4月8日のなのはな

昨日は初の津山中央看護専門学校への登校日。
オリエンテーション、実習着の採寸があり、今日は入学式がありました。
まず私達がこうして学生の立場であれること、学校へ通えるということ、それは奇跡のようなことで、1年半前の私には予想も出来ないような事でした。
ここから新たな場所で自分を磨いていくこと、そのような機会を与えていただいていること、お父さん・お母さん、なのはなファミリーに来て180度変わった私の人生。その責任を私は自分の生きる道で生きる姿勢で、報います。

昨日のオリエンテーションでは、先生方との初の対面で学生の心得についての確認をしました。
初めの講義は基本的な服装や身だしなみについて、接遇のマナーについてというものでした。
身だしなみは、その人の仕事に対する責任を表すもの。
この髪型似あうかな、この服の着こなしで自分は良く見えるかな、そういう考え方ではなくて
この髪型で清潔感を相手は感じられるか、この服装、身なりで相手は安心してこちらに身を任せてくれるのか
自分基準ではなくて、”相手”がどう感じるのか。その事を聞いて、それこそ利他の心だと思いました。
その時に看護という世界と利他心の繋がりを感じたと共に、これから看護の学びを深めていくことへの大きくて深い歓びを感じました。
誠実で簡潔な言葉遣いをすること、あいさつを欠かさない事、仮に挨拶を返さない人がいようと
「私は自分から挨拶をする」そんな姿勢をもつ事。先生の潔いご指導の声に背筋に伸びて、気持ちがしゃきっと引き締まりました。
今は生徒と共に先生も、だれてしまったり、悪いほうに流れて、学校が緩い空気になってしまっているというケースも多い中、こうしてハッキリとダメな事はダメだと。オシャレなんてこの道を選んだからには諦めてくれ。というようなお言葉が、気持ちがいいほど潔く、清々しく、どこかうれしい気持ちになりました。
別に、キラキラしたものなんて私たちにはいらない。ちょうどbeautiful peopleの歌詞がふと頭に浮かびました。
そうそんな見かけだけのものは必要ない。私たちが求めているのは、誰かの助けになる、という事につきます。
究極、摂食障害になった私たちに必要なものはその事だと感じます。


オープンキャンパスに行った日、入試の日に続いてこの日も雨でした。私たちは雨女だねと話していたけど、入学式の今日は快晴に恵まれました。スーツを着て、パンプスを履いて、二人でお決まりの荷物チェックも。
まだまだ緊張感はありますが、自分たちの手でハンドルを握り、無事学校に到着。
式典は午後から、昨日同様今日も予行練習がありました。学生証用の写真撮影を終えて、教室でお弁当を頂きました。
その後は3年生の方々コサージュをつけていただいて、体育館へむかいました。


祝辞のお言葉を聞いて、学校の式典で私はこんなにも胸がいっぱいになったことはなかったのですが、今日は一つ一つの言葉がすごく心にしみて、私はこれから看護を学び、まだ見ぬ誰かの力になれる、そういう未来があるのだと他人事ではなくて、本当に自分事としてそれを実感することができて、心の底から大きな喜びを感じました。自分の可能性を見出すことができ、夢と希望を持てて、視界がぱっと開けて明るくなったようでした。
決して何もこれは特別なことではなく、驕りの気持ちを持ってはいけないし、してあげる側には立ってはいけない、一つ上の段に上って上から見る人にはなりません。いつも謙虚に、頭をたれて。



式が終わり、写真撮影のため壇上に上がると、お父さんの姿が見えました。
ちゃんとしたい気持ちが行き過ぎて肩があがり気味だったところ、少し気持ちがほころんで
心が軽くなったような思いがしました。これから通う学校にお父さんも来てくれた事がとても
嬉しくて、今日はいい日だったなと思います。まだまだ書き足りないですが、ここで区切ります。

この節目を大事に、これから、気持ちはこれまでとは何も変わることはないですが、泥臭く、真面目に、焦らず、目の前のことに誠実に取り組み、救急科で働く看護師になりたいです。
(そな)
***

桃の人工授粉は、今年からダチョウの羽の毛ばたきを使うようになってから、時間が5倍速ぐらいに速くなりました。去年までは、梵天を使って、脚立に乗りながら、一つ一つの花の雌しべに花粉をつけていたけれど、ダチョウの羽の毛はたきは、大きさが梵天の10倍ぐらいで、柄に竹を取り付けて延長すると、脚立を使わなくても、一番てっぺんに咲く花まで届いて、脚立に登り降りしなくていいだけでも、とても時間短縮になりました。
また、毛はたきは、とても柔らかくて、きめ細かいので、触っても花が落ちたり傷つくことはなくて、枝を撫でるように振るだけで、一気にその枝に咲いた花に受粉させることができます。とても画期的なアイテムで、これまでなんで考えつかなかったのだろうと思うぐらい、桃のスケール感にぴったり当てはまっていて、今では欠かせない道具になりました。

桃の樹は16品種あり、品種によって、開花の速さが違いました。一番速かったのは、『白皇』という品種。その次に速いのは、『白麗』『さくらピーチ』。これらはどれも晩生の品種で、一番最後に収穫できる桃です。それなのに、開花は速いのがとても不思議だなあと思いました。糖度が高いのは、開花から収穫まで、かなり時間があり、そのためにじっくり成長していくからなのかもしれないと思いました。
今日は、4巡目の人工授粉に回りました。白皇は、もう全ての花の花びらが散って、がくだけになっていました。がくは、星形をしていて、赤くて、真ん中に雄しべと雌しべが付いています。花が散った後も可愛くて、ホタルイカのような見た目をしています。
展葉し始めていて、これまで桃畑は一面ピンク色だったのが、今はぽつりぽつり、赤と緑が混じって、それもまた綺麗だなと思いました。

白皇は散っているけれど、まだ『なつごころ』などの中生品種は、今が満開の樹もあって、とても良い時期に、人工授粉が出来て良かったと思いました。人工授粉を時期をずらして4巡したことで、開花が早い品種も、遅い品種も、ベストタイミングで一回は受粉が回れているので、安心だと思いました。また、開花している期間で、すっきり晴れた日が何日もあったので、今年は受粉が成功していたらいいなと思います。
品種の中には、花粉が多い品種もあれば、花粉がとても少ない品種、花粉を作らない品種もあります。そのため、花粉が少ない、または無い品種は、他の品種の花粉をつける必要があります。
それに該当する品種が、『おかやま夢白桃』『浅間白桃』、『川中島白桃』で、この3品種は、隣の白鳳や白皇などの花粉の多い品種に毛はたきで花を触ってから、人工授粉をするようにしました。

桃の花には雄しべと雌しべがあって、真ん中に雌しべ、その周りに雄しべがあります。雄しべの先端の葯に黄色い粉の花粉がたくさん入っていて、咲き始めの時は赤色をしていて、咲き始めてから時間が経ってきたら、自然と葯が開いて、花粉が飛び出す仕組みになっています。その時には、もう葯の色が黄色になっていて、花粉が内側の花びらについていたりします。花粉がなかったり少ない品種は、花を見ても、葯が透明で、黄色い花粉がないことが分かります。また、雌しべの柱頭が、雄しべよりも長く突き抜けているので、これでは受粉がしづらいだろうな、と思います。そんな風に、品種によって花の作りによっても違いがあることが面白いなと思います。
花粉を持っている品種は、自家受粉できる能力はあるのですが、この頃は受粉を助けるミツバチが少なくなっていることもあり、花粉を持っていても受粉が上手くできなくて、結実が悪くなったり、変形果になったりと、収穫に大きなダメージがあります。そのため、全ての樹の人工授粉をします。

ミツバチになったつもりで、花を毛はたきでサーッと撫でていくだけです。これで、本当に受粉が出来るのか。花粉は目に見えるか見えないかぐらい小さいので、ちゃんと雌しべについているのかどうかとても不安になります。外からは何をしているんだろう、と分からないぐらい、見えないものを見る作業です。どうか、受粉が上手くいきますように…!!と願うしかありません。
毛はたきの先を見ると、羽の隙間に、点々と黄色い花粉が付いているのが見えます。また、花の甘い香りもします。そのため、きっと花粉をつけられているのだろうと思います。

一本一本の枝を追って毛はたきで撫でていると、桃の防除をするときの身体の使い方に似ているなと感じていたら、なつみちゃんとつきちゃんも同じことを話してくれて、やっぱりそうなんだ、と思いました。防除の時も、一本一本の枝に沿ってかけているので、持っているのが毛はたきか、動噴のノズルかが違うだけで、本当に同じでした。防除で、どの距離感、立ち位置に立つと届きやすいのか、どの角度からが一番いいのかを考えながらぐるっと樹を一周するように、人工授粉も同じで、ただ一つ違うのは、力加減で花に届かなかったり逆に傷めたりするので、それは少し難しいと思いました。


ふと顔を上げると、一緒に作業しているメンバーが、ピンク色に染まる桃畑の景色に溶け込んで、ひらひら舞い落ちる花びらの中作業している姿が、本当にきれいだなあと思うし、どこを見ても綺麗なので、心が癒されました。散ってしまうのが切ないなと思いました。上を見上げると、雲一つない青空に、ピンク色の桃の花が浮き上がって見えて、こんなに当たり前のように、規則正しく、綺麗なものを作り出せる自然は凄いと思いました。桃の花は、咲き始めは花びらが薄くて、時間が経つにつれて、ピンク色が濃くなってくるのも不思議だなあと思います。枝を見ると、薄ピンクと濃いピンクの花が混じって咲いているのも、綺麗だなと思いました。
もう少ししたら結実しているかどうかわかるようになります。どうかしっかり結実していたらいいなと思います。

人工授粉していたら、時おり吹く風が、ものすごく強くて、そして冷たくて、最近は感じなかったぐらいの肌寒さを感じました。夕方近くになると、毛はたきを持つ手が、また冬のようにかじかんでじーんとなってくるぐらいで、緊張感が高まりました。霜が降りる予感がしました。
よく晴れた日の夜は、放射冷却によって、霜が降ります。今日は、午前は雨が降っていて、午後からは、とてもすかっと晴れました。午前雨が降ったことで地面が湿っていて、そんな日は霜が降りないのではないか、というのと、予報では気温は3度までしか下がらなくて、また上空の温度も0℃なので、大丈夫、と夕方の時点では踏んでいました。
でも、さくらちゃんが外気温を夜7時に見てくれた時に6℃で、この前霜注意報が出ていた日の夜9時の時点の温度にもう達しているということと、上空の寒気の予報も変わって、明らかに寒いので、これは霜対策をするしかない!全員で、野菜と梅、桃の霜対策をしました。

野菜は、定植したばかりのズッキーニ、トウモロコシ、レタスを回り、上からべた掛けで不織布を掛けました。梅は、薪を束ねて作ったスウェーデントーチを樹と樹の間に一つずつ設置しました。桃は、散り終わった白皇8本のみ、燃焼資材を詰めた一斗缶を用意し、設置しました。
桃の霜対策をするのは、3年ぶりで、とても緊張しました。配合を思い出して、3年前に作った配合で作りました。廃油、灯油、米ぬか、もみ殻、鉋屑…。今日は8本だけだったので、全部で24缶、材料はたくさんあり、すぐに作ることが出来ました。
桃は落花直後が、一番寒さに弱い時期になります。まだ、花が咲いている時期の方が寒さに強くて、(たったの1℃の差ですが)白皇は、危ない時期に当たります。晩霜に当たると、これから作られる実が全滅することもあり、ものすごく霜はダメージがあります。
夜4時、さくらちゃんが梅林の外気温を測ってくれた時には、-0,6℃で、霜対策に、さくらちゃんとふみちゃんと出動しました。

梅林は、夜の空気が体を刺すように冷たくて、地面がキラキラしていたので、霜が降りていました。まず、設置したスウェーデントーチに火を付けました。薪の上に丸めた新聞紙と、その上に灯油をかけて、火を付けます。すると、一気にボーー!と炎が上がりました。梅林に点々と置いたスウェーデントーチに炎が上ると、梅林に一列に灯篭が置かれているような、幻想的な景色になりました。

火を付ける目的は、火で空気を温めることではなくて、火を付けることによって、煙があがり、空気が動くことで霜から守ることができます。これが、ものすごく不思議だし面白いなと思います。火を付けると、煙も上に上にもくもくと上がっているのが見えて、安心しました。梅の樹が、もくもくした煙に囲まれていて、守られていいることを感じました。
次に、26アールの桃畑に向かいました。普段、明るい時に行く桃畑とはまた違うオーラがありました。真っ暗な中で、より桃の樹の存在を大きく感じたような気がしました。
桃畑は、一斗缶に火を付けました。火がちゃんと付くかどうか、ドキドキしました。でも、トーチで一番上の鉋屑に火を付けると、一斗缶の高さを越えるぐらいに勢いよく燃え上がり、その後も消えることはなさそうで、ほっとしました。

白皇は一本につき、3つの一斗缶を置いたので、抜けなく守れたような感覚がありました。暗闇に、オレンジの光が浮き上がって、ゆらゆら揺れている光景が、霜対策でしか見られない光景で、寒さも忘れるぐらい、ずっと見入ってしまうぐらい綺麗だなと思いました。
桃畑を回って、梅林に戻るときには、もう空に赤みがさしていました。午後5時。地平線付近が黒と、藍色と、赤とでグラデ―ジョンになっていることがとても綺麗だと思ったし、もうすぐ日の出なんだ、と思いました。もう太陽が出ると、霜が降りることはないです。太陽がとても心強く感じて、空に向かって拝みたいぐらいでした。

梅林に戻った時は点火してから30分後ぐらいだったかなと思うのですが、火が薪に燃え移って、束ねた中心から、炎が静かに穏やかに上がっていました。消えかけているものも少しあり、また灯油を垂らして火を付けなおすと、また勢いよく燃え上がり、息を吹き返したようになりました。
スウェーデントーチを作っていた時に、さくらちゃんから、薪を束ねる時、なるべく隙間が小さくなるようにする、ということを教えてくれました。隙間が小さかった束は、30分経ってもそのまま綺麗に直立していて、内側から薪が炭になって行っていました。隙間が大きかったものは、燃えるにつれバランスを崩し、倒れていました。倒れていて大丈夫か…!と思ったけれど、火を見ていると、一向に燃え広がる気配はなく、少し安心しました。

スウェーデントーチの燃え上がる薪を見ていると、内側にメラメラオレンジ色の炎の影ができていて、本当に綺麗でした。暖炉の中を見ているような気分になって、心がほぐれるような気がしました。


明け方近くになると、辺りも薄明るくなってきていて、それまでライト無しでは怖かった道も、ライトなくても歩けるようになりました。日の出まで、あと少し。梅も、桃も、守られました。「もう大丈夫だね」さくらちゃんとふみちゃんと言いあって、古吉野に戻りました。


日も出て朝になって、野菜や梅、桃を見た限りでは、今朝の霜から守られました。規模の大きな作物を守ることも、大人数の力があるからできることだし、強みだと思いました。あと約1か月、ゴールデンウィークを過ぎるぐらいまでは、霜が降りる可能性があるので気が抜けないけれど、みんなの力があれば、怖くないなと思います。小さな野菜の苗たちも、桃や梅の実も、これからも守り切りたいです!
(りな)
***



