9月11日
一休符入魂! 私の合い言葉です。一音入魂だけではなくて、休符の静寂にも入魂すべし。サックスアンサンブルの音源を聴いているとき、音が止む一瞬に心を動かされました。それから、自分がこれまでどれだけ休符をおろそかにしていたかということと、休符にこそ音楽が宿るということに気がつきました。
そのことをまちちゃんにお話したら、共感してくれて、食事の席で話したら、一休符入魂に共感してくれる人がたくさんいてくれて、より、一休符入魂という言葉が好きになりました。かにちゃんが、『一付点入魂』という言葉をコメントで話してくれました。音楽には一瞬たりとも休みはなくて、その厳しさが聴く人の心を動かすのだと思いました。
しかし、私には気持ちの粘りが足りず、演奏中に緊張感が抜けてしまう瞬間があり、もっともっと修行が必要です。
トロンボーンと音楽にあふれた毎日が楽しいです。トロンボーンやアンサンブルに向かって奮闘していると、自分の音楽に対する理解の浅さや、優しさが欠けているところを感じて、悔しい思いや悲しい思いをすることがたくさんあるけれど、そのぶんだけ、私は今、成長過程を走っているところなんだと確かに感じられて、生きているんだ! と感じます。
トロンボーンのパートリーダーをしているとき、まちちゃんにとても助けられています。最近、トロンボーンをみんなと練習していて、偉そうかもしれませんが、まちちゃんの上達がすさまじいと感じていて、私も頑張らなくてはと、気合いが入ります。数日前とは見違えるように、音が前に出ていて、なにより、練習に対して前のめりだから、一緒に練習する毎日が、毎回発見があって楽しいです。
昨日は、半日練習時間があったのですが、半分近くの時間は、楽器を吹かずに、歌っていました。まずは理想をはっきりと持ち、どんな音でどんな風に吹きたいかを、まずは本気で声に出して歌って、納得がいかなかったら、こういう理想があると話して、理想の歌い方ができるまで歌って、歌えるようになってからはじめて楽器で吹いて、というのを、楽譜を細かく区切りながら繰りかえしました。
楽器を吹く時間はいつもより短かかったけれど、確実に、理想に近づけた、濃い時間でした。なかなか理想通りに歌えなくて、OMTみたいに、どう陰影をつけたいかを話しました。単純に、ここは大きく、ここは小さく、と吹くものじゃなくて、一音一音でも違って、ひとつひとつを緻密に吹きたいという気持ちを話しました。
まちちゃんが、「一音入魂だね」と言ってくれて、私はすかさず、「一休符入魂だよ!」と、言いました。そこで、一休符入魂という言葉が生まれました。
まちちゃんやトロンボーンのみんなと一緒に練習していて気がついたことが2つあります。ひとつめは、理想を持って演奏していたら、まだ理想には届いていなくても、理想を持っているというだけで音が魅力的になるということです。
まちちゃんと、曲の中の一箇所を切り取り何回も練習していたときのことです。軽やかに吹きたいと話をした後、また同じ箇所を吹いて、そのとき、まちちゃんは、軽やかに吹こうと強く思うあまりに音を外してしまったのですが、軽やかな音のイメージを持って、その理想の音を吹こうとしているのが、音からも伝わってきて、その音を、魅力的に、とても尊く感じました。
逆に、何も理想を持たずに流して吹く音は、破綻がなかったとしても、はっきりと、音に気持ちがこもってないことがわかってしまって、魅力がなくてつまらない音になるということも、自分がリーダーとしてみんなの音をよく聞く中で、気がつきました。
だから、私も、理想をハッキリと思い描き、イメージを持って吹かなくてはいけないと、気持ちが引き締まりました。
もうひとつは、休符の静寂のときにこそ、心の声が、聴く人にも聞こえてしまうということです。まちちゃんと、楽譜の中のある一箇所に、大切にしたい四分休符があるので、その四分休符でしっかりと静寂を作る練習を、たくさんしました。そこに一番こだわりました。少しでも、まちちゃんの心にざわつきがあったら、伝わってきました。それでは、音はやんでいても、心のざわつきが騒音になって音楽の邪魔になってしまいます。この静寂は、音は吹いていなくても、音楽なんだ。その気持ちを熱く語りました。まちちゃんに熱く語ることで、私は、一瞬たりとも気をゆるめることなく自分に厳しく音楽をするんだと、自分自身に誓いました。
何回も繰り返すうちに、本当の美しい沈黙を感じる瞬間があって、そう! それを、何回やっても一ミリの狂いもなくできるように成長したいんだ! と、喜びました。
ずっとずっと、トロンボーンについて語りたくて、日記に書きたいことがたまっていたので、書けて嬉しいです。もっともっと、アンサンブルのこととか書きたいことがたくさんあります。しかし時間になってしまった!!
