「『うれしい』という言葉を封印!」 すにた

9月28日
 
 昨日の演劇係の集まりで決まった食事のコメント『うれしい』という言葉を封印!
 これはなんのためにやるかというと、私たち演劇係が目的とする“何のために誰に向かって何を伝えるのか”――言葉を話すとき、セリフを言うときには、そういったことが重要とされてきます。
“何のためにこのセリフをお客さんに伝えるのか”
“誰に向かって私たちは表現するか”
“なんのために”“誰に”“何を伝えるのか”それが1つでも欠けては、伝えたい人に伝わらなくなってしまいます。
 食事のコメントも表現する1つとして、大切な場になっていきます。
 そういう表現する場がせっかくあるのに、今はそれがうまく使えていない部分がありました。
 自分自身に当てはまることばかりで、これを機に、演劇係として皆を引っ張れるくらいに、私も成長していきます。

 自分のことも踏まえて演劇係の皆とも話させてもらい、食事のコメントは、
「〇〇ちゃんの話がうれしかったです」
「〇〇の作業が楽しかったです」
「今日もできることがんばります」
 というお決まりのフレーズで穴埋めをして、コメントをしてしまっていたことを改めて思いました。
 自分の内側に気持ちがこもってしまったり、評価されること、人前で話すことから逃げる気持ち、恥ずかしさを持っていたのだと思います。
 “うれしい”“たのしい”という言葉には具体性がなく、もっと具体性のあるコメントをいうには、自分自身のニュース、エピソードを話せるようにどうしたらよいのか。
 演劇係の皆といろんな案を出し合いながら、話させてもらった時間が私にとっても学ばせてもらうことばかりでした。
 相川さんとか、あゆちゃんのコメントって、(今日はどんな話をしてくれるのだろう……!)と、ワクワクするよね!
 お父さん、お母さんの食事のコメントは耳を傾けるだけでなく、自然と顔ごと向いて、“なに! なに!”と顔や耳を近づけたくなるくらい、毎回想像以上に面白い話や、色んな知識や情報があって、24時間ずっと聞きたいくらいだよね! って。それは私たちとは何が違うんだろうって考えたときに、私たちは食事のコメントというお決まりワードのような、こう! というフレームがあって、そこまでの幅のこと。
 例えば、バッドニュースは話さない、いいことだけ話すみたいな感じの縛りがあるんじゃないかという話もででたり、感情や表現の幅が狭くなっているようだけど、話が面白い方のコメントは、すごく自分自身が感じたことを言葉にして、いいことも悪いことも、具体的にありのままを話してくださるから、良いニュースではなくても、笑い合いながら共有できたり、ああ、それは大変だったねと言えたりする。
 
 私達にはそれがなくなってしまっているかもしれないね! ということで、“うれしい”という言葉だけでなく、幅広い感情を持てるように、自分の心の中から感じた気持ちをそのまま表現して、その子にしか感じることのできない、1つの気持ちを表現できるようにこのルールを作りました。
 
 このルールで、一番私自身が成長させてもらっているんじゃないかってくらい、この制度がありがたいなと思います。
 
 そのルールにしてからの最初の朝食のコメントを聞いていると、効果をハッキリを感じることができました!
 そのコメントの変化に驚くと同時に胸が躍り、(効いてる! 効いてる!)と思いながら、皆の言葉に耳を向けて聞いていました。
 
 私も、日記やコメントの中で意味のない言葉に逃げて抽象的で具体性のない文章になっていました。
(あの、その、えー、ほんとうに、すごく、もう、うれしい、たのしい)などなど。
 この機会にちゃんと正しい文章を書けるように変わっていきたいし、日々の生活から意識すればどこまでも変われるはずなので、このことを胸にとどめ、自分の中にしっかり落としていきます。
 
 
 そして、今日の午後は、なのはな生バンド、コーラス、ダンスの初合わせがありました!
 あゆちゃんも食事のコメントで話されていた通り、今までみんながそれぞれ向かっているものは一緒だとしても、お互いに違う場所でバラバラのことをしていました。
 それが今日1つになって、1つの形となって原型が見えました。
 今までは、曲を聴いて音源に合わせてコーラスを歌っていたのですが、やはり生バンドと合わせるのでは全然ちがいます。
 すごく曲が生きている感じがして、これがなのはなファミリーのコンサートだ! とようやく目に文化ホールや、ステージに立つ私たちが見えてきました。

 『ボヘミアン・ラプソディ』
 これは3部に分かれたコーラス。ウィンターコンサートの幕があがるとともに、私たちのコーラスで今回のコンサートが始まります。
 生バンドと合わさせていただき、幕が上がる瞬間が目の前に見えて身体が緊張するのを感じました。
 生バンドと合わさせてもらって、見えてきたもの、自分の課題、全体像が見えてきました。
 
 あゆちゃんが、『ボヘミアン・ラプソディ』のコーラスを聞いて私たちに言葉をくれました。
“誰かに頼るんじゃなくて、合わせようとするんじゃなくて、自分1人でもこのホールのお客さん全員に聞かせられるくらいの音を一発目から出すんだよ。”
 その言葉を聞いて、そうでなきゃ、私たちの演奏は嘘になるなと思い、あたらめて気持ちがまた一段と引き締まりました。
 お父さんもよく話してくださるように、立ち姿だけでも見せられる自分じゃないと、恥ずかしいとか、うちにこもった気持ちがすこしでもあれば、それは見られない演奏になる。
 自分のまる裸でも、自分のすべてを魅せる気持ちでないと意味がないよ。
 その言葉にハッとさせられたようです。
 自分の中のどこを見られても、すべて魅せられるくらいの美しさを、自分から自分に求め、その理想通りの美しさをしっかり本物にできるように、日々の日常、歩き方、服装、表情といったところから変えていきます。
 それと、あゆちゃんの『ボヘミアン・ラプソディ』の最後の“blows”の口のニュアンスが素敵で、私も心の中で一緒に歌っています。そこが個人的に好きです。

 他にも、私は昨日『パテパテ』の振り入れをよしみちゃんにしてもらい、途中から踊らせてもらうことになりました。
 見ただけでも、元気やパワーをたくさんもらう、よしみちゃんセンターの『パテパテ』は、見させてもらっていた時から、一目惚れするほどでした。
 その魅力やオーラを自分もまとって、よい存在になれるよう、人数が増えたことでより華やかになるように、これからも練習を頑張ります。
 まりかちゃんとダンスを一緒に踊れるのも、初めてくらいかなと思って、まりかちゃんにも似合う曲で、よい思い出になったらなぁと思います。

 コーラスを歌っているときに、生バンドの音から私の背中をグッと押してもらっているような感じがして、あゆちゃんのボーカルを聞いて涙がでそうなくらい、ああ、ここにきてよかったな、と、純粋にそんな気持ちになって、より、コンサートをできることに気持ちが燃えてきました。