「『豊かさとは何か』『野菜は小さい方を選びなさい』感想」 まりの

4月12日

 今日、『豊かさとは何か』を読んでいました。前からあった本で、お父さんが話していたこともあったのですが、読みそびれていた本でした。1989年に発行されたようで、資料も、1980年代が多いから、今の時代とまた少し違うところもあったけれど、日本の労働、生活の在り方、社会保障について、環境、社会問題について書かれていました。

 日本人は労働時間が長すぎる、また通勤時間も長い。1988年の一般的なサラリーマンの生活の在り方というのは、朝6時半には起きて、朝食を食べて7時半前には出勤する。帰宅するのは残業もして22時頃が多い。そこから食事や身の回りのことをやって24時頃寝る。大抵の人の場合、帰宅から就寝までに最低1時間半は必要であるが、自由時間というのがそれだけしかない。
 というようなのが、自分が10歳頃までの父親の生活パターンと同じでありました。そういう中に家庭で団らんしたり、子供と関わったりする時間がないという問題が挙げられていました。今は、少しは労働時間が変わっているだろうと思うけれど、やはり、仕事中心の生活というのが普通になっているだろうと思います。
 それが普通と思えてしまってもいたけれど、こんなに労働時間が長いのは日本だけで、西欧人はそんなではないと知りました。西ドイツ人は、学生、高校生でさえ、毎日午後1時には学校が終わる。あとはそれぞれ運動や音楽や好きな勉強などをする。学生は、社会にも関心が高いし、自主的に勉強や色々な活動をする。
 学校で勉強をして帰ってきてからも寝るまで勉強をしなければいけないというのが高校生かと思っていたけれど、それは違う。勉強や労働というのは本来生きていく上で、それが中心ではなくて、主体性を持って社会のために、自分を成長させるために、自分で考えて動くことをドイツでは重んじていて、それが本来持つべき在り方かもしれないと思いました。

 西ドイツは、都市であっても、緑があり、公園があり、建物は同じ景観が見られる造りで花が植えられている。住まいは広々としていて、学校、老人ホームなども充実している。そういう中で、ストレスをためずに、安心感があるというのが驚きでもありました。老人ホームでも、寝たきりにさせない。民間の人と共有で使う図書館や活動する施設、食事施設などあると知った。人を重んじたり、どんな人も生きやすい社会に重きを置いているのを知りました。
 日本の住まいをウサギ小屋、鳥かごと書かれていて、確かにそうだと思います。隣人と関わる事もない、ただ会社に行って帰ってきて、寝るための家という感じや、家族と関わることがない、孤立化した環境など、そういうのが象徴されていると思いました。
 家族団らんや家庭を重んじない在り方は、そういうった社会の仕組みの上で作られているし、それが普通、となってしまって、そこに人を思いやったり利他心というのがなくなっていくのは当然なってしまうだろうと思いました。
 この本が1980年代の本で、父、母の時代からそういう問題が際立って、自分達の世代はそういう社会で生きた親のもとにいたと思いました。私が10歳の頃から父親の残業が減ったり、週休2日というのが出ました。労働に関して、少しずつ変わってきたけれど、今はそれよりも人としての、何が生き甲斐、遣り甲斐というのが分からない時代になって、今では時間があってもスマホやインターネットの普及で家族と話すことがないと思います。

 北欧やドイツでは、福祉や社会の在り方に、国民全体が関心を持って重視しているのを思いますが、日本は自分さえ良ければいいという観念がまかり通って、誰もどうもしないという全体的にそんな感じがいけないと思いました。それでも、変えていくべきである、よくしていきたいと、思って新しい行動を起こす人も世の中にはいるのは分かります。
 もっと色々と知って、問題意識を持たないといけないと自分自身、思います。

 『野菜は小さい方を選びなさい』(岡本よりたか著)を読みました。無肥料、無農薬栽培をされている方から見た、今の農業の在り方の問題が書かれてます。
 有機肥料も、その家畜がどう育ってきたか、病気にならないように薬を摂取している場合もあるし、広い牧場でのびのびと育ってきたか、狭い小屋に縛られてきたかで、その家畜の肥料の質も違う。そういう視点からしたら、どこからその肥料がくるのか、何を与えるにしても、それがどう作られたものなのか、それが全て与える作物に影響するというのを、改めて思いました。
 種のことも勉強になりました。遺伝子組み換えの種子は何がいけないのか。遺伝子組み換えの種子で育てられた野菜からは種を採取することはできない。特定の遺伝子を人工的に投入した種は、開発した企業に、他で真似されないように特許が与えられる。そして、輸入規制を撤廃され、遺伝子組み換えの作物を在来種を扱っていた農家に作らせようとするし、特許によって自家採種を禁止する、ということがありました。前に聞いたことがありました。遺伝子組み換えの種を推奨するために、自家採種、在来種がなくなっていくという問題がある。また、遺伝子組み換えの作物によって健康被害がでるというのを聞きました。
 人工的に改良されて作られた種の恐ろしさを知ったのと、自家採種、在来種をやはり大事にしていかないと、この先、次世代が困ると思いました。今年、なのはなでやっている在来種の種も、永続的なものになる、そういうふうにしていくのが社会にとって環境にとって優しいものだと改めて思いました。

 土の中の微生物の話は、最近聞いた、お父さんの微生物、菌根菌の話に通じました。土中の微生物、菌根菌によって植物は栄養分を摂取している。肥料をいかに与えるというより、微生物をいかに働かせるか、栄養を吸収できるよう、植物の細かい根をどれだけ這わせられるか、ということがいい作物を作ることになると思いました。水やりも、根は水、養分を求めて張っていく。その先に与えるべきものだとありました。
 特に面白い発見がありました。キャベツは、敢えてモンシロチョウを誘うホルモンを出している。自分の外葉を食べさせ、そこにアオムシが糞をして、その糞の中にはリン酸が蓄えられている。その糞が土に落ちて、キャベツはその糞を栄養源とする。キャベツは、内側の葉は食べられないよう、葉を内側にまいていき、ロウ成分をいうのを内側のみだしていく。そういうキャベツは、しっかりと硬く、葉と葉の隙間がない。そういうふうに、キャベツは、もともとモンシロチョウを共生していくつもりで育っているのだと知りました。
 ただ、最近のF1の品種改良されたキャベツは、成長点も柔らかく、内側まで食べられやすくなっているそうです。なのはなでも、大体はネットをかけないとそうなってしまう危険のほうが大きいと思います。 
 また、タマネギは、肥料や農薬を使っていないと、本来小さくて縦長になる。なのはなでもそういう傾向があると思いました。