「喜びを分かち合える」 うたな

6月15日 

 お父さん、父の日おめでとうございます。

 ケニーモナークフェスティバル、お父さんが『イヤオラナ』のときも、パテパテのときも、ずっと白い歯を見せて笑顔で見てくださっていました。そして、「こんなに娘がたくさんいてくれてうれしい」と言ってくれたこと。そんな姿から、私はなのはなに来てよかったのだ、受け入れてもらっているのだという安心した気持ちが出てきました。
  お母さんが食事のコメントのときに言ってくださったように、お父さんとお母さんは、私たちのことを深く深く理解してくださっています。私の浅はかな考え方、人への接し方や態度の悪さ、症状の残っているところなど、自分がどう隠そうとしてもお父さんにはわかってしまいます。でも、お父さんが、それを私にズバッと言ってくださるから、これだけダメな私にも、最後には「必ず治る」と言ってくださるから、私は今こうして前向きになれています。

 人生なんて苦しいもので、どうして生きないとダメなのだろう、どうして自分はほかの人のように幸せを感じることができないのだろう。そう考えて、なのはなに来て本当に変わるのか、わからないままでここに来ました。お父さんが、私をここに受け入れてくださって、「こういう生き方がある」「摂食障害の人でも幸せに生きる道がある」ということを教えてくださいました。お父さんを師匠にして、誠実に利他心をもって生きていくことを大切にします。お父さんに出会えて本当によかったです。大好きです。これからもよろしくお願いします。

 先日は、キャベツが初収穫できました。そして今日は摘果コーンが採れました。同じチームのそなちゃんやるりこちゃんと一緒に、まるでわが子の門出を祝うような気持ちになって、喜びました。

 キャベツを始めて包丁で切ったとき、葉の間から水が飛び出す瞬間とか、切った感触が柔らかかったこと。脇目をめくってみたとき、まだ水っぽさが残るひげの中に見たことのないような小さなトウモロコシがかわいらしくたたずんでいるように見えたこと。自分が毎日見守ってきた野菜が成長していくのが本当にうれしいです。農業は、大変なことがたくさんあると思います。まだ私が知っている農業は、ほんのひとかじりにすぎないのかもしれません。でも、こういう瞬間が楽しいから、そこに農業の魅力があるのだと思います。

 もう一つ大切なのが、それをなのはなのみんなと共有できているということです。また、この野菜がまだ見ぬ誰かに届くということもしかりです。お父さんが、「利他心は一対一の間で成立するのではなく、不特定多数の人へ向けて発信されてはじめて成り立つ」と、先日の集合で教えてくださいました。
 自分が畑の作業をしていることが、利他心をもとうとしてしていることとは限らないし、今はそう意識しているわけではないかもしれないです。でも、結果として野菜の収穫を喜び合える仲間がいること、なのはな産の野菜を気に入って手に取ってくださる方がいることは、私の原動力、生きる力になっています。

 こうしたことで、摂食障害の私も生きることができている、というように考えました。

 まだまだ勉強不足で、人に相談することも、上手に作業することもできていません。でも少しずつみんなのように、力になれるように野菜と一緒に成長していきます。