「いざとなれば」 かのん

4月7日

〇接ぎ木を通してたーくさんの事を。
 
 昨日、ナスの接ぎ木が終わったという事で今朝からピーマンの接ぎ木に入りました!
 ピーマンたちの手術を始めるとまず感じたことが、「あれ、ツギピンが刺さりやすい!」とやりやすさに感動しました。苗が違うだけでこんなにもやりやすさが変わるのか、と知りました。
 そして、なにより2つが1つになる時、くっついた時に新鮮すぎて少しぷしゅっと液が出てくっつくのが気持ち良かったです(笑)苗も生きているんだ、そう感じました。

 今日の夕方、5時までほとんどずっと座って接ぎ木をしていました。昨日より長い時間しているはずなのに昨日より集中力が続いている事を感じました。私は、これまでずっと集中するのが苦手と思っていたけれど、それはただの症状であったんだと気づきました。集中して1つの事にまっすぐに向かう事ってこんなにも夢中になって楽しいんだと接ぎ木をさせてもらい気づきました。集中もそうですが、自分の技術が上達していっている事を自分でも感じました。

 穂木の方が大きくて、台木が小さい場合、台木に刺すツギピンは必ず真ん中に刺して穂木を少しずらして、穂木と台木の形成層同士をくっつけたらOKです。昨日はそれが胸がきゅっとなるほど難しかったのが今日はすらすらと同じ大きさのようにできてしまいました(笑)
 もちろん、苗のやりやすさもあると思うのですが、「自分はできない」と自分で勝手にここまでとハードルを作ることはよくなくて無限に成長し無限に伸びられるように自分で勝手にハードルを作るのはやめよう、そう思いました。
 接ぎ木を通して、少しかもだけれど畑に興味をもちました。接ぎ木の台木と穂木の事、接ぎ木をすることの効果、良いところ取りをする事など接ぎ木の事を知るたびにすっごくすっごく面白い! と、畑に、接ぎ木にどんどん惹かれていくのを感じました。
 最初、接ぎ木の話だけを聞いた時は、正直「フーン」って感じだったけれど、それは他人事で聞いていたからで、自分が当事者として今回の接ぎ木のように責任を持ちする事で、同じ話でも倍、面白く聞こえました。面白く聞こえるか聞こえないかは、きっと当事者か、当事者でない他人事で聞いていたかの違いなんだと改めて思いました。きっと私は畑でも当事者でない人でやっていたり、お手伝いさんの責任を持たない人で畑の話を聞いていたから、畑に興味を惹かれなかったその理由の1つには、間違っているかもだけれど、もしかするとそのことも1つ理由にあるのかな、と実感しました。
 話は飛んでしまいましたが、1つひとつの作業に対してなんでするのか、この作業をする意味を考えて作業のための作業にならないように、目的をちゃんとわかり作業ができる、仲間と一緒にその作業をよりよくできる当事者の1人としてがんばろう、そう思います。
 
 話は飛んで戻るのですが、まさかの4時半ごろには900株のピーマンの接ぎ木が終わりました! すごく順調に進んで午前の初めの頃ぐらいから「今日で絶対に終わるね」と話していたほど余裕を持ち、予定通りに終える事ができました。
 もう終わってしまうのが、寂しいほど夢中で楽しくなっていました。こんなにも1つの作業が大好きだ、終わってほしくない! と思ったのは、久しぶりなように感じました。
 もっと接ぎ木の事も知りたい、もっと畑の事も知りたい、深めていきたい、ナスとピーマンの接ぎ木が終わった今、そう思います。
 
 
〇いざとなれば。
 
 7時ごろ、
「霜対策をする事になったので、リビングに来てもらえたら嬉しいです」
 という放送。
 よし、いくぞ!! 夜の畑、いつもと違う感じって、なぜかとてもわくわくするなと思います(笑)
 夜だと意外に暗かったのですが、その場にいる人、全員で協力して不織布をかけて守りました!!
 普段は事務仕事だったり、台所だったりで、一緒に作業をすることがあまりない人も、二手には分かれたけれど、みんな居てくれました。
 そのことが、すっごく嬉しかったです。野菜に何か危機があるのならば、私たち全員で守ります、夜とかも関係ないです、と皆で1つになって協力して野菜を守れたこと、協力できた事がとても嬉しくて安心感を感じました。夜でもなんでもみんなで1つになって協力して野菜を守りに行ったこと、日常ではそれぞれが分かれて作業を進めているけれど、いざとなれば大きく1つになって協力できること、本当にそのことが強くて最強だなと思いました。普段やることは違っても、同じ心を持った仲間がいる事が本当に嬉しくて幸せだなと思います。こうして、急な時でもいざとなれば1つになれる強い仲間がいる事を実感したころから、安心感が夜の畑の出来事から生まれたのかなと思います。今、なのはなで同じ志をもった大好きな仲間たちと一緒に過ごせる毎日が、私にとって宝物です。