「わたし、ネコになる」 ななほ

3月8日
 
・わたし、ネコになる
 
「わたし ネコになる ネコになる」
「わたし ネコでいい ネコでいい」

 今日、なのはなファミリーの新曲『わたし、ネコになる』を初めて聴きました。

 お父さんが作詞の歌詞に、さとみちゃんが作曲をしたなのはなファミリーオリジナルソング。ずっと、この曲を聴ける日を楽しみにしていました。
 そして、今日、この曲に救われました。
 
「どうしてそんな、簡単そうに、恋してみたり、子どもがいたり」
「私できない、なぜなのかしら」。

 その歌詞に涙が溢れてきました。

 いつの間にか自分の中で止まってしまった時の流れ。Aメロの歌詞の中で、「わたしばかりが子どもに見えた」とあり、そこに共感しました。
 自分は何も変わっていないのに、私の周りの同級生は年齢とともにどんどん大人へと成長し、1人私だけが取り残されていく気持ち。
 なのはなに来るまで、いつの間にか私は空気のようになっていて、仲の良かった友達にも忘れられ、学校にも行けなくなり、私はその時から時が止まっているのに、世界は確実に動いている。

 そして大人になった今も、ふと世界を見ると、私だけ何も変わることができていないような、摂食症になった時から時が止まってしまったような言葉にできない虚しさを感じることがありました。

 普通に生きている人、今の世の中で当たり前のように学校に行ったり、恋をしたり、子どもを産んだり、働いたりする人。
 私ももう大人のはずなのに、私にはそんな未来が来ないんじゃないかと言うような気持ち。小さい頃、大人になったら当たり前に結婚するもの、働くもの、家庭ができるものとばかり思っていたけれど、摂食症になった時から私には、そんな未来を想像することは夢のまた夢でしかありませんでした。

 そして私はネコとは程遠い生き方をしてきてしまいました。

 真面目に生きたい、よく生きたいと願っているのに空回りばかり。誰かの為に役に立ちたい、ちゃんとしたいと思っているのになぜか、一人浮いて、結果が出せなくて、虚しいだけで終わってしまう。
「どうして、こんなにも生きにくいんだろう」「普通に生きることが難しい」と思う場面が多いです。

 今日、『わたし、ネコになる』の歌詞を1つひとつ聞いていました。
 初め、歌詞の中の光景を思った時、あまりにも私が隠そうとしている虚しい気持ちにピントが合っていて、涙が出ました。
 そして、歌が進むにつれて、この曲に答えをもらい、感動しました。
 
「いつも悲しいヒトをするより、役に立たないネコになるんだ」
「人に沿うだけの、側にいるだけのネコ」
「ネコになったら、あなたはきっとあなたになれる」

 涙が溢れて止まりませんでした。目を開けたまま、大粒の涙がボロボロと頬を伝って、私の膝に落ちていきました。

 私は役に立ちたいと思うあまり、シャカリキになって、自分が自分がと「自分が役に立つこと」ばかりを考えて、結果的に人に迷惑をかけるだけのヒトになっていた。
 できるできないに拘って、できない自分を責めてみたり、できない周りの人にイライラしてたり、上手くいかないことに不満を持ったり、よく生きたいと思う気持ちと現実とのギャップに不機嫌になったり……。

 本当は役に立ちたい、真面目に生きたいと思っているのに、結果として自分の思いとは反対に、周りの空気を落としたり、自分のことでいっぱいで気遣いの出来ないヒトになっていた。
 
(私、ネコになればいいんだ。ネコになったら、不満も自己否定もなく、周りの人の優しい気持ちで沿わせたり、温かい空気を作れたりできるんだ)

 この歌詞の中で、1つ気付きがありました。
 それは、「ネコになったら、あなたはきっとあなたになれる」ということです。

 以前、お父さんに、
「ななほは、一度、真面目になることをやめる。頑張ることをやめる。役に立とうと思うことをやめることが必要だと思う。その方が、本当にななほの良さ、ななほらしい生き方ができて、周りの人にとっても喜ばれる存在になれると思う」
 と教えていただいたことがありました。

 その時は、その言葉の意味をよく理解できていませんでした。なぜならば、真面目じゃなくなったら嫌われる、頑張らなければ認められない、役に立とうと思わなければ本当に私は何の役にも立たない、必要のない人間になると思い、それが怖かったからです。

 でも、ウィンターコンサートで「ネコになる」ことについて知り、ミーティングの作文も書き終わり、そして、先日お父さんに、
「治される人ではなく、自分が治す人になる。与えられる人ではなく、与える人になる。なのはなにいても、なのはなを作る側、自分がなのはなでどうしたいかを考える。お父さんと同じ側に立つことが大切だ」
 という話を聞いた今、私はネコになろうと思えます。

 真面目な振りをして取り繕うのもおしまい。
 頑張ろうと焦って、無理して、自分の身体も傷つけ、周りの人の疲れや大変さを見せて心配させてしまうのもおしまい。
 役に立たなければとシャカリキになり、自分の評価を気にして、嫌われないように、見捨てられないようにと「自分が自分が」になるのも、もうおしまい。

 そんな風に真面目になっても、そんな風に頑張っても、役に立とうとしても何も楽しくないし、自分にとっても周りにとってもプラスなことは1つもない。

 私はとても能力が低いです。頑張ろうと思わなくなったら、本当に頑張れなくなってしまいそうで怖いです。自分を追い込んで、常に理想を自分に追い立てていないと、不安です。でもそれは、自分の評価を気にしているから怖いし、不安なんだと思います。

 ネコになったら、本当に役に立たないかもしれません。何も与えられないかもしれません。あまりにも不器用で、能力も低くて、何の結果も出せないかもしれません。
 でも、自分から離れてネコになります。利己心から利他心になり、ネコとして何ができてもできなくても、なのはなファミリーの空気、なのはなファミリーの世界を作る1人として優しく、モラル高く生きていきます。

 そうすることで、結果的に誰かの救いになれると信じて、ネコになりたい。今日、この曲を聴いて本当に救われました。

 なのポップによるなのはなファミリーオリジナル曲、『空へ』『キボウ』『わたし、ネコになる』の演奏を聞かせてもらい、心が正されました。
 そして、これがなのはなの空気だな、これがなのはなの世界だな、これが私たちの生きる場所だなと思いました。
 
(なのはなファミリーに出会えて、本当に良かった)、そう心から思いました。
 オリジナルソングの歌詞から、お父さんとお母さんに私は深く深く理解されていることを知りました。上手く言葉にできないこと、普通に生きられないことの虚しさや難しさ。
 
 もしかしたら、生きにくさや虚しさを感じている私を、世間の人は「もう少し楽に生きたらいいのに」「そんなに頑張らなくてもいいのに」「もっと遊んで、好きなことをして、自分を楽しませながら生きたらいいのに」と言うかもしれません。

 でも私は、楽に生きる方法を知らないし、頑張らない方法を知らないし、遊んで楽をして好きなことをして、消費するだけの生き方に喜びや希望を持つことができません。でも、普通に生きたいけれど生きられない虚しさ。

 大人になった今、普通に働くこと、恋をしたり結婚をしたりして家庭を持つこと、何かを好きになったり、歓びを感じたり、正しく怒ったり悲しんだりすること。ただそれだけのことが難しいと感じてしまう自分がいます。

 こんな気持ちを、普通の人は分かってくれないし、分かるはずもない。私も、そういう気持ちを誰かに説明できないし、理解してもらおうとは思わないけれど、お父さんとお母さんは私が言葉にしていないことも、私が上手く整理できていないことも、私が未だに抱えてしまっている生きる難しさも全部全部、理解してくれていて、分かってくれていて、その上でいつも、正しい答えを示してくれるんだなと思います。

 今だけは、受け身な私を許してください。
 受け身になってしまうのは情けないのですが、
(あぁ、こんなにも私を理解してくれる人がいるんだな。お父さんとお母さんがいるんだな。仲間がいるんだな)
 と思うと涙が出ます。
 本当になのはなで生きられること、今の仲間となのはなの未来を作っていけることが私の希望です。

 なのポップの演奏は、とても透明感があり、綺麗でした。幕が開いた瞬間、会場の空気ががらりと変わり、同じステージのはずなのにとてもステージが広く、明るくなったように感じました。
「これが、なのはなの空気なんだな。なのはなの空気に染まるって、こういうことなんだな」
 と、今日、客席からステージを見ていて思いました。

 かにちゃんボーカルによるオリジナルソング。新しくつきちゃんもコーラス隊として歌っていて、コーラスの入ったオリジナル曲を聴くのは初めてでしたが、かにちゃんとつきちゃんの声質と言い、声の相性も抜群で、すごく聞きやすかったし、そのお互いに引き立て合う歌声に感動しました。

 そして、オリジナルバンドによる演奏。よしみちゃんの叩く青のスケルトンドラムに、しなこちゃんのキーボード。さやねちゃんのベースに、まえちゃんとりなちゃんのギター。
『キボウ』では、キーボードの音質が変わったのか、これまでとはまた違う印象の曲になっていて、雑味がなく、本当に透明で綺麗でした。

 1曲目の『空へ』から涙が溢れてきて、どうしてこんなにも感動するのか、心が動かされるのかと不思議なくらい、泣きました。

 今日、なのポップの演奏を前から見させてもらい、それもセンターの真ん中の席で見させてもらい、本当に幸せだったし、この曲が私たちの曲であることが嬉しいです。誇りです。
 これからもっともっと、なのはなオリジナルソングをたくさんの人に聞いてもらう機会があったらいいなと思うし、ジャケット写真を撮ってアルバムを作りたいくらい、本当に素敵だし、この曲を求めている人、この曲に救われる人はたくさんいるだろうと思いました。
 
 
・なのフラ

 町民音楽祭では、なのフラのステージに出演させてもらいました。予想以上にお客様も多く、目線をお客様に向けて、目があった人に思いを伝える気持ちで踊りました。
 『ハウファー・アイル・ゴー』、『トゥエポポ』、『フラガール』とこれから、季節が春へと移り変わるのにぴったりの明るい演目に心も晴れやかになったし、大好きな曲を踊れて気持ちが良かったです。

 今回は、衣装の着替えの都合もあり『トゥエポポ』は踊りませんでしたが、私も一応、以前は踊っていたメンバーなのでまた、踊る機会があったらいいなと思うし、昨夜ゆりかちゃんと、「今度はゆりかちゃんと私も入って、9人で踊りたいね」という話もしていて、いつか実現したらいいなと思います。

 今後、なのはなで外部の人に向けてダンスや演奏をする機会も増えていくことと思いますが、これまでやってきた曲も、いつでも踊れる、歌える、演奏できる状態にしていきたいし、衣装やその時の流れでメンバーや場所が変わっても、誰でもできる、誰でも代われるという風にしていけたら、本当になのはなファミリーという団体として、強いなと思います。

 私もその中の1人として、今踊っている曲も確実に覚え、ブラッシュアップしていきたいし、これから夏に向けて、また色々な曲を踊っていけると思うととてもワクワクしています。

 今日は私は午後からの出演でしたが、午前のNHFアンサンブル、なのはな三味線部の演奏も上手くいったと聞けて嬉しいです。改めて、なのはなファミリーでは色々なジャンルがあり、それぞれが得意分野や好きなことを活かして、ステージに立つ機会があり、特定の人に限らず、誰もが歌えて、踊れて、楽器もできて、そのことが本当に強いなと思います。

 なのはなのみんなとなら、どんなことでも実現できる。理想を現実にしていける。そう信じられることが嬉しいし、お父さんとお母さんと同じ世界を見て、同じ希望を見て、私もそこに向かっていきます。

 今日は午前中に少人数ではありましたが、古吉野に残ったメンバーでレタスの種まきをしたり、桃花づくりをしたりできたのも嬉しかったです。
 レタスの種まきでは、自家採種のリーフレタスの発芽率がかなりよくて、種まきをしていても楽しかったです。また、見た目はナスやトマトの葉っぱなのに、聞いたこともない品種が書かれているトレーがあり、「これは、何だろう?」と思っていたら、よしみちゃんがナスの台木として育てていることを教えてくれました。今年、果樹だけではなく、苗づくりでも接ぎ木苗をするんだなと思い、その発想が私にはなかったので面白いなと思ったし、お父さん、さすがだなって思いました。きゅうりとかミニトマトとか、比較的なのはなでは育ちにくい品種の野菜も、接ぎ木苗をしたら、強くなりそうだなと思い、この夏の野菜作りも楽しみだなと思います。

 最近、あまりみんなと話をしたり、畑について知識を仕入れたり、調べたりする機会が少なく、私よりもりゅうさんや相川さんの方がなのはなのやっていることを、外部情報も内部情報も知っているということがよくあるのですが、私もみんなの流れに沿い、プレイヤーとして頭と心をフルに使いたいなと思います。

 そして、ネコとして生きます。