2月15日
かのんちゃんのお誕生日でした! 純粋で、自分の気持ちに正直で、真っすぐな、かのんちゃんが大好きだなと思います。
難しいことがあって、「難しい~」となっていても、「でも絶対にできるようになりたんだ!」とパッと明るい笑顔で、キラキラした笑顔で話してくれるかのんちゃんが本当に綺麗だなと思います。どんな役割にも誠実に向かって、全力で、等身大で向かう、かのんちゃんがキラキラしています。コンサート期間の時に、図書室でいつもコーラスの自主練習をしている姿がとても綺麗で、私も元気をたくさんもらっていました。
かのんちゃんの日記も大好きで、今日は少し気持ちが乗らないな、とか上手くやる気が起こらないなという時にかのんちゃんの文章を読むと、(私もがんばろう)と思います。かのんちゃんが変わっていく姿、日々感じていることから、たくさんの希望やエネルギーをもらっています。何かチャージしたい時は、かのんちゃんの日記を読むことが日常です。
いつも笑顔が可愛くって、感情の裏表がなくて、よくありたい、という気持ちが強いかのんちゃんが本当に素敵だなと思っています。こんなに可愛い妹がいることが凄く幸せです!!
〇気づき
今日の集合で、競争心についてのお話がありました。競争社会の中にいて、人よりも出来るほうだった人は、褒められるから、優越感を味わってしまうこと。優越感を持って、人を見下すように、下に見る見方をしてしまうこと。でも優越感を持った人は、自分がその立場から落ちることや、同じように下に見られることに対して強い恐怖を持つこと。優越感と恐怖は表裏一体なのだと聞いて、本当にそうだなと思いました。
成績でも、習い事でも上位のほうにいて、できない人を見下して。でも、自分が良い成績を取れなかったら? 絶対そちら側の人になってはいけない、と思っていたと思います。実際、そろばんの試験などで進級できなかった時は、自分でも訳が分からないほど泣いていて、家に帰りたくないとまで思ったことがありました。その時は自覚がなかったけれど、今、振り返れば、恐怖の中にずっといたなと思いました。
同時にミーティングでも、このことに通じる気づきがありました。私が競争社会の中で、人より勝るように、人よりも良い成績を取れるようにと、上に上にと思っていたのは、愛されたかったからだったんだなと気が付きました。もちろん、練習すればするほど、上達していくことが面白くて、好きだなという気持ちもあったけれど、純粋にその気持ちだけ、というわけではなかったように思います。
テストで良い成績を取って褒められたかった、あやは凄いね、と言ってもらいたかった。自分を見て欲しかったのだと思います。認められたかったのだと思います。
感想文を読みまわす中に、「みんな幸せを求めて競争している」と書いてありました。私も幸せを求めて、競争してたんだなと気が付きました。でも、競争には際限がなくて、どこまで行っても満たされなくて、恐怖はつきまとっていました。競争をしたことでは幸せになれなかったです。競争に勝っていても幸せではなかったなと思います。
「その争いをしたことで幸せになれるのか?」
と書かれた文章の最後には、
「上に行っても幸せにはなれない。本当の幸せは人と人との間にあるから」
とありました。その時、心が解れたような気がして、その文章を見ていると涙が出てきました。
今まで、自分が競争してしまっていたこと、苦しんでいたことの理由が一つ線になって繋がるように感じました。幸せになりたかった。けれど、幸せになる方法が分からなかったから、競争をして、勝ったら幸せになれるんじゃないか、親に褒めてもらえたら、親に喜んでもらえたら幸せになるんじゃないか、そう勘違いして、競争をするようになったのだと思いました。競争をしていく中で、競争をすることが癖になってしまって、常に人との優劣を自分のものさしで測るということになってしまったのだと思います。
でも、自分が本当に求めていたことに気が付いて、その答えはすでにお父さん、お母さんから貰っていることにも気が付きました。幸せは人と人との間にあるもの。
誰かの上に立ったり、褒められたりということで得ようとしていた幸せは、実際には存在しなかったものだったのだと思いました。
自分が求めていた幸せの答えは、今ここにあって、競争することでは全く得られないものだと思ったら、気持ちが軽くなったような気がします。
それでも、長年築いてきてしまった癖は一長一短で直るものではなく、気を抜いたらフッと顔を出してきてしまうように思います。自分の利己的な考え方に流されず、本当のものを見失わずに、日々自分を律して、謙虚な気持ちを持って生活していきたいです。
〇お父さんのお話
お父さんが、理解ができていない人もお父さんにとって、みんなが回復するための材料になると言ってくださったことが凄く嬉しかったです。稲盛和夫さんや、ホセ・ムヒカさんの資料を読んだとき、正直分からないところがいくつかありました。なあなあにしたくない、と思って、分からなかった部分を全部箇条書きにして、書いたものの、(こんなことも分からないのかと思われてしまったら……理解できていないことを逐一書いたことに対して、しつこいと怒られてしまうのではないか……)そんな不安が少しありました。でも、分かりたい、知りたい! と思い、書いたのですが、書いてよかったんだ、とお父さんのお話を聞いて思いました。まだまだ理解が浅いです。完全に分かった! と言えるまで来ていないと思います。ですが、分かったふりをしない、恥をさらしてでも良いから、分からないことは分からないと言う、さらけ出す。理解できるよう、理解の準備をする。そんな気持ちで向かいたいと思います。
分からないことを質問して、怒られたら……、と考えてしまった私はまだまだやっぱり悲観的だし、お父さんのことを理解できていないと思いました。呆れられたら……怒られたら……、と思ってしまったのは、今まで苦しかった価値観をお父さんにあてはめてしまっていて、お父さんのことを理解できていないのだと思います。お父さんに理解してもらうだけでなくて、私もお父さんのことを理解できるようになりたいです。そのために自分の幅を大きく広げていきたいなと思います。
