「幼い頃の自分が救われて」 みつき

8月4日

●ハウスミーティングの答え

 ハウスミーティングが終わって校長室から出て、しばらくしてからじわりと涙が出てきてしまいました。お父さんが質問で答えてくださった言葉が、その通りだった、それが自分が今までずっと、気が付いてほしかった、理解してほしかったと願っていたことのひとつだったのだと思えてきて、とても嬉しくて安心した涙だったと感じました。

 自分が幼い頃から周りの人に感じていた、行き過ぎた怒り。行動に移す、実際に手を出すことはしなかったけれど、もしかしたらいつか爆発して大変なことを引き起こしていたかもしれなかったです。なぜ、そのように感じてしまうのかについて、お父さんが答えてくださいました。
 わたしは総合的な判断とか、統合したり広く考えることはできなくて、ストレートに怒りが高まっていたのだと分かりました。
「嘘もつけない、ごまかしたりもできない。正しいことを大事にしたいと強く思っていたんだよ」
「子供は公平心がとても強いです。自分も公平にしてほしいと思っていたんだよ。
 それなのに、平気で嘘をついたり、上手くごまかしたり間違っている人が居て、間違った方向に立って色々と反論されたら、腹が立つだろうね」

 その言葉がぴったり当てはまっていて、あまりに共感できてしまって、頷くのが止められませんでした。なんでなのか、これはおかしいのではないか、正しくないんじゃないか、そうやって疑問に感じたり、不服に感じたりしたけれど、分かってもらえることがなかったです。
 わたしが怒りを感じることは、他の周りの人にとっては、何が気に障るのか、何がそんなに腹を立てるのか……。それは特に何でもないこと、まったくもって理解できないことだと、いつも首を傾げられていたように思います。
 また幼い頃の残念だった自分が救われ、楽になっていきました。
 お父さんが、みんなが分かってくれているから、もうこのどうしようもなかった悲しい気持ちや悔しい気持ちは、持たなくていいんだと分かりました。そして、完全にとは言えないのですが、ちょっとアスペルガー要素が強い、凸凹のこんな自分の存在を受け入れて、許していいんだ、と思えたような気がします。
 嬉しかったです。ありがとうございました。
 
 
●散水部隊
 
 朝、ピーマンの水やりをさせていただきました。
 この間にみんなと追肥、中耕、そして土寄せまで行ったので、綺麗でふかふかの畝に水やりができるのだと思ったら、わくわくして、昨日の晩から楽しみにしていたのです。
 
 お父さんがプレゼントしてくださった散水部隊ポシェットをぶら下げて、今日の水やりは、やる気倍増! で畑に向かいました。(ポシェット、身に着けているからすぐに取り出せて、すごく重宝します! ありがとうございます)
 思う存分に水をやることができて、楽しくって、やりがいいっぱいの水やりでした。
 畝の上に水をやると、すうっと水を吸い込んでいくので、吸い込まなくなるまで、溢れそうになるまで、水をやり続けました。土の質が変わって、しっとりとしたピーマンの畝を見ていると、とても嬉しかったです!
 ただ、お父さんがお話されていたように、もっと繊細に、慎重に考えて、水やりをしていかなければいけないなと感じました。豆だったら花を落とさないように、ナスやピーマンは根っこを露出させて、土を流さないように……。エンジンポンプの出力の強さや、どのくらいシャワーヘッドを近づけるかどうかまで気にかけて、少しでも多くの量の水を時間内に与えられるように、もっと成長していきます。毎日、同じ野菜の水やりをさせてもらえるのだから、毎日進化させて、違いがわかるように、効果が出るように役目を果たします。
 このように、水やりを通して自分自身の課題が見えてくることに、悔しさや恥ずかしさもあるけれど、めげずに改善していきます。
 
 
 午後、雨がぽつぽつと降ってきました。
 あまりに久々の雨だったので、目を疑ってしまって、何度も目を凝らして雨が降るのを確かめてしまいました。
 そのときサトイモに水やりをしていたのですが、あまりにも弱い雨で、地面も湿っていかない。地面に染みわたる、野菜に行き届くような雨が降ってくれることは、本当に有り難いことなのだなあと感じました。散水部隊に入ってから、どのくらい水を与えなければ地面や、畝が湿っていかないのかが分かるようになって、『恵みの雨』というのをつくづく感じました。水やりを続けて、できるかぎりで頑張ります。
 ……けれど、まだあきらめず、逆さてるてる坊主を作ろうと思います! 昨日の晩にお父さんてる坊主を子供玄関に吊るしたのですが、早速今日効いてくれたので、次はお母さんてる坊主を隣に吊るそうと、まりちゃんと企んでいるのです。おやすみなさい。