3月10日
・塩糀卒業式
20日ほど、チームのみんなと見守ってきた塩糀が、今日瓶詰めされました。糀メンバーになってから、一か月くらい。米糀から育ててきて、長かったようであっという間でした。
塩糀の見回りのときは、毎回、変化していく香りをかぐのが至福の時でした。ひろこちゃんやなるちゃんが教えてくれて、栗のような甘い香りになるまで、大事に見守ってきました。温度管理も、行火を使ったり毛布をかけたり、いろいろと手入れしました。
4つのタッパーに分けて、出糀をした時間によって変化があるのか、ひろこちゃんが研究者で、それが知りたいと言っていました。でも本当に違いがあって、塩糀に適した時間として出糀した糀のものが、一番塩糀に適している、とお父さんに言っていただきました。
最後の日はチームみんなで、塩糀を混ぜました。その時間、幸せを感じました。『塩糀菌太郎』と名付けられて、大切に育ててきた塩糀。少し寂しいけど、「終わりじゃなくてここからが始まりだね」とみんなで、朝瓶詰め作業をしました。たくさんの方の手に渡ること、なのはなでみんなといただけることが、うれしくて、楽しみだなあと思います。
・ミーティングの締め、また大切なものを得られた
2026年のミーティングが、今日終わりました。お父さんお母さんのお話、そなちゃんの日記。聞かせてもらって、本当によかったです。
ミーティング中、私は大切な気づきをしました。でも、それが、100パーセント自分に落とし込めたか、100パーセント抜けられたか、というと、そう断言できていなかったかもな、と思います。しかし今日、それにけじめがつけられました。
私は、過去の思い出が大事でした。自分が頑張ってきたこと、努力してきたこと、つらいことも苦しかったことも、刻み込んでおく必要がありました。忘れたら、自分のそういったことが失われる、という虚しさがあったのです。なかったものになることが悲しくて寂しかった。
でも、そういうものに固執していたから、自分の首を絞めていた。能力が高い、できる人。そういう自分をつくってきた過去があるから、そういう自分でないといけない、そういう自分でいるには利己的になっているしかなかった。
今日、お父さんお母さんは、「そういう過去のことも、負った傷も、みんなで共有したから、覚えておくから。だから忘れていいんだよ」と言ってくださいました。だから私はもう、過去にすがって利己的になる必要がなくなったし、そういう生き方をやめようと思います。利他的な生き方の方が魅力的。だれかを助けられる、守れる人になろう。
なのはなにいられて幸せです。お父さんお母さんみんなに出会えて幸せです。自分が希望をもって、生きることに対して前向きになれたことに感謝。私なんかが、こんな生き方を見つけたから、大丈夫だよ、と、苦しい人に希望を与えられる生き方をし、治り続けます。
