9月21日
音楽室が、愛情でいっぱいだ。えりさちゃんに向けて『オぺラ座の怪人』と『ボへミアンラプソティ』を演奏しているとき、そう感じました。聴く人と、聴く人に届けたいという気持ちとの間にある音楽。今まで練習してきた2曲が、はじめて、音楽として小さく産まれた瞬間でした。コンサート本番で本物の音楽にするのだから、これからみんなと育てていくんだと、決心した日でした。
『オぺラ座の怪人』を2回、演奏しました。1回目は、透明に美しく。2回目は、破綻した演奏を。1回目は、どこまでも心をまっさらにして、もっともっと美しく、という気持ちで吹きました。
2回目は、破綻をすると言っても、音楽は美しくなくてはいけないので、美しく破綻したいという気持ちで吹きました。お父さんの言う破綻とは、自分のことしか考えないような利己的なものではない。聴く人に感動をあたえたい、プラスの心の動きをあたえたい、そのための破綻であって、利他心の破綻でなくてはいけないと思いました。
自分を守って、自分にこだわって、自分の音を確かめるのではなく、むしろ自分を捨てて、美しい音楽を作ること、ただそれだけしか心になくて、自分は素材のひとつになる。それが私の思う美しい破綻だ。求める音のためならなんだってする。そんな気持ちで吹いていたら、一緒に吹くみんなと気持ちで繋がっているのを感じ、音楽が楽しくて楽しくて仕方なかったです。
えりさちゃんが言いました。
「1回目は、みんなの志の高さを感じて、みんなのことを誇りに思った。2回目は、泥くささを感じて、誇りに加えて、安心を感じた。みんなと一緒に戦う仲間なんだと思った」
えりさちゃんがなみだを流してそう言ってくれて、確かに私たちは仲間なんだと、そのことがほこらしくなりました。
言葉はなくても、音でうったえることができる、心意気を音にのせたなら、それに共感してくれる人は必ずいる、そのことに希望を感じました。
私は泥くさくしか生きられないけれど、それが誇りです。ちゃんと生きたいと思うだれかのために、私は今日も泥くさく生きます。
