4月8日
今日は、田んぼの肥料入れDAY!!
〇隣にいてくれるから
先頭の人がまいて、後はバケツリレーで田んぼの肥料入れをしていきました!
バケツリレーで、私はふみちゃんとゆかちゃんの間に居ました。
よし、牛肥がはいったテミのバケツリレーが始まりました!!! ふみちゃんとゆかちゃんに、「はい!」「はい!」と掛け声をかけて渡していく感じがとっても楽しかったです。
掛け声をすることで、なにか1本の糸のように、1つにつながっている感じが凄く心地よかったなと思います。疲れた……って思っても、前後にふみちゃんと、ゆかちゃんがいてくれるから、よし! 走るぞ! とがんばれたし、疲れが楽しい! と本気で思えました(笑)
自分が歩いたら、前後の人が大変だから私もがんばるんだ、カバーできるぐらい頑張るぞ! と大好きな仲間が一緒にいてくれたからそう思えたなと思います。もしも1人だと、絶対に出来ない作業だなと思います。話は少しずれるかもですが、最近マラソンでも本当に感じる事なのですが、誰かと一緒に走ると走れるけれど、1人だとなかなか走れないです。やっぱり隣によくしよう、やりとげよう! という気持ちを一緒にもった仲間がいるからこそできる事って本当にあるよなと思い、私の中では田んぼの肥料入れも、仲間がいないとできないなと感じる作業です。そうして自分の中で、仲間がいるおかげで出来る作業などをするたび、今日ならば肥料入れ。
仲間の存在が自分にとって「柱」なんだと感じました。今こうして、隣にいてくれる人が居ることが本当にありがたい事だなと思います。
〇休憩のひと時
エルフに積んであった牛肥がなくなって、まえちゃんが町川牧場さんに牛肥を取りに行ってくれている間、あぜの所で休憩をしていました(笑)
さんさんと晴れている中、みんなで畔側に座ってなんでもない話をしたり、私が最近感じたゴッホの絵で面白かった話をしているなんでもない少しの時間がとってもあったかく感じました。本当に20分ほどのなんでもない時間だったのですが、その一瞬の時間もなにか包まれている感じがあったなと思います(笑)
話は飛んで、小さなことかもしれないですが、自分の話を聞いてくれる人、話を共有してくれる人が居る事、今は当たり前になってしまっているけれど、それは本当に嬉しい事だよなと感じます。他でも、日常で慣れてしまって何とも思わない事もあるけれど、もっと毎日の生活を大事に、日常を日常に流すんじゃなくて、ちゃんと積み重なっていくようにしよう、心がけようと思います。
〇自分が楽なんじゃなくて、みんなが楽になるように
まえちゃんがある時「自分が楽なんじゃなくて、みんなが楽になるように」という言葉を全体にかけてくれました。それまで、少しバケツリレーがごちゃごちゃして、誰かが頑張って、誰かがあんまり動かない、とかそういう1人の負担の差があったのですが、まえちゃんの声掛けをきっかけにか、個人的な感覚ですが、すっごくスムーズになり、やりやすくなったのを感じました。
誰かが1人がんばったり、誰か1人が引っ込んで楽したりする人が居なくなったとたん、本当にスムーズでびっくりするほどやりやすくなりました。本当に、自分が楽するんじゃなくてみんなが楽になるように、そう思って動くと自分も心も体も軽くなりました!
利他的な気持ち1つでこんなにも心もかわって、やりやすさも変わるのかとびっくりしました。本当に、利他心1つでどれだけ作業の効率とやりやすさが違うかを実感しました。
他の作業でもなんでも、もっと利他的に自分のためじゃなくてみんなのために動いたり考えたりできる人になっていこうと思います!
〇怖さに立ち向かう
今日の最後の田んぼ「滝川、小」そこの最後の最後の肥料まきの際、ふと心の中で、「もう今日の肥料入れはこれで最後なんだ、最後の最後まで頑張ろう、もうだしきっちゃえ」と思いました。それは、以前、集合の質問で、自分を守って動くのがいやって思う人は、自分から意識して動くという事をお父さんが集合で言っていて、私もその傾向がある1人なので、もうだしきっちゃう勢い本気で使い切って疲れてしまうっていうのをやってみよう、と思いました。だけれど、そう思った時、他の事を考える隙もなく、とっさに頭にこう言葉が走りこんできました。「だけれど、もしかしたら、この後に何かあるかもしれない」予想外の事がまだあるかもしれない、そう頭の中に言葉が駆け込んできました。その時、はっきり感じました。自分は疲れ切る事、体力を全て使い切ってしまう事に恐怖がある。その恐怖をこれまで実際に、実感したことはなかったです。なぜならそれほど動く作業が最近はなかったから。だけれど今日、田んぼの肥料入れで、疲れてきてあと少しで体力が使い切ってしまうっていう時、体力が全てなくなってしまう事がこわい、その恐怖を実際に隣で、直近で感じた気がします。実際その後も、ちゃんと動こうと思ってそのまま何も変わらずに動いていました。
自分は体力をすべて使い切ってしまう事が怖いという事を実際にはっきりと自覚できてよかったです。一瞬、本当に恐怖を感じました。だけれどそれにはっきりときづいたには、その怖さに本気で立ち向かって自分から怖さに近づいていって、ずかずかと怖さをぶっ壊していく、そういう気持ちに切り替えます。もうなのはなでは、自分を襲ってくる人はいないから、体力を温存しておく必要はない、守る必要はない、ここではもうそう自分を責めてくる人、攻撃してくる人はいない。頭では理解できるしわかるけれど、やっぱり心のどこかで動きたくないとか、そう思ってしまっている病気があります。だけれど、それは守りから来ているしょうもない、つまんない気持ちでそんな気持ちには耳を傾けないで自分を動く方向へと、怖さに立ち向かい怖さを壊す方向へ自分を持っていきます。
