お屠蘇・元朝参りのなのはな

あけましておめでとうございます!
2025年も昨日で終わり、2026年の幕開けです。
今朝はみんなでお重に詰めた豪華なおせちとお雑煮をいただきました。おせちには、もともと意味が込められていて

すごく気持ちのこもった滋養のありそうな、縁起の良いものばかりですが、皆でつくったおせちだからなおさら一つひとつがすごく大切なものに感じられて、1品目、一口ずつ食べるごとにありがたみを、感じました。
家族と落ち着いて(紅白は落ち着いてはなかったかも)、年末、年越し、年明けを迎えられて、
穏やかに、平和に過ごせる今がどれだけ幸せで、ありがたいことか。それをしみじみと感じて思わず朝食の席のコメントから涙が出てきてしまいました。(笑)
摂食障害であった私たちには当たり前のことではなくて、もう一生そんな日は来ないだろうと思っていた自分の想像を大きく上回る幸せが、なのはなにありました。
これからも健康で、心安らかに、安全に、健やかにみんなが過ごせる日々が続くと良いなと思います。

朝食後は食堂に集まり、1人づつ、今年の抱負を具体的に述べていき、おそとを頂きました。
なのはなにいる皆が、これは私だけじゃないけど、本当にみんながかけがえのない仲間、大事な家族です。
仲間一人ひとりの抱負、聞いているだけで涙が出てきました。
みんなが見えないものといつも戦っているし、それに立ち向かって果敢に成長しようと、めげずに突き進む仲間。


皆がいるから私も頑張れるし、そう思ってもらえる一人であるために私も頑張る。自分も他人の内っていうのはそういうことなんだって、つい最近知りました。利他は奥が深い。
知らないことばかりですが、お父さんのお話を聞くと、そうだったのか、そう聞いたら私はもっと生きたいと思えるし、自然と力がみなぎってくるような、そんな事をたくさん教わっています。


個人的なことを言うと、ウインターコンサートの体験も、私にとっては、それは大きなものでした。
いつ得られるかわからない成果のためにがむしゃらに走って、要求ばかりして、お互いを気遣う余裕がなく、空っぽの心で目標を見失い、見えない何かに、見えない幸せに向かって、走り続ける虚しい、苦しい生き方。まさに私はそんな生き方のど真ん中にいたと自分で思ったのです。
いつも焦り、遠く未来に何かを求めて、目の前のこと、今のことはおろそかになり、周りを犠牲にして、いつも孤独、頭も心もどこかにいってしまう。

でもそれが空回りする原因であり、ウィンターコンサートに登場した白人が象徴していた生き方、魂磨きを忘れた、今を生きる人の苦しさ。今の人間関係、目の前にある幸せを、手からこぼしてしまうような生き方はやめて、私は目の前の事に誠実に、真正面から向き合い、着実に今を、今できる事を、こなす。そう決意しました。
未来に保証は求めない。なるようになる、ゆとりと幅のある心で、結果ではなく過程を大切にする。そうありたいです。



その後は皆と歩いて、元朝参りへ。
外は1月と思えないほど、暖かくて、さすが晴れの国おかやま、とてもいい天気に恵まれました。



諏訪神社に着くと皆で写真を撮りました。去年元朝参りに来た日から、もう1年が経つんだなと思うと、時の流れが本当に速いなあと思いました。
またみんなとここにこられますように。節目にこうしてお父さん、お母さん、皆と、ここに来るのが恒例になる未来があればと思うけど、未来に求めてはいけない。



こうして皆と過ごせる、今が幸せなんだ、一寸先は闇、その思いもちゃんと忘れないで、今を大事にしなくては、とも思います。
5円玉、お賽銭をいれさせてもらい、御祈りをしました。今年も一年おかげさまで大きな事故も病気もなくここまでくることができました、見守ってくださってありがとうございます。
今年もいい年になりますように。と何度も祈りました。


神社に来た時だけ、いい子の振りをしていても神様は見抜いてしまうだろうと思います。
いつも見てくれているはずだから、それを信じ続けて、自分の仕事を誰が見ていようが見てまいが、誠実に丁寧に仕事をして、魂を磨き続ける。怠け心なんてあっても、悪い運を呼び寄せるだけ。良く生きるというカードを引いたからには、それに見合った生き方をしたいです。




最高の元日を味わえた2026年。今日の幸せを忘れずに、感謝の気持ちを持ち続けて、今日の日の思い出を胸に刻んで、
これからも毎日頑張っていきたいです。
(そな)
***おまけ***



