3月30日
今日で21歳になりました。
もう21歳なのかと思う気持ちと、まだ21歳なのかと言う気持ちと不思議な感覚もありますが、いつの間にか20代になっていることに驚きつつ、改めて誕生日という1つの節目を迎えると、大人としての自覚も感じる機会となりました。
夕食の時、みんなが誕生日のお祝いをしてくれて嬉しかったです。
この1年、初めて社会人としてなのはなから働きに出させてもらうことになり、その中で初めて経験する社会人の難しさや大変さもたくさん味わいました。それは、社会人であればだれもが一度は通る道なのだと思いますが、私の場合、なのはなファミリーが私の家であり、なのはなファミリーが土台にあるから、仕事でもなのはなでも、大変なことや楽しいこと、すべての経験が自分自身を成長させるための経験になり、自分をより利他に近づくための修行となったことを感じます。
なのはなファミリーに出会い、今こうしてなのはなファミリーのみんなに大人にしてもらい、ここまで育てて来ていただいたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
未だに泣き虫ですが、あれだけ泣いていた私はどこに行ったのかというくらい、今、社会人として働けること、大人として過ごせることは奇跡だと感じます。
なのはなファミリーに来ていなかったら、21歳の誕生日を迎えることもなければ、私が20代になることもなかったと思います。ずっと、「二十歳になったら死んでもいい。だけど、二十歳まではどれだけ症状まみれだとしても、生きていたいし、生きなければ悔しい。あまりにも残念で、それほど苦しい道を神様が私に与えるはずはない」と思っていました。そんな私がなのはなファミリーに救われて、20代に入ってもなお、この先の未来に明るい希望を描くことができていること、それは奇跡だと思います。
あゆみちゃんのもとにたけひろ君が生まれて、生まれて初めて子どもを愛おしいと思えたこと。桃のミーティングの帰りの車の中でお母さんに、「ななほ、保母さんにならないか」と声をかけていただいたこと。それから、保育士になり、今、こうして社会人1年目、保育士1年目ではあるけれど、とても前向きに仕事にも向かい、日々にやりがいや生きがいを感じて生きていられること、そのことが本当に幸せです。
今、仕事を続けられるのも、なのはなファミリーの子として前向きに生きられるのも、なのはなファミリーのみんなやお父さんとお母さんのお陰です。特にこの1年は、仕事でもなのはなでも正直、山あり谷ありの所もあり、多大なご迷惑をおかけしてしまうこともありましたが、それでもずっと私を信じて、私を正しい方に導いてくださったお父さんとお母さんがいました。
そして、仕事組のみんなの存在にもたくさん助けてもらいました。ただ、仕事の話をしたり、何気ない日々の生活の話をしたりする中でも気持ちが救われてきたし、1人だったらとても、社会人1年目は大変だろうと思いますが、毎日一緒にご飯の準備をして、同じ時間に起きて、仕事に行き、「行ってきます」「お帰りなさい」と言葉を交わせるお仕事組さんがいること。
なのはなに帰ってきたらいつも、私の家は明かりがついていて、廊下を歩く人影が見えて、ドアを開ければ通りすがりのみんなが次々に「お帰りなさい」と声をかけてくれること。
帰る場所がある、いるべき場所がある、仲間がいる、私を好きでいてくれる人がいる、待ってくれている人がいる。これ以上の幸せはないと思います。
この1年、社会人として働く中でも痛感したように、私は社会性に関しても、人間関係においても、自分自身の在り方においても未熟なところがとても多いです。今日、お母さんからもお話をいただいたように、常に謙虚な気持ちでこれからも社会でも、なのはなでも過ごしていくことを心掛けたいと思います。
今、いつの間にか症状から離れ、社会人として前向きに過ごせていることが幸せです。そして、なのはなファミリーの子として働けること、なのはなの気持ちで働けることが幸せです。
本当になのはなでこれまで経験してきたことが、今、社会で全て活かされてきているし、職場でもたくさん可愛がってもらい、真面目さや一生懸命さを評価してもらい、体力も笑顔も重宝していただいているのは、私がなのはなで育ち、なのはなの子でいられるからだと強く感じます。
まだまだ未熟ではありますが、これからもなのはなの気持ち1本で生きていきます。
なのはなの子として、仕事組としても、常に自分がなのはなの子であることを忘れずに、日々謙虚に前向きに生きていきたいし、仕事組としての在り方や立場も考えながら、なのはなの空気を作る1人でいます。
明後日からは働き方も少し変わるので、緊張もしますが、もっとなのはなで過ごせる時間が長くなり、なのはなの力になれることが嬉しくて楽しみです。
