脚本で旅するスプリングコンサート
【後半 その1】

この記事は、〈脚本で旅するスプリングコンサート 前半 その3〉からの続きです。

 

後半 幕が開く

 

演奏 『時よ、前進!』
――Georgy Vasilyevich Sviridov

【編成】フルート6名、クラリネット4名、
ソプラノサックス3名、アルトサックス6名、テナーサックス1名、トランペット6名、トロンボーン8名、
パーカッション4名、キーボード2名

 

 

 全員がはけるとき、同時に博士の机を出す。
 場所は、アインシュタインの研究室。
 アインシュタインが横向きに座っている。座ったまま台詞。

てつお
あれ、市ヶ谷博士の研究室に来てしまったのかな。
それにしても、ちょっと部屋の様子が違っている……。

アインシュタイン
てつおくん、実は、私も、きみと同じような疑問を持ったんだよ。

てつお
え、僕と同じですか? 人類がなぜ生まれたんだろう、と?

アインシュタイン
もしも、自分のまわりが幸せな人たちで満ちていたなら、
そんなことは考えやしない。
しかし、辛いこと、悲しいこと、苦しい事でいっぱいになっていまうと、
自分が存在していることを、疎ましく思うようになるんだよ。
私も、なぜ宇宙があるんだろう、と疑問に思って宇宙物理学の道に進んだ。
宇宙ができる前は、時間も空間も、何もなかった。
……それを預言したのは私の一般相対性理論だった。

てつお
え、僕と話しをしているのは市ヶ谷博士じゃない?!
(アインシュタインがベロを長く出してみせる)
あなたは……、あ、あ、アインシュタイン?! 

 

 

(遅れて、とうこたちが到着する)

とうこ
あ、ここにいたの?
いつもの博士の研究室と違うから、迷子になったかと心配しちゃった。

たかお
あ、とうこ、大変だ、僕たちは市ヶ谷博士の研究室に来たつもりが、
いつの間にか、アインシュタイン博士の研究室に来てしまっている!

アインシュタイン
君たちが来るのはわかっていたよ。
私は相対性理論で時間と空間が歪むことを発見したが、
本当に2022年という未来からやってくる人たちと話しができるとは、
私も思わなかったよ。ところで、君たちが知りたいことは何だね。

とうこ
宇宙はビッグバンでゼロから生まれたと言われています。
では、誰が、何のためにどうやって宇宙を作ったと博士は思われますか。

アインシュタイン
そうか、そうか。うん、難問だ。
私も、宇宙を作ったものなどいない、と思っていたよ。
あれは、私が24歳のときだった。
私は妻のミレーヴァと、スイス・ベルンの
アーレ川近くににある安アパートに住んでいたんだ。
朝だった。ミレーヴァはキッチンで私にトーストとコーヒーを煎れてくれていて、
それを待っていた私はちょっとイライラしていた……。

 上手側にとうこたちの出演者はそれとなく後ずさりして移動する。
 下手側に、台所に立つミレーヴァがいる。
 博士とミレーヴァの間の壁と天井のラインが曲がっている。

 

 

アインシュタイン
おい、ミレーヴァ、珈琲はまだ入らないのかね。

ミレーヴァ
もう少し、待ってください。
いま、入ります。熱いのを煎れてますから……。

アインシュタイン
じゃあ、トーストが先でいい、トーストはまだか。
バターをたっぷり塗ってくれ、たっぷり、だ。

ミレーヴァ
はい、はい、バターたっぷり、わかってます。
いま、お持ちしますからね。

アインシュタイン
さっきから、いまお持ちします、いまお持ちしますといって、
いったいどれだけ待ったら……。おや?
台所がなんだか、遠くに見える。
おーーーーーーい、ミレーーーーーヴァーーー。聞こえるかーー?

ミレーヴァ
聞こえますよーーーー。いったい、どうしたんです?

アインシュタイン
お前は、どうしてそんな遠いところにいるんだーー?!。
あ、そうか、そうか、ひらめいたぞ!
お前は同じところにいるのに、遠くに感じた、これだ!!
(机に向かって、公式を書いている)

ミレーヴァ
はい、おまちどおさま。トーストと珈琲です。(と運んで来る)

アインシュタイン
ミレーヴァ、これを聞いてくれ、
お前のお陰で、素晴らしい公式を発見したぞ!
いいか、聞いてくれ。

僕はお前の珈琲が遅いと思ってイライラしていた。
すると、台所がはるか遠くに見えた。
つまり空間はいつも同じには見えない。
見る人の状態で、近くにも、遠くにも見えるということなんだ。

ミレーヴァ
あら、素晴らしい。これは今まで聞いた中で、
一番、素晴らしい発見、だと思うわ。
相対性理論……、そう、相対性理論と名付けたらどうかしら。

アインシュタイン
ミレーヴァ、お前の言う通り、相対性理論として発表するよ。

 

 

ミレーヴァ
ええ、素晴らしいわ。同じところが、遠くに見えたり、近くにみえたり……。
(振り返って台所のほうを見て)あら、あなた。
(しげしげと、壁と天井の線を見る)
どう見ても、台所が遠くにみえるけど、
ただ、壁と天井が歪んでいるだけなんじゃないの?!

アインシュタイン
なんだって?!
(よく天井と壁を見て)……本当だ。壁が遠近法でできている!

 

 

ミレーヴァ
じゃあ、相対性理論は間違いなの?!

アインシュタイン
いや、この壁のお陰で僕はヒントをもらっただけだ。
時間や空間は、観察する人の状態によって違ってしまい、
絶対的な時間とか空間はない、という相対性理論を書き直す必要はない。
だが、この安アパートは引っ越す事にしよう。精神的によくない。

 

ワンポイント解説

【ミレーヴァとアインシュタイン】

ミレーヴァとアインシュタインは同じ大学に通っており、卒業後に2人は結婚します。
ミレーヴァもまた、物理学や数学を学んでおり、アインシュタインが特殊相対論や一般相対論をつくる上で、大きな役割を果たしたのではないかと言われています。
しかし、後に2人は離婚することになってしまいます。

 

演奏 『Easy On Me』
――Adele

【編成】ボーカル、アコースティックギター、キーボード、ベース、ドラムス

良かれという思いだったの
そして、こうなったらいいなと描いた理想もあったわ
だけど、今思うとそれは、
私の中だけに留まってしまっていて
あなたに見える形にはなっていなかったのね
 
どうか許してちょうだい
私は思ったよりもまだ子供で、
周りのこともちゃんとはわかっていなかったのよ
大人になりきれていなかったの
ああ、良い選択のできなかった私を
どうか許して

 

 下手の中に、たかおたちがまた出てきて、たかおにスポットライト。
 スポットの中で台詞が始まり、徐々に下手の灯りをつける)

たかお
なるほど。天井と壁が歪んでいたお陰で相対性理論を発見できたんですね。
ところで、アインシュタインさん、
誰が宇宙を作ったか、という話しから遠いのですが。

アインシュタイン
すまん、すまん。そうだった。
自分で発見した相対性理論だが、
自分でもこの宇宙がゼロから始まって今も広がり続けているとは、
しばらくの間は、とても信じられなかったのだ。
だってそうだろ。宇宙を作ったものがいることになってしまう。
この宇宙をゼロから作ったものがいる……。そんなことは、常識的に考えられない。

とうこ
それで、博士は、宇宙はもとからあったものだ、と?

アインシュタイン
ところが、大きなレンズを使った望遠鏡で夜空を見るのが大好きだった
ハッブル君がとんでもないことを言い始めたんだ。
彼は私より10ほど年下なんだが……、

(舞台上手から、ハッブルが現れる。スポットの中で)

ハッブル
アインシュタイン博士、あなたの相対性理論は正しいですよ。
私は、ウィルソン天文台にある超大型望遠鏡で、アンドロメダ大星雲を観察していたのですが、
博士、確実にアンドロメダ大星雲は地球から遠ざかっていくんです。

 

 

アインシュタイン
ンドロメダ大星雲が地球から遠ざかっていく、だって?
ッブル君、きみはなぜ遠ざかっているとわかったんだ?

ハッブル
直径2.5メートルのフッカー望遠鏡で、アンドロメダ大星雲の星を観察していたら、
博士、一番明るい星が少しずつ赤みを増していくんです。

アインシュタイン
それは、光の波が間延びしていく、ということだな。
ちょうど、サイレンを鳴らしながら近づいてくる消防車は次第に音が高くなり、
遠ざかっていく消防車のサイレンは少しずつ低い音になっていく。
それと同じで、遠ざかっていく光は、波長が長くなって赤に近づく……。

 

 

ハッブル
博士、その通りです。私はそれを「赤方偏移」と名付けました。
しかも博士、いろんな銀河を調べてみると、
遠いところにある銀河ほど、遠ざかるスピードが速いのです。
博士、それはすべて、一般相対性理論で示された通りです。

アインシュタイン
ということは、その遠ざかるスピードを逆算したら……。
すべてはゼロに集約されてしまう。やはり、宇宙はゼロからはじまったのか……。

ハッブル
その通りです。

(ハッブルのスポットは消えて、下手にはける)

 

 

アインシュタイン
今から138億年前に宇宙がゼロから誕生して膨張が始まり、
そして今も、宇宙は膨張を続けている、ということなんだ。

とうこ
私も聞いたことがあります。
それは今から62年前に、アメリカのベル研究所の2人が
宇宙を満たしている不思議なマイクロ波を検出したことで証明されたんですよね。

アインシュタイン
ああそれは、宇宙背景放射といわれているものだ。
宇宙が誕生したときに爆発した光が宇宙に散らばり、マイクロ波となって、
いまも宇宙を満たしている。それがいまでも観測できるのだ。
ビッグバンの名残りが138億年たった今でも続いているということ……。

とうこ
博士、どうしましたか。

 

演奏 『Bijou』(BGM)
――QUEEN

【編成】エレキギター、キーボード

 

アインシュタイン
……、私はショックだったよ。
もともと、宇宙なんて、なかったのだ。
それこそ時間もなかった。空間も。何もなかった。
ただ何者かのエネルギーだけがあった。

そのエネルギーが、空間と時間を作り出し、
そこから宇宙が始まり、時(とき)が刻まれることになったのだ。
一体、誰が、何のために宇宙を作ったのだ? それは誰なんだ……。
……私は最初から、宇宙はここにあった、と思いたかった。

 

 

たかお
博士、ちょっと待ってください。
何もないところから、無数の星、無数の銀河がちりばめられた宇宙ができた、
それは物理学者としての博士として、信じられるんですか?
ちょっと、そんなこと、信じられないな。

 

 

アインシュタイン
そうなんだ。
例えば、何の材料もないところに、君を生まれさせたいとする。
それはこうするんだ
「君はいる」という物質を作る。しかし本当は何もないから作れない。
だから、同時に「君はいない」という反物質を作る。
物質と反物質、二つを足すと、ゼロになるから物理学的に矛盾はない。
理屈が合うだろう。何もないところに「ある」と「ない」を同時につくるだけなんだ。
君がいる――君はいない 足すと、消える
君がいる――君はいない 足すと、消える

 

 

物質と反物質が出会うと、その瞬間に両方とも消えてしまう。
だから、本当なら、いつまでたっても、何も生まれない。
ところが、現実には不思議な事が起きるんだ。
10億個の物質と、10億個の反物質を作ると、
なぜか、そのうちの1つだけという確率で、反物質のほうが足りなくなるのだ。
すると何もないところに、物質ができてしまう。
これを10のマイナス34乗分の1秒という一瞬の間に、
膨大なエネルギーを集中させて、
ごく小さな素粒子が1兆の1兆倍の1兆倍、
さらに100万倍の大きさに膨らんで光と物質が生まれ、
その直後にビッグバンが起きて宇宙が広がった。
超高温の塊が次々に硫黄や鉄などの原子を作り出し、
それらが爆発してあるものは塊で、あるものはガスのまま飛んでいき、
宇宙を満たす星となっていった……。

 

 

てつお
なるほど。それで、ゼロから超高熱と共に宇宙を作ったのは誰ですか?

アインシュタイン
それなんだ。……宇宙を誕生させたものはーー。

3人
宇宙を誕生させたものは?

アインシュタイン
人間の考えが及ばない、ダークマター、ダークエネルギーだ。

とうこ
人知の及ばない存在

たかお
ダークマター

てつお
ダークエネルギー!?

 

演奏 『Promise This』
――Adele

【編成】ボーカル、サイドボーカル3名、キーボード、ベース、ドラムス
17名によるダンス、多人数コーラス

全てが始まる前
そこには何も存在しなかった
その空間に
そこにあなたが現れて
光を灯し、未来を創り出したの
 
約束して
私が目を覚まさなかったその時は
膝をついて私のために最後のお祈りを言ってくれると
 
私が目を覚まさなかったその時は
約束して
あなたが私にキスをする 最後の人になってくれると

 

とうこ
人智を超えた、ダークマター? それは人間にはわからないもの?

アインシュタイン
わからないのではない。わかっている。
いまの人間には理解することができない、
ダークマターの力が働いたであろう、ということは解っていうんだ。
……そもそも、宇宙を満たしているもののうち、
人間が把握しているのは、たったの4%でしかない。
  つまり我々が観察できる月や太陽、銀河、大星雲……、
それぞれ質量でいえばとてつもない量だが、
それを全部合わせても、宇宙に存在しているもののごく一部なのだ。

てつお
では、残りの96%は何なんですか?

アインシュタイン
それがダークマターとダークエネルギーだ。
日本語でいうと暗黒物質が23%、暗黒エネルギーが73%。

たかお
あんこくぶっしつ? 何か、悪者のような。

アインシュタイン
ダークというのは「何か意味のあるもの」という意味だ。
いま、ここにあるよ。そこにもある。
宇宙物理学では常識だが、まだほとんど解明できていない。

たかお
え、どこですか?(と見ようとしてキョロキョロとする)

アインシュタイン
目には見えない。身体も、地球もすりぬけてしまう。
銀河と銀河を蜘蛛の巣状につないでいる、といわれていて、
君たちの時代には、画像で見ることもできているはずだ。

とうこ
では、ダークマター、ダークエネルギーが宇宙を作り、
そして地球を作り、人類を作ったということですか?

アインシュタイン
そうだ。ちょうど太陽と地球、そして月が、
お互いに引き合って、回りながら、
地球上で人類が生存するために、絶妙な環境をつくっている。
つまり、この1つの地球を存在させるために、
全宇宙のバランスが必要だった。

たかお
地球を作るために、人類を作るために、この宇宙が作られた、だって?!

アインシュタイン
そうだ。
ただの動物ではない、心をもつ人間を作ったならば、
人間はきっと、幸せを求めるに違いない、とその何者かは、考えた。

 

 

私が宇宙の始まりを考えていたときだった。
その時、天啓を享けたように、私に降りてきた公式がある。
E=mc2
エネルギーの量、イコール、質量かける光の速度の2乗

何もないところから、誰かがエネルギーだけで物質を作った、それが宇宙の始まりだ。
それを反対に考えたなら、物質からエネルギーも作ることができるのではないか、
この世で不変のものは光だけだ。それがヒントになった。
もっとも、私がこの公式を作ったことで、原子爆弾が作られてしまった。

 

 

宇宙を作った人智を超えた何ものかは、
想像もつかないような莫大なエネルギーを持っている。
そのエネルギーを使って生み出したかったものは、美しい心だ。
この地球の上でしかできない、人間の美しい心、美しい愛を生み出すには、
この宇宙のスケールでの舞台装置が必要だった、そういうことだ。

3人
ダークマターが、人間の美しい愛を見るために宇宙を作った?!

アインシュタイン
私の計算では、君たちはそろそろ元の世界に帰らないと、
時間の歪みの中で迷子になってしまうぞ。
最後に言っておこう。
この地球のバランスはとても微妙なものだ。
ほんとうに繊細なもので、この環境を大切に守らなければ、
すぐに壊れてしまう。
それで私は、もう肉を食べないことにした。

たかお
そういえば、アインシュタイン博士、リーゼルという女性を知りませんか?

アインシュタイン
なんだって?!(うろたえる) リーゼルに、会ったのか?!

たかお
ええ、会いました。それで……、

アインシュタイン
いや、私は、し、し、し、知らない!(と慌てて、後ろを向く。下手へ去っていく)

たかお
今度は僕がその剣で、行きたいところがあるんだ。
永遠は一瞬、一瞬は永遠! ソロモンに会いたい!

 

 

 

▶【後半 その2へ続く】

 

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