「八百比丘尼」 ほのか

1月1日
 
 明けましておめでとうございます。青空の朝です。
 
 昨日の紅白歌合戦がすごく楽しくて、賑やかで幸せな時間でした。
 朝布団の中で目覚めたときから頭の片側がずきずきと痛いこと、それは昨夜の叫びすぎだ! と気づきました。ほっぺたが痛くなるくらいずっと笑っていて、多分今までで一番はしゃいだ大晦日でした。
 まなかちゃん、つばめちゃん、かのんちゃんと、一緒のチームになって準備した時間も、暖かくて、幸せな時間でした。
 みんな暖かくて、優しくて、包み込んでくれるような包容力があるような、それでみんな一生懸命で、愛おしくなるような、そんなハートフルなチームでした。
 みんなのんびりまったりしていて、わたしがそれに焦ってしまったり、上から目線な口調になったりしてしまったこともありました。歌の練習なんかでみんなが同じようにできないことに対して、なんでできないの? みたいに思ってしまったり、上から目線の態度を取ってしまっていたと思います。まなかちゃんはそういうときいつもゆっくり、その人のペースに合わせて一緒に歌いやすい方法を探していて、その姿勢がすごく優しいなと思いました。そのとき、あ、これはわたしの悪い癖。できない人に対して見下すような、強さを押しつけるみたいな、偉そうなところだな、と反省しました。そういうところを直します。
 
 0からつくりあげることは、非常に難儀しました。はじめはそれぞれがやりたいキャラクターなどを考えて、私はヴァンパイア系の、自己陶酔キャラ、あるいは可愛い女の子キャラ、など、はっきり言って自己満足でしかない役をやりたがっていました。
 それで台本を試しに読んでみるけれど、「はまりすぎてる」と、チームメンバーに教えてもらいました。自分でもそうだと思い、役を変えては、いつもしっくり来ませんでした。そこであるとき、すにちゃんに「あたしたち(すにちゃん)、どんな役がいいと思う?」と聞かれて、それでわたしもすにちゃんに「わたしどんな役をやったら面白いかな?」と聞きました。すにちゃんは数秒迷った後、「あ! わかった! 坊主の野球部!!」と満面の笑みで答えてくれました。
 「げーっ……。」と内心思いました。図星をつかれたような、でもそれはやりたくない! と最初は思いました。
 他の人にもちょっと聞いてみたけれど、結局はそこに行き着くんだな……と感じました。布団の中で考えを巡らし、いや、殻を破るためにやりたい。やろう。と思い至りました。
 イメージキャラクターは既存のものでしたが、それを参考に修行僧筋肉パワー系キャラを演じました。やりながらどんどん楽しくなっていき、このキャラクターが好きになり、愛着が沸いてきました。
 土台となった人物「八百比丘尼」という方は、実在の人物です。たしか平安か室町か、そのあたりの時代に生きていた女性で、歳は16の頃でした。父親はある日異界に迷い込んでしまい、そこで美女に案内されてご馳走を食べました。そのとき、厨房で人魚の肉を料理している料理人を目撃してしまいました。それが気持ち悪くて、その男は人魚の肉料理を口にすることができず、家に持ち帰ることにしました。
 持ち帰られた料理を、人魚の肉とも知らずに食べてしまった八百比丘尼は、成長するに従い、ますます容姿に美しさが増していきます。それは衰えることを知らず、男性と結婚しては先に死なれ、また結婚しては死なれ、自分は老いることのない、不老不死の身体で生き続ける人生を送りました。尼になり木を植え、各地を歩き、800歳のとき、生きながら仏になる修行をして亡くなったそうです。
 そんな伝説が残されています。
 衣装も修行僧をイメージし、数珠みたいなパールネックレスをつけました。頭は白ベールを使って「行者頭巾」という巻き方をしました。インターネットで調べたところ、奇跡的に巻き方を見つけることができました! イメージにぴったりのものができて、すごく嬉しかったです。
 その衣装やキャラクターを、紅白が終わった後さとみちゃんがすごく好きと言ってくれて、すごく嬉しかったです。けれど私は去年もだったけれど、自分で考えると足し算しがちでアイテムがどんどん多くなっていくということに気づきました。来年はもっとシンプルで洗練された衣装を考えたいです。
 
 夢の中ではちょんまげののんちゃんがダンスを踊っていて、1月1日の朝の空気は済んでいました。
 相川さんとみんなと一緒に作った煮染めは味が染みていて、柔らかくて、優しい味がしました。ひろちゃんも言っていたけれど、自分が作ったおせちに愛着がわいちゃうな、と思います。
 
 お屠蘇の時間が、わたしはすごく好きだなと感じます。
 お父さん、お母さんのお話を聞かせていただいて、みんなの抱負やそれに対するお父さんお母さんのコメントも、聞かせてもらえて嬉しいです。自分の短所、未熟なところを包み隠さずにみんなと共有して、それぞれ中身は違えどみんなでそれに立ち向かっていくという気持ちを作らせてもらっています。外の世界では自分の短所を隠すこと、取り繕うことが常識のように感じるけれど、なのはなでみんなとお互いに未熟な所も、そうでないところもまるっと理解しあえる関係を築けることが、本当にありがたくて尊いことだと感じます。
 お屠蘇の味は、去年初めて口にしてその苦さに顔をしかめた記憶がありました。ですが今日一口飲み、あ、おいしいと思いました。その後追いかけるようにして苦味が喉の奥に広がりました。ちょっとは大人になれたのかなと思います。ですがやはり、お屠蘇のとき以外、私は自分が年下だということを忘れてしまいます。いけない。人の上に立つのではなく、もっと下についてみんなのために動きます。自分の力を最大限に惜しみなく使います。頭も身体も、みんなの共有物みたいに、自分と他の人と一緒にして、良い方へ使っていきます。
 1月1日はまだ無罪の日。という感じがしてしまいます。12月31日までに汚点を蓄積していくような1年、今まではそうでした。ですが今年は! いつ何時も自分に嘘やごまかしを持たず、決めた目標を遂行します。いつも誠実に綺麗な心でいたいです。
 
 今日1番くらいに嬉しかったこと。
 獅子舞の中に潜って、中山神社御祭禮神事保存会の方と、あやちゃんとまりかちゃんと一緒に獅子舞をさせてもらえたことです。わたしの憧れの世界に融合したような、貴重な経験をさせていただきました。獅子舞の中は薄暗く、前の人の頭以外何も見えませんでした。私は大きな太鼓の音に合わせてしっぽを突き上げる、という役をさせていただきました。太鼓の音を聞いてやっと反応できたくらいだからワンテンポ遅れた獅子舞になってしまったかな、と思ったけれど、前からはどんな風に見えていたのかな? と思います。伝統を守り繋いでいく、保存会の方がたがかっこいいなと思います。今日獅子舞に来て下さって、ありがたくて嬉しかったです。
 
 今日の元朝参りとはねつき独楽回し、セブンブリッジは時間の都合上、明日の日記に書かせていただきます。
 お母さん、今日はご一緒のリーグでゲームさせていただけてとてもうれしかったです。ありがとうございました。
 
 改めて、今年もよろしくお願いします。
 おやすみなさい。