3月3日
私だけは、治れない。例外的な摂食症の人かもしれない。依存を手放すことはできないのだ。
そんな気持ちがいつもうっすらとあったのが事実です。
なのはなに来てもずっと、自分だけは違うかもしれない、と思い続けてきました。
今回のミーティングで、そんな甘え、間違った思い込みに終止符をが打てました。
ミーティングを受ける前、お父さんに「ミーティングが始まるのが怖い」と相談していました。
自分の回復度合いが遅いこと、依存が根強くあることを痛感するのが恐怖で、それをお父さんお母さんや、チームの人に知られるのが恥ずかしいと思ったからです。
それを聞いてお父さんは、「分かったふりをすることの方が余程恥ずかしいこと。それに、『治れないかも』と思ってミーティングに挑んだら、100パーセント治りたい気持ちで受けられなくて、30パーセントの力しか出せないよ」と教えてくださいました。
それを聞いて、中途半端に「分かりました」と言って逃げない、治れる前提で、全力で立ち向かうことを心掛けました。
今年のミーティングは、まずは終点から始まりました。利他心で生きるとはどういうことか。お父さんの講義や、ムヒカ大統領・稲森和夫さんの文章などを受けて、感想文を書く。
その時点で、私の心には、まだ自分事としてとらえることができていないような、どこかしっくりこないようなモヤモヤ感がありました。
ムヒカ大統領や稲盛和夫さんが話されていること、書かれていること、すべて素晴らしいことです。自分の利益よりほかの人によかれの気持ちで動くなど、そういうことが述べられている。
でもどうしてだろう、自分がそれをOMTで語り、作文を書きなどすると、きれいごとにしかならないのです。どこか落とし込めていない、空回りしている感覚がありました。
私は、この時点で、まだ「どうして自分は利他心で生きる必要があるか」すら分かっていなかったし、こういう模範的な生き方をする人とは次元が違うみたいな発想がありました。
私は依存が極めて強かったので、利他心を考える前に、自分の依存や症状を考えるOMTをたくさんさせてもらいました。そこでは、同じグループでOMTをしているみんなの体験もたくさん聞きました。どの子の話にも、私が感じたことのある苦しみがありました。
依存によって困っていたこと、つらかった体験。お父さんが、OMTの途中で来てくださいました。
「利他的になれないのは、利己的なのは、依存を手放せないことにすべて起因する。洗脳されているかのように、依存を手放す必要を感じられない」ことを話してくださいました。
ああ、自分はとても難しい状況にあるのだ。「理解したい」「回復したい」という気持ちはあるのに、どうして自分だけできないのだろう…。不安と絶望のような感情。多くの人が、利他心を理解して、希望をもって進んでいるのに、自分だけおいていかれているような悲しさを感じながら、ミーティングの時間を消費してしまっていました。
ステップが次の段階へ進み、いよいよ私の依存の根源に直結する問題を直視することになりました。表向きは前に進みたいと思っていたけど、きっと心のどこかで「利己的でもいいのではないか」「症状があっても、ごまかせる」という甘えた気持ちがあったのだと思います。
だって、利己的でいることは、すごく楽だし、症状を出している状態であれば、普通の人とおなじレベルでいることを求められない。ここで変わりたいけど、どうだろうか、と。
お父さんの講義を聞いて、作文を書いて、読みまわしをして。自分の症状真っ只中の頃の暮らしぶりなどを振り返りました。
でも、何かが違う。私は、何か捨てたくないものを守りながら、書いている。逃げ腰で、ミーティングを受けている。これでは、ミーティングをさせてもらっている意味がない。
「自分の理想の暮らしを書く」というテーマで、ついに「これはいけない」と危機感を覚えました。なぜなら、「理想」を書いているはずなのに、実際に自分が経験してきたこととあまり違いがなかったから。お父さんのところに、話しに行きました。
お父さんは、真剣に、私の現状に向き合ってくださいました。そして、摂食症の原因や、利己的に生きることを正当化しようとする私を、本気で叱ってくださいました。
「その当時どう思っていたかではなく、今なんだよ。利他心のことを学んで、そのときの暮らしを振り返って、それでも利己的でいたいと思うのか。今でも症状の原因となったものに依存しているけど、本当はそれが恐ろしいのだ、怖いんだよ。もう一度よく考えてごらん」
とお父さんは話してくださいました。
その時、私の中で何かが変わりました。オセロの黒が、一斉に白に返されていくように、いろんな感情が覆った感じがしました。校長室で、泣きました。お父さんとお母さんが、私のことを全部理解してくれていることが分かりました。何も分かっていない、こんな私のことも、絶対に置いていくことなく、違うことは違うと、はっきり伝えてくださる。
一番の、心境の変化となった言葉は、「利己的な人を救うことはできないかもしれないけど、利他心を本当に自分の中に取り入れて、自分がちゃんと回復したということを体現することで、救われる人がたくさんいるよ。そういう生き方をしてみよう」というお父さんの言葉です。
そうやって生きたい、と強く思いました。
そのためだったら、生きられる、生きる意欲が湧いてきました。
これだったのか、とすべてつながりました。自分のために、つまり利己的に生きることは、できない。利他的に、誰かのために、生きるのだったら、できると思いました。
「この気持ちを、絶対に忘れてはいけないよ」と、言っていただきました。
その日の、視界が開けたような、過去にすがらず前を向けたような気持ちは、きっと一生忘れません。
その日の翌日のミーティングのテーマは、「欠落を自分自身で認識する」でした。自分の悲しみ・寂しさ・苦しみ・つらさ…。このような感情が生じている原因を書くものです。
来た、と思いました。神様からの贈り物のような、絶好のテーマでした。
これを、昨日感じた気持ちそのままに、ストレートに書き記したら、抜けられる、と思いました。書いているうちに、涙が止まらなくなりました。苦しかったことも、悲しかったことも、つらかったことも、寂しかったことも、全部原因が同じところにありました。恐ろしいほどに、するすると感情がでてきたのです。
自分が今まで見ないようにしていたもの。かばってきたもの。守ってきたもの。それがあふれ出てきました。マイナスな感情やマイナスな体験ばかりを書いているはずなのに、すごく心が晴れやかになって、自分の心のわだかまりがごっそりなくなった感じでした。理解できたのだ、と思いました。
「私だけは治れない、例外だ、手放したくない」は、やっぱり間違いでした。
甘え、守り、利己的…こうした自分の弱さで、まだ症状にすがり続けていた。それによって見えなくなっていただけでした。あきらめなくて、よかったです。
お父さんお母さんが、こんな私でも信じ続けて、「絶対分かる日が来る」と思ってくださっていて、よかった。なのはなに来て、本当によかったと思いました。
自分が頼って、かばって、守ってきたもの。自立なんかしなくていい、過活動などの症状に付き合いながら、利己的に生きていけばいいと、甘えてきたこと。それはもう、私には必要なくなりました。
必要なのは、「こんなにも、治りにくい人、典型的な摂食症の人でも、きちんと回復できる。そのことを示して、今苦しんでいる人の希望となる人であり続ける」ことです。
だから利他心をもって、治り続ける人であろう、と思います。
私は今、未来が楽しみです。今も楽しいです。これから、まだまだ自分の向き合わなければならない厳しい事実に、たくさん巡り合うと思います。でも、生きる意味は見つかりました。だから、大丈夫だと、思います。
お父さん、お母さん。私は、摂食症になって、なのはなファミリーと出会えて、幸せです。
こうしてミーティングをうけさせてもらって、ここまで自分の考え方が変わりました。
今度は、私が、誰かを助けられる人にならないと、と思っています。
