「自分ではないこと」 まゆみ

○スタートから15キロ

数え切れないほどのたくさんの人に助けていただいて、今こうしていられることに、感謝の気持ちでいっぱいです。
スタートまでは、緊張と期待で頭がいっぱいでした。同じ車には、卒業生のあみちゃんとなるみちゃんがいてくれて、2人が各地のマラソン大会に出場していることや、キッザニアでのことを話してくれました。
「本当に、地域の方の応援とか給水所とか、この津山のマラソン大会が一番あたたかい大会だと思う」
と、なるみちゃんが言いました。隣であみちゃんが、何度も繰り返し頷いていました。

今、このマラソン大会の会場にいるのは当たり前の事ではないと、改めて思いました。たくさんの方が向けてくださる言葉や笑顔、給水所の水や食べ物、走るごとに変わる景色など、全身で受け取って、同じように全身で還したいと思いました。

ふいにピストルが鳴りました。列車のように、ゆっくりと列は動き出しました。すぐ近くには、のんちゃん、はるかちゃん、ゆずちゃんがいました。丁度四人で正方形の形をとったまま、走り出しました。
前日に、のんちゃんとはるかちゃんと一緒に、最後のランニングに行きました。3人で梅の木コースを、7.5キロのペースで走りました。ペースメーカーは、のんちゃんです。
それは当日も変わりませんでした。のんちゃんの足は、常に一定のリズムを刻んでいました。気がつけば、後ろになおちゃん、ゆきなちゃん、えつこちゃんが繋がっていました。すぐ近くにはつきちゃんやまゆちゃんがいて、その少し前を、よしえちゃんとまあちゃんが走っていました。

スタートしてから絶えず、応援してくださる方がいました。
「行ってらっしゃい」「頑張れ」「マイペース、マイペース。帰りも待ってるからね」
あたたかい言葉が、次々と降りかかってきました。気がつけば顔はほころんでいました。
1つの大きな家族のようだと思いました。
みんなが、マラソン大会という1つの屋根の下で、同じ空間を共有していました。
応援の言葉や手を振る仕草、周りで走っている方の姿など、全てが心の中で跳ね返って、どんどん大きくなりました。
最初の5キロ、10キロはあっという間でした。10キロ走った頃から、足が軽くなるのを感じました。



○折り返し

側溝を流れる水でさえ、これ以上無いぐらいに透き通っていました。山道に入ってからは、丁度、桜が散り始めていました。加茂川に触れた涼しい風が、桜の花びらを惜しげも無く連れ去りました。視界の7割が桜の花びらで覆われました。すぐ近くまで飛んでくるものもありました。

15キロを過ぎたころから、少し足が固まってきたのを感じました。目の前の、のんちゃんの背中を見て走りました。2、3キロごとに、なのはなのみんなと会いました。
スタートしたときとほぼ同じメンバーがかたまって走っていました。
なのはな以外のランナーの方も含めて、みんなで折り返し地点を目指しました。

19、20キロあたりから、折り返してきたみんなと会いました。みんなで道路の中央当たりを走り、ハイタッチをしました。単純に会えて嬉しいからとか、お互いに頑張ろうとか、そういう気持ちとは少し違うような気がしました。何か大きな流れの中で、起こった出来事のような感じがしました。

1時になる10分ほど前に、折り返し地点に着きました。お母さんとけいたろうさん、お父さんの姿がありました。一つの区切りとしての安心感がありました。残り半分、まだ不安はあるけれど、自然と足は前に進みました。

○折り返しから四十キロ

それから30キロ地点の手前ぐらいまで、のんちゃんとゆずちゃんの背中を追いました。そのあたりの給水所でよしえちゃんに会い、そこから2人で走り始めました。
足はかなり重くなっていました。1キロの間隔が、徐々に長く感じられました。
まずは35キロを目指そうと思いました。隣のよしえちゃんを感じながら、淡々と足を出しました。

「若いねえ。力がある」
と、途中で男性のランナーの方から声をかけられました。
こうして自分たちが走ることは、意味のあることなのだと改めて思いました。自分が周りの人からエネルギーをもらうのと同じように、自分が走ることで、少しであっても周りの人に何かしらエネルギーを与えられるのではないかと思いました。

自分のために走るのではない、と思いました。実際に、足を止めようとは思いませんでした。自分一人だったら、とっくに止めていました。止められなかった、止まらなかった、の両方がありました。どちらにせよ、自分の力ではありませんでした。

よしえちゃんとは、ほとんど言葉を交わしませんでした。ただ並んで走りました。気がつけば、歩幅も歩数もぴったり揃っていました。
あと13キロ。なのはなコースと奈義コースを合わせたぐらい。
11キロ。あと1キロは走ろう。
ゴールのことは考えませんでした。お父さんが言われていたように、次に応援の人と会うまで、あと一キロだけ、そんな気持ちで進みました。

途中でトイレに寄りました。しばらく走ると、再びよしえちゃんの姿が見えました。少し心が萎えてきたのもあって、よしえちゃんの存在に、大きく助けてもらいました。
隣に誰かがいると知って、足が再び動き出しました。

最後の10キロは、今までで一番、長かったように感じました。周りのランナーの方の顔ぶれも、あまり変わりませんでした。みなさん、歩いては走りなどして、なんとかゴールを目指していました。
すぐ近くには、プリンセスとミニー、浦島太郎風の格好をした方たちがいました。前年、10キロ地点あたりで後ろをついて行かせてもらったのを思い出して、少し嬉しかったです。

途中、小分けに2、3キロほどを歩きました。
37キロ地点のあたりで、川を挟んで向こう側に、まあちゃんの姿が見えました。たくさんの人の流れが、ゆっくりと会場に向かっていました。
山道を抜けると、沿道で応援してくださる方が多くなりました。私たちはなのはなの中でも最後の方だったのですが、ずっと永禮さんとしょうたさんが、先回りをして待っていてくれました。

足が重たくなっていくのと、沿道の方が、「お帰りなさい」と声を掛けてくださるたびに、少し泣きそうになりました。肋骨の内側に、重たい空気の塊が溜まっていきました。
その時に、左のポケットに入った石に触れました。
先週なるちゃんが、「雪が降っているみたいでしょ」と言って渡してくれたものです。帰ってきますと約束をして、ポケットに収めました。
その事を思い出すたびに、何の根拠もないけれど、大丈夫だと思えました。足は相変わらず前に進んでいきました。走るのを止めたいとか、諦めようとか、そんな気持ちは風が運んで行ってくれました。

○ゴール

最後1キロは走ろう。と、よしえちゃんと言いました。カーブを曲がって、最後の直線に入ったところから、再び走り始めました。
見覚えのある景色が逆向きに流れていきました。「お帰りなさい」「もう少しだよ」の声が多くなりました。黄色いゲートが視界に入りました。

まず、まえちゃんたちの姿が見えました。みくちゃんやまよちゃんが、スポーツドリンクを差し出してくれました。その仕草や笑顔は、スタートしたときと全く同じでした。少し安心した気持ちになりました。

ゲートの直前で、なっちゃんたちの声が届いてきました。手を振ってくれていました。
角を曲がると、お母さんの姿が見えました。みんながハイタッチをしてくれました。今までため込んでいた気持ちが、むくむくと喉元まで戻ってきました。
グラウンドに入ると、思っていた以上にたくさんの人がいました。受け取れきれないほどのあたたかい言葉と空気がありました。帰ってきたんだと思いました。不思議な気持ちでした。

よしえちゃんが最後、一緒にゴールしよう、と言ってくれました。
後半、よしえちゃんの存在がなかったら、時間内に戻っていなかっただろうと思います。すぐ隣を走るよしえちゃんの姿から、なのはなの空気を感じました。淡々と進む事、先にあるものを信じる事を、自分でも気がつかないうちに感じていたのだと思います。自分の意思で、自分の力で走っているのではありませんでした。

ゴールテープを切ると、ふみちゃんやゆいちゃんたちが迎えてくれました。そのままふみちゃんに抱きついた瞬間に、抑えていたものが一気に破裂しました。思いっきり泣いてしまいました。
ありがとうございます、では全く足りませんでした。
それ以外に何を言うべきかも分かりませんでした。ただ水の塊が落ちていくだけでした。

ゆいちゃんが、シューズのチップを外してくれました。ふみちゃんがスポーツドリンクを渡してくれました。よしえちゃんが隣に座ってくれました。

そのあと、ひでゆきさん、まことちゃん、どれみちゃん、なおとさん、なおちゃんが帰ってきました。みんなで名前を呼びました。応援する方も、走っている方も全力でした。何よりあたたかく、美しく思えました。
この瞬間を作る、たくさんの人の存在を感じました。普段は想像すらしていなかった規模でした。1人ひとりの姿形は、上から見れば小さいかもしれないけれど、そこから発せられるエネルギーは、とてつもなく大きかったです。

自分の存在が、とても小さく感じられました。人も物も自然も、全てお互いに支え合って生きている事を改めて感じました。それが当たり前のようになされていることが、どれほど有り難いかを思いました。
全力で生きるということを、もっと真剣に考えたいと思いました。抽象的だけれど、力を惜しまず出せる人になりたいと思いました。
そして、たくさんの人や生き物の存在を感じて、そのなかで生きられる事に、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。これを還元できる生き方をしたいです。

●第27回津山加茂郷フルマラソン全国大会【感想文集】●

「みんなとの積み重ねが力に変わる」るりこ

「みんなとの宝物」まなみ

「自分ではないこと」まゆみ

「フルマラソンで学んだこと」まゆ

「夢の初舞台」まち

「まだ見ぬ誰かに繋げるフルマラソン」のりよ

「ミニマラソンを終えて」れいこ