脚本で旅するスプリングコンサート
【後半 その2】

この記事は、〈脚本で旅するスプリングコンサート 後半 その1〉からの続きです。

 

演奏 『New Cinema Paradise(愛のテーマ・初恋)』(管楽器アンサンブル)
――Ennio Morricone

【編成】テナートロンボーン2名、テナーバストロンボーン1名、テナーサキソフォン1名

 

 舞台に大きな椅子とテーブル。
 ソロモン王が、書き物をしている。

 

兵隊
我らが王様、ソロモン王。
申し上げます。ただいま、怪しい者を引っ捕らえました。

ソロモン王
かまわん、連れて参れ。

 

 

 兵隊2が、3人を後ろ手に縛り上げて、連れてくる。

 

 

とうこ
ここはいったい?!

ソロモン王
お前たちは、どこの国から来た?

とうこ
あの、西暦2022年といってわかるでしょうか。

ソロモン王
(兵隊1の顔を見る)

兵隊2
どこの国からきたかと聞いておる。

たかお
ジャパーン!

兵隊1
王様、こいつのクビを切り落としてみましょうか。

ソロモン王
やめておけ。床を血で濡らしたくない。
この者たちの武器は?(と兵隊2に)

兵隊2
何1つ切れそうにない、なまくら刀1つです。(と差し出す)

 

 

ソロモン王
お前たち、この城にきた理由はなんだ。本当のことを申せ。

とうこ
本当のことを言いますが、たぶん、未来から時間を超えてやってきました。
来るつもりはなかったのに、間違って、来てしまったんです。
いまは、いつでしょうか。ここは、どこでしょうか。
おじゃまだと思うので、その剣を使えば、すぐに消えることができます。

兵隊1
またそんな戯言(たわごと)を。
我らが王様、ソロモン王。
この者たちを処刑しますか、それとも労役につかせますか。

たかお
え、ソロモン王?……。あなたは、あのソロモン王ですか?
やっぱり来れたのか。ユダヤの三代目の王、ソロモン王ですよね。

空しい。空しい。全ては空しい。
この太陽のもとで、楽しみは食べること、飲む事、
労働のもとで、快い眠りを得ること、
それだけでいい。

 

 

ソロモン王
なに?! (と、机の上の書きものを見る)
お前は、なぜ、私がいま書いたばかりのものを知っているのだ。
まだ、誰にも見せておらぬ、たった今書いたものを。

たかお
ソロモン王、あなたが書いたものはこれから3000年もの間、
ずっと読み継がれていくのです。(ソロモン王は紀元前1011年生)
旧約聖書コヘレトの書、として私は読ませてもらい、深い感銘を受けました。

てつお
あれ、たかおくんはクリスチャンだったの?

たかお
いや、クリスチャンではないけど、興味本位で読み物をあさっているうち、
このコヘレトの書だけは、ほかの聖書とまったく違うと思った。
ソロモン王、あなたはそのコヘレトの書で、
「空しい」という言葉を38回も書いているんです。
そして僕たちは、たった今、アインシュタインという物理学者から、
宇宙は何ものかによってまさに「空しい」ところから作られた、と聞いてきました。
ソロモン王、あなたもこの宇宙の存在の空しさに、気付いていたのではないですか?

ソロモン王
この者たちの縄を解け。
お前たちは下がっていてよろしい。

(兵隊は3人の縄を解いて、下手に引き下がる。)

 

ワンポイント解説

【ソロモン王】

 ソロモン王は、今から約1000年前、紀元前10世紀に古代イスラエル王国を統治した、ユダヤの3代目の王様です。
 賢王として有名で、その知恵の深さと豊富な知識で、イスラエル王国に経済的な発展と国際的な名声をもたらし、ソロモン王の時代に、王国は最盛期を迎えました。
 神に、好きなものを願いなさいと言われた時、
「庶民を幸せに導くための知恵を授けてほしい」
 と願ったというエピソードがあります。
 人生に秘められた真の意義と、人間を幸せに導く生き方を探求し、「一般的に幸福をもたらすとされるものは、絶対的な満足感をもたらすどころか、人の欲望を増長させるに過ぎない」ということ、「真の幸せはどこにあるのか」を、『コヘレトの書』に言葉として残しています。
(ダビデ像で知られるダビデが、ソロモン王の父親です。)

 

演奏 『Don’t Try So Hard』
――QUEEN

【編成】ボーカル、サイドボーカル2名、キーボード、エレキギター、ベース、ドラムス
3名によるダンス、多人数コーラス

もし君が何か探しているのなら、焦らないほうがいい
目の前の問題が超えられない山のように思えたり、押しつぶされそうになっているなら
一歩下がって見てみたらいい
何も感じなくなったなら、そんなに頑張らなくていい
今答えを見つけないといけないような気がしているとしても 急ぐ必要はない
 
軍曹のようなお偉いさんになったら、それは自慢に思うだろう
けど、偉くなって大声で馬鹿げた命令したって 人の心には届かない
ご立派なピカピカのボタンがついた衣装を着ているからといって
人より優れているとは限らない
 
頑張らなくていい
愚か者たちが作ったルールさ
全てを間に受けて 頑張る必要はない
 
落っこちても 躓いても そんなに差はないんだよ
もし しくじったり失敗しても 不平不満を言うのはよそう
実はそれが 幸運の星に感謝するような出来事になったりするものなんだ
だからひとつひとつを噛み締めるんだ それら全てが 宝物になっていくから
嵐が君を襲っても
逃げる必要はないんだ
しっかりとそこに立っていていいんだ
 
生きるんだ
美しい世界 シンプルな人生 僕のための、君のための世界を

 

たかお
まさか、ソロモン王にお目にかかれるなんて、
この上ない光栄です。
ずっと教えていただきたいと思ってきたことがあります。
ソロモン王、あなたは、食べること、飲むこと、働くこと、
そして妻を大事に、つまり家族を大事にする、
そのことだけが幸せである、とコヘレトの書で教えています。
大きな志をもてとか、大きな幸せをつかめとか、
あるいは進化せよ、進歩せよと、まったく仰っていません。
足下の幸せ、その日1日の幸せを大事にしろと、
なぜ、あれほど強調なさったのでしょうか。

ソロモン王
人は、欲に溺れやすいものだ。
欲に溺れると、1つ手にはいると、10欲しくなる。
10を手にすると、100を欲するようになる。
そうすると将来の100を夢見て、
自分を犠牲にして働き、家族をも犠牲にする。
しまいには、いつ手が届くかわからないもののために、
子供にまで目の前の幸せを先送りしろと強要するようになる。
そのうちに、目の前に、幸せがあるのに、
それを誰ひとり、受け取ろうとせず、通り過ぎるようになるのだ。
その日の食事を楽しむこと。
食べられること。飲めること。家族と話しができること、
それをかみしめるように味わうことこそが大事で、それが全てといっていい。

 

 

たかお
そこなんです。
それだけだったら、動物と、あまり違いがなくなってしまうのではないか。
向上心というか、モラルというか、道徳心を高めよ、という内容こそ、
宗教書に求められているものなのではないでしょうか。

ソロモン王
では聞くが、そなたは、今まで、どう生きてきた?

たかお
小さい頃は、成績優秀な子供でした。親に期待されていました。
りっぱな人間になろうとしました。……でも、実力がたりなかった。
というか、普通に生きる能力さえない、ということに気付いてしまったんです。
だから、何もしない人になりました。

ソロモン王
もし、そなたが、食べること、飲むこと、労働すること、話すこと、
それだけでいいのだと生きていたら、どうなっていたかな?

たかお
たぶん、学歴はなくても、普通の人になって、今頃、働いていました。

 

 

ソロモン王
私は「空しい」と書いた。
宇宙も空しいところから生まれ、空しいところへ帰っていくだろう。
人も、空しいところから生まれ、やがて死んで空しいところへ帰っていく。
その中で、やれること、できることは、何なのだ?
空しさを嘆くことではなく、
空しい中に帰るのだから、目の前の楽しみをありのままに受け取り、
そして与えられた肉体を使って人のために尽くす。人はそれを労働というが、
その労働の疲れを楽しみながら、深い眠りを得る。
私は敢えて、「こころ」とは書かなかった。
親しい人と、食べること、飲む事を楽しみ、会話を楽しむ。
そこには自ずと穏やかな心、優しい心、利他心が生まれ、
その優しさが次々に広がっていく。
敢えて、向上心とか、進化進歩を言わなくても、
人は幸せな心でいたら、導かれるようにモラルを高めていけるのだ。
むしろ、先を急げば急ぐほど、効率を求めるほど、道を間違うのだ。

だから、急がせない、効率を求める気持ちを挫くために、
私は何度も空しいと繰り返したのだ。
私達の存在は……、私達だけのものではなさそうなのだ。
私達は、もっと大きな想像もつなかいような大きなもののなかで、
おそらく、「愛」を生み出す役割を担っている。
愛には大きいも小さいもない、足下にあるだけだ。
そのすべてを知ろうとしてはいけない。
ただ、目の前の幸せだけを見つめるのだ。

たかお
あなたは巨万の富を築き、巨大な神殿、宮殿を建築し、
エルサレムをユダヤ教の聖地にし、完璧な王国を作られた。
その秘訣が、足下の「愛」を見つめたことにあったとは……。

とうこ
ソロモン王、ありがとうございました。
たかおさん、どうしても行きたいとことがあるといっていたのは、
こういうことだったのね。ありがとう。

たかお
そうなんだ。

とうこ
ソロモン王、私達は3人で、短い旅をしていました。
なぜ、宇宙が生まれたのか、なぜ人類が存在しているのか。
それを知るための旅でした。
でも、ソロモン王に教えていただいて、答えをいただきました。
もうこれ以上を知る必要はない、ということもわかりました。

 

 

ソロモン王
では、これを。(剣をとうこに渡す)

とうこ
ソロモン王、最後にもう1つだけ教えてください。
あなたは、私達がくることを、知っていましたか。

ソロモン王
道を求める者が現れるだろうとは思っていた。
これはその者に示そうと思って書いたものだが、
3000年たっても、人はまだ道に迷っているとは。
せっかくだ、この私が書いたものを、持っていくといい。

たかお
めっそうもない。それを持って帰ったら、この後の時代の人たちが、
コヘレトの書を読めなくなってしまいます。
私達の世界でも十分、読めますから、それは大切に残してください。

とうこ
さ、帰ろう。ではソロモン王、失礼いたします。

(3人は舞台下手に移り、ソロモン王側の灯は落とす)

たかお
帰ったら、どうする? 

てつお
引きこもりは、もうやめようかな。
何かこう、本当の幸せっていうのを、見つけてみたくなったよ。

たかお
僕もそうだ。僕たちでこう、愛のある新しい社会を作ってみたい、
そんな気持ちになってきたね。

とうこ
私達、大事なことを忘れていた。
この剣を渡してくれたリーゼルという人を探さなきゃ、
そしてこの剣を返さなきゃ。
そういえばたかおさん、アインシュタイン博士のところにいったとき、
なぜ、リーゼルさんのことを聞いたの?

てつお
そうそう、博士は、かなり慌てた様子だったよね。何か知ってたのかな。

たかお
アインシュタインは、結婚前に女の子ができていたと聞いたことがある。

とうこ
まさか、その子がリーゼル? まさか。そんなことって……
ともかく現代に帰りましょう。永遠は一瞬、一瞬は永遠! 市ヶ谷博士の研究室に帰る!

 

 

演奏 『那岐おろし』(和太鼓)
――細谷一郎

【編成】桶胴太鼓2名、長胴太鼓5名、締太鼓3名

 

▶【後半 その3(最終回)へ続く】

 

ワンポイント解説

【ちゃぶ台と虫取り家族の秘密の脚本】
 とうこ、たかお、てつおの3人がソロモン王の話を聞くシーンでは、コンサート前半で登場した、たかおとてつおの幼少期の家族が、ソロモン王の台詞の背景として、ソロモン王に示された「本当の幸せのある家庭」を口パクで演じました。

 実は、このシーンにも、お父さんが書いてくれた台詞があります。
 役者たちは、どのような会話をしていたのでしょうか…?
 ここで特別公開!

 

【幸せに食事をしている家族の台詞】

 

子供「ねえ、ねえ、僕、コロッケ大好きなんだ。」

「そう、よかった。」

子供「コロッケってさ、ソースがかかったところが美味しいよね。」

「そうそう、ソースでコロッケの衣がふやけたところが美味しいよね。ね、お父さんもコロッケ好き。」

「お父さんもコロッケは大好きだよ。お母さんはコロッケを作るのが上手で、いつも美味しいコロッケを食べさせてくれるから、ほんと、結婚してよかったよ。」

「え、ほんと?! お母さんもね、お父さんがお母さんのコロッケが美味しいっていうから、結婚した頃は、1週間のうち4日くらいコロッケ作ってたわよね。」

子供「え、いいなあ、ねえ、お母さん、1週間に4日でいいからコロッケにしてよ。」

「賛成! 私も、毎日、コロッケでもいいくらい、コロッケ大好き。」

「そうかい、そんなに言ってくれてお母さんも嬉しいよ。じゃあ、度々、コロッケを作ろうかな。」

子供「うん。それとね、今日、学校で図工の時間があってね、木材でタワーを造ったけど、大きいの作ろうとして失敗しちゃったんだ。」

「どのくらい大きいのを作ろうとしたの?」

子供「もう、1番大きいのを作ろうとして、こんなだよ、こんな。」

「そりゃ、大きすぎるんじゃないかな。」

子供「そうなんだよ。大きすぎて失敗しちゃったんだよ。」

「あら、おねえちゃんも、おんなじ失敗したことあるよ。それでどうなったの。」

子供「あのね、大きいのはできたことはできたけど、縦の骨組みだけ作って、それが壊れないようにって、やってたら、それで時間がきちゃって、
 細い棒が4本だけ立ったタワーになって、ちっともタワーらしくなくなった。」

「それは困ったわね。」

子供「もう恥ずかしいし、残念だし、もう嫌になっちゃったよ。」

「まあ、気にするな。そういうこともあるよ。それで次の図工の時間に続きをするの?」

子供「もう、タワーの時間は終わりだって。だから残念なんだよ。」

 

 

【虫取りをしている家族の台詞】

 

子供「お父さん、本当にセミがとれるの?」

「採れるさ。……ほら、あそこ、わかるか? アブラゼミが啼いてるだろ?」

子供「あ、ほんとだ。ぼく採っていい?」

「採ってごらん。」

子供「……、やっぱり、逃げられそうだからお父さんとって。」

「よしきた、見てろよ、……そら!」

「あ、お父さんが捕まえたよ。」

子供「ほんと? ほんとに捕まえた?」

「ほら、見てごらん。アブラゼミだ。」

子供「ほんとだ、採れてる。お母さん、早く、カゴに入れて!」

「はい、ここに入れて。」

子供「やった、やった!」

「お父さん、すごいでしょ。」

子供「お父さん、すごい。上手だね。
 ね、お父さん、お母さん、もっとたくさん取ろう!」

「よし、こんどは、自分で採ってごらん。お父さんが見ててあげるから。」

子供「うん、やってみる。あ、あっちでなんか啼いてる。」

「ニイニイゼミが啼いてるね、行ってみよう。あんまり大きな声を出したら逃げるぞ。」

子供「うん、そっとだね。そっといくよ。お父さん、お母さん、こっち、こっち。」

 

▶【後半 その3(最終回)へ】

 

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