「利他心でしか生きられない」 つき

8月29日

 昨日のことになってしまいますが……昨日は、みんなから誕生日のお祝いのコメントをたくさんいただいて、本当に嬉しかったです。みんなの言葉が私にはもったいないくらいでした。自分が摂食障害から回復していって、今みんなの中で安心して、前向きに毎日を生きていられることは決して当たり前ではなくて、本当に私はなのはなファミリーに出会えて幸せ者です。

 今私は、謙虚であり続けようと、自分を戒めながら、舞い上がらないように、しっかりと気持ちを持っていないと、すぐに調子に乗って逆戻りしてしまうと思います。仕事に行っていても、そうしないと本当にすぐに足を引っ張られてしまうと思います。でも、毎日なのはなに帰ってきてみんなの中にいたり、なのはなのホームページを見ているから、私は外に行っている時もずっとなのはなの気持ち基盤でいられます。だから仕事となのはなの境界線はなくて、どちらも自分を成長させる場であり、鍛えていく場で、利他的な気持ちを実践につなげ広げていく場です。それが少しでも崩れると、何かがうまくいかなくなります。いつも自分の気持ちは一本。裏も表もなく、いつどこにいても同じでありたいです。

 お母さんやあゆちゃんのコメントを聞いていて、自分では思ってもなかった言葉もあったので少し驚きましたが、こんな私でも少しは役に立てていたり、助けになれているんだ、と思えて、とても嬉しかったです。やっぱり私はなのはなの中でみんなに良い影響を与える存在でありたいし、お父さん、お母さん、スタッフさんにとって、微力でも力になれたらと願っています。でも自分の未熟さから、そんな大きなことはできなくても、気持ちだけでも、小さなところでも自分にできることをしていこう。それが、お父さん、お母さんも含め、なのはなファミリーにいる全員のためになったらいい。自分にとっても自分を成長させるものになり、ちゃんとこれからの社会を作っていく1人として、未来につなげていける自分の力を付けていけたらいいと思っています。
 なので、あゆちゃんが「いつも同じ気持ちでいてくれる」、と言ってくださったことがすごく嬉しかったです。私の願いや思いが通じているんだと感じました。どんなに未熟でもそういう気持ちは持てます。自分の力はこれからもずっと付けていきます。
 お母さんから言われたことの中の1つで驚いたのは、「つきは頭がいい」という言葉です。私は勉強も普通にしかしてこなくて、頭の回転も遅いし、なのはなに来てからも頑なで、理解が遅くて、成長も遅いので、自分は頭が悪いとずっと思っていました。お母さんが言っているのは、勉強ができる頭の良さではないです。だからこんな私でも頭がいいと評価してくださっているのだと思います。その言葉はその通り受け取って、その続きの言葉が一番重要。
「頭が良い人は利他心でしか生きられない」
 私は利他心でしか生きられないんだ。自分でも心からそう思います。でもまだまだまだ利他心でいられていないです。ちょっとした場面でも、人が助かる方を選択する。日常のふとした場面で、自分優先になっている瞬間がたくさんあります。利他心は、自分が利他心の人になると決めたらその瞬間から利他心の人なんだ、と以前お父さんが話してくださったことがあります。この誕生日を節目に、私は利他心の人になります。利他心修行中の利他心の人。失敗することももちろんあるけれど、方向性はいつも利他心。利他心でいっぱいの人になることが一番の目標です。それが私の生きる道です。利他心でしか生きられないなんて、とっても幸せです。やっぱり、摂食障害になってよかったです。
 私が摂食障害から回復していくのは、どこまでもまだ見ぬ誰かのため。私は利己的な社会や周囲の環境に耐えられなくて、自分の望んでいる生き方とはまるで違って、それが苦しくて摂食障害になりました。今過去の自分を客観的に見ても、どの瞬間が苦しかったのか、ということがよく見えてきます。それは全部利己的な周囲の行動だったり、自分がそれに添わなければいけなかったときでした。
なのはなに来てからのことを振り返ってみても、利他心を教えてもらって、それを実践できていないときは自分でいくら誤魔化していても苦しいまま。実践できた時は前向きになれていました。
 明らかに、私は利他心でしか生きられないです。そうか、利他的に生きられますように。と毎日願いながら、魂を磨いて生きていきたいです。それが、まだ見ぬ誰かのためになるのだから、諦めないで利他心の人になっていきます。

 本当にありがとうございました。