はいつも、誰かのことがうらやましく感じてしまいます。自分より優れているところを見ていじけて、認められていることをひがんでしまいます。
ここで、「どうせ自分はだめだ」とあきらめてしまって前に進めないのがいけないところでした。今はそういう時期で、いつか自分もそうなれるときがが来る。と信じ続けて努力を続けていくことが大事である。
ですが、私にとって重要なのは、「収穫」の時期を待つことではなく、いかに仕込みを正しく理想高く行うか、だと思いました。どんなに甘くておいしいかぼちゃを理想としてもっていても、苗が健全に育たなかったら、追肥をここぞというタイミングでできなかったら、収穫はできない。私自身も、いま苗を上手に育てようとしているところで、すこしでも水やりを忘れたら枯れてしまうように、少しでも利己的に動いたり、少しでも症状めいたきもちに負けたりしたら、だめになってしまいます。
そう思うと、本当にぎりぎりの状態で生きているのだ、と思います。自分がどう生きたいか、その理想になるために、今を大切に、できることを頑張って努力を継続させていきます。
また、個人的にも話をする時間をいただきました。「誰のことも好きになれない、誰にも好かれない人生」なんて、嫌だ! と思いました。
内にこもって、誰とも関係をとろうとせず、人の評価を正しくできず、ただただ平身低頭してびくびく過ごしてきた。誰にも嫌われたくなくて、深くかかわることを避けていた。何事も人を信頼してお願いすることなく、自己完結させていた。
私が質問した内容は、「どうして怒られないようにということを第一に考えてしまうのか」というものでした。それに対するお父さんの回答が、上記のようなことであったのが意外であり、そこにつながるのか、と思いました。
もっと人と関わりをつくる。些細なことでも相談する。少しだけの仕事でも、誰かと一緒にやる。そういうことが、自分に必要なことだと考えました。しっかり人間関係を築ける人になります。
