脚本で旅するスプリングコンサート
【後半 その3】
(最終回)

この記事は、〈脚本で旅するスプリングコンサート 後半 その2〉からの続きです。

 

 

 3人が上手から出てくる。
 場所は、市ヶ谷博士の研究室。
 博士が何かの紙に、見入っている。すぐ隣にナナポン。

とうこ
博士、ただいま。
私達、すごいところへ行ってきたんです。
博士、ソロモン王って知ってますか?
旧約聖書の「コヘレトの書」を書いた人で……。

市ヶ谷博士
……。

とうこ
博士、どうしたんですか?

市ヶ谷博士
これを、……これを見ろ!
ナナポンがどこかからくわえて持ってきた。
(手にもった紙をとうこたちに見せながら)
これは、アインシュタインの直筆の手紙だ……。

たかお
え、アインシュタインの手紙ですか? 誰にあてた手紙ですか?

市ヶ谷博士
アインシュタインが娘のリーゼルに宛てた手紙だよ。
だが、この手紙には、人類に向けて、彼の大事なメッセージが書かれている。

てつお
娘のリーゼルへの手紙?!

とうこ
まさか、私達が出会った、あの剣の子が、リーゼルだった?

 

 

市ヶ谷博士
そうなんだ。アインシュタインにはリーゼルという娘がいたんだよ。
アインシュタインがまだ学生だったころ、
ミレーヴァがアインシュタインの子を身ごもった。
しかし、アインシュタインはまだ若すぎて、自立する自信がなかった。
そこでミレーヴァは実家に帰って女の子を産み、
その子を養子にだしてしまった。

てつお
でも、アインシュタインの子だとしたら、もう老婆になっている年のはず。
なぜ、あのリーゼルは若い娘だったんだろう。

市ヶ谷博士
リーゼルは、父親のアインシュタインからこの手紙を受け取ったが、
これを公表することができないまま、亡くなった。

とうこ
それで別の次元から、この4次元世界に、その手紙の内容を知らせにきた?!

 

演奏 『Cure For Me』
――AURORA

【編成】ボーカル、サイドボーカル2名、エレキギター、キーボード、ウィンドシンセサイザー、ベース、ドラムス、電子ドラム

嘘つきから、そして油が注がれ勢いよく燃える炎から 私は逃げきる
自分自身を作り上げたのは私自身ってことね、それは知ってるわ
悲しい日々や、最悪な夜を変えることはできない
それもそうね、知ってるわ
 
あなたは傷ついたのよね
でも、私たちの運命は決して同じじゃないわ
あなたは私の腕の中から愛を取り上げて、自分のものにしてしまった
 
愛の摂理、愛は自然、という誤解
どんな偉大な教師だって、生き物たちの前では全く役に立たないわ
神々と戯れる術(すべ)は誰も知らないの
 
私には あなたからの救済は必要ないわ
あなたからの薬は必要ないの
必要ないのよ 私は必要としてないの

 

市ヶ谷博士
リーゼルが、手紙の内容を知らせるために別次元からやってきた。そうかもしれない。
いいかい、読んでみるよ。

 

 

「愛するリーゼル

私はすっかり、年をとってしまった。
最後のときを迎える前に、私はお前に謝罪させてほしい。
そして、私の人生で最も価値のある発見を、リーゼル、お前の手に委ねたい。

私が学生だったとき、私の恋人だったミレーヴァが、お前を身ごもった。
しかし、私は研究者として実績もなく、
お前を育てる自信もなかった。
そして私は無責任にも、お前を養子に出して見放してしまったのだ。

 

演奏 『奇跡の山』(アコースティックギターアンサンブルのBGM)
――岸部眞明

 

お前は父親のいない子供として
どれほど肩身の狭い想いをしただろうか。
お前はどれほど不幸を感じただろうか。
私は自分の死を目前にした今になるまで、
私にとってお前がどんなに大事な存在だったのか、
浅はかにも、気付くことができなかった。

誓っていう。私は一度もお前のことを忘れたことはないし、
毎晩、暗闇の中で目を開けては、お前の顔はどんなだろうかと想像していた。
そして人知れず、お前への想いで胸を焦がしていたのも事実なのだ。
ところが、ちょっと風変わりな天才として有名になった私は、
お前に連絡をとるのが恥ずかしくて、躊躇したのだ。結局、遅すぎた。

 

 

長年、私が最後の答えを、
つまり、宇宙を支配するすべての力を説明することができる変数を
ずっと探してきたことをお前は知っているだろう。
我々が知っている宇宙の全てを支配する根源の力が何であるのか、
私は理解したかったのだ。
長年、すべての知識を統合した理論を見つけるため。私は戦ってきた。
そして今、とうとう結論を得ることができた。

それを、世界の中でたった1人、最も愛すべき人、リーゼル、
お前だけに伝えることで、私のこころばかりの謝罪とさせてほしい。
私が相対性理論を提案したときも、ごく少数の者しか私を理解しなかった。
その時と同様、あるいはそれ以上に、
私がすべての人類に伝えるために今、明かそうとしているものも、
必ずや、世界中の誤解と偏見にぶつかるだろう。
さあ、いよいよ、私がお前に伝えるべきことの本題に入ろう。

 

演奏 『Don’t Try So Hard』(ピアノでのBGM

 

いまの段階ではまだ解明されていない、
ある極めて強力な力がこの宇宙には、ある。
それは宇宙のすべてを支配する力であり、
宇宙で起きているどんな現象にも深く関係しているのに、
私たち人類がまだわかっていない力を私は見つけた。

その答えを言おう。
この宇宙の強力な力、ダークマターは「愛」だったのだ。
宇宙を支配するダークマターは、「愛」そのもの。
そして、ダークエネルギーは、愛のエネルギーだ。

愛が、光だった。
愛が、引力だった。
愛が、この世界の力だった。

宇宙を司っていた「愛」こそが、私達があまりにも長く無視してきた変数だ。
愛があれば、宇宙で唯一のダークエネルギーを操ることができる。

この「愛」の力の大きさは、私が作った方程式で表すことができる。
「E = mc2」と同様に、
「癒しのエネルギー(E)=愛(i)c2」 という方程式が成り立つのだ。

世界を癒すエネルギーは、
光速の2乗で増えていく愛によって得ることができる。
愛には限界がない。
愛こそが宇宙に存在する最大の力である、それが結論だ――。

 

 

もし私たちが自分たちの種の存続を望むなら、宇宙にある愛を見失ってはならない。
もし私たちが生命の意味を知りたいなら、答えは宇宙を包み込んでいる愛だ。
もし私たちがこの世界とそこに居住するすべての生命を救いたいのなら、
宇宙の「愛」を使って救うこと、これこそがたった1つの答えだ。

この究極の公式が社会に受け入れられるまで、
この手紙をお前に守ってもらいたい。
そして、リーゼル、お前の手でこの公式を世界に公表してもらいたい。

 

 

私の娘、リーゼル。お前を愛している。
ずっと離れていたが、私の心はお前が恋しい気持ちで今もいっぱいだ。
申し訳ない気持ち。取り返しがつかない後悔。
年を追うごとに、お前のことで頭がいっぱいになっていった。
そしてお前を愛する気持ちを考え続けているうちに、
私は人生で最大の、
ずっと求め続けてきた究極のこの答えに到達できたのだ。

だから、この公式はお前に受け取ってもらいたい。
返す返すも残念なのは、私は最も愛すべきリーゼル、
私はお前に対して、とても酷い仕打ちをしてしまったことだ。
ずっと、ずっと長いあいだ、お前を孤独にさせてしまった。
本当に、すまなかった。

いまになって、愛とは何かに気付いたが、もう全てが手遅れだ。
わたしは、なんてバカな父親なんだ。
愛する心とは、毎日、家族と食事を楽しみ、会話を楽しむこと。
お互いの存在を、日々、大切に思い合うこと。

ああ、それなのに、私はその答えを宇宙に追い求めるあまり、
お前に会うこともなければ、顔を見る機会も失ってしまった。
愛こそが宇宙の根本をなしている、という答えを見つけた私なのに、
愛情からはほど遠い、乾いた心の人間だった、

たった1人の娘の心を踏みにじる人生だったことが残念でならない。

 

 

リーゼル、たった一度でもお前と同じテーブルに座って、
一緒に食事がしたかった。お前と何でもない話しがしたかった。
私が作ったトマトソースのスパゲティを食べてもらいたかった。
ぶどうパンとチーズを食べ、お前と一緒に、ワインを飲みたかった。
それができたら、どんなに幸せだったか。
お前と時々、食事をすること、それが私の人生の全てでもよかったとさえ思う。

リーゼル、心から愛している。リーゼル、どうか許してほしい。
お前には寂しい想いをさせてしまったが、
この公式をお前が世界に伝えることで、幸せを世の中に広げることができる。
リーゼル、お前の愛が、この世界を救うことになりますように――。

  お前の父親
  アルベルト・アインシュタイン」

 

 

とうこ
 市ヶ谷博士……。これは……。

市ヶ谷博士
アインシュタインは亡くなる前に、この答えを見つけていた……。
私達が暗黒物質、暗黒エネルギーと呼んでいたのは、
宇宙を包む愛であり、愛のエネルギーだった……。

とうこ
それを、娘のリーゼルに手紙で伝えたーー。

市ヶ谷博士
しかし、リーゼルはそれを公表する前に、若くして亡くなった。

てつお
そしてリーゼルは、この宇宙の愛を、僕たちに伝えるためにやってきた……。

たかお
この剣は、リーゼルの剣だったんだ。

 

 

市ヶ谷博士
しかも、アインシュタインはこのエネルギーを使えば、
地球の環境問題もすべて解決するといっている……。

3人
次は私達が、宇宙を司る愛を、世界に伝える番だーー。

ナナポン
そうなの。それはリーゼルの剣(つるぎ)。リーゼルに返さないと!

たかお
ナナポンが、喋った!

 

 

(パシッ パシッ と電気音がする)
(ピー、と下手の控えから笛、時空監視人は声だけ)

時空管理人1(声だけ)
この近くにいるはずだ。必ず、探し出せ!

時空管理人2(声だけ)
こっちの部屋にはいません!

市ヶ谷博士
やつらが来たぞ。

ナナポン
みんな、こっちへ!
一緒に、リーゼルのもとへ行きましょう!

とうこ
そうよ、捕まるわけにはいかないわ。
みんなで宇宙の愛を伝えましょう!

たかお
僕も一緒に行く。

てつお
ぼくも、行っていいよね。

ナナポン
永遠は一瞬、一瞬は永遠

ナナポン、とうこ、たかお、てつお
愛の世界に……

時空管理人1
失礼! (ヅカヅカと入ってくる)

時空管理人2
あそこだ!

時空管理人1
逃がすな!

ナナポン、とうこ、たかお、てつお
行く!

 

 

 ライトを消す。(すぐに闇の中ではける)

 

演奏 『Bird Set Free』
――Sia

【編成】ボーカル、サイドボーカル4名、エレキギター、キーボード2名、ウィンドシンセサイザー、ベース、ドラムス
ダンス(コーラス)

切り取られ、傷ついた翼 私はボロボロだった
全てを失って彷徨い、とうとう限界を超えた
聞いて欲しい事はある、声も出る、だけど会話にならないの
あなたは私を押さえつけ
それでも私は飛び立とうともがいてた
 
音が外れていようとかまわない
このメロディーの中に 自分を見つけ出すわ
愛のために、私のために 歌うの
放たれ 自由になった鳥のように 私は叫ぶ
音が外れていようがかまわない
私はこのメロディーの中に自分を見つけ出すの
愛のために、私のために歌うわ
私は叫ぶ 籠から飛び立つ 鳥のように
 
私は 高音を当てるため 空へと飛び立つ
伝えたい思いや 声がある
さあ、私が叫び、誓うのを 今夜聞いて
 
私は声高らかに、その戦いを 受けて立つ

 

 

*

【アインシュタインのリーゼルに宛てた手紙】

 なぜ宇宙ができたのか。なぜ人類が存在するのか。
 僕たちは、なんのために生きているのか?
 その悩みを抱えていた3人に、次元を超えたところから少女が現れ、謎の剣を渡したことから、3人はその答えを宇宙創成から解き明かしていくことにした。
 そんな設定で物語が書き進められていった。
 
 しかし、3人が得る答えが何なのか、物語の終盤を迎えても確信は得られなかった。
 ただ、スタートの時点で想定していた答えは次のようなものだった。
「宇宙を作ったものは、抽象的なまでに形の見えない存在だった。しかし愛情に満ちあふれた存在だったので、どうしてもそれを形にして見えるものにしたいと願い、宇宙を創成して具体的な人間を作り出し、その人間の行為を通して、人の心の美しさ、優しさ、愛情を、抽象的なものではなく、見える形にしたのだ」
 そのことを伝える物語にしたいと思ったものの、どれだけ物語が進んでも、何の感動も生まれなかった。ただ、理屈があるだけ、説明があるだけで、面白みは何もない。
 どんなに正しい理屈だ、と強調したところで、空論でしかないようにも思えた。
 
 最初は、リーゼルが登場しない物語で、剣を渡す少女も、誰かわからない匿名の少女でしかなかった。前半の通し練習をしたあと、最初にみんなに言った言葉は「ちっとも、面白くない」というその場に居合わせた全員を呆然とさせるものだった。
 どうしよう。ちっとも、面白くない。これではなのはなのコンサートにならない。
 
 それから間もなく、いつも演劇を主になって回してくれているなおちゃんから一通のメールが届いた。「アインシュタインのメールが見つかりました。娘のリーゼルに宛てたメールです。ぜひ、読んでください」というものだった。
 そのメールを一読して、図らずも落涙した。
 宇宙は愛で出来ていたこと、そればかりではなく、原爆の元となったアインシュタインの有名な公式と同じに、エネルギーは愛と光の速度の二乗であるという公式が成り立つこと、それが綿々と綴られていたことに深く心を動かされた。いや、それ以上に心を掴まれたのは、そういう公式を発表する資格が自分にはない、たった1人の娘を見放したまま、何の愛情も見せなかった自分の罪がどれだけ深いか、やりきれないほどに悔やまれる気持ちを抱えていることを知ったときだった。
 アインシュタインは宇宙の究極の公式を見つけた。しかし、その答えを見つけた瞬間、自分がその答えの「愛」からは、ほど遠い人生を歩いてきたことに大きなショックを受けたのだ。
 
 私達は、アインシュタインと何も変わりはない。アインシュタインも私達も、何ひとつ変わりはない罪深い人生を歩いているのだ。
 それを思ったとき、これでなのはなファミリーのコンサートは成立すると確信した。
 
 そして冒頭から脚本を変えて、最初に剣を持ったリーゼルを登場させ、そして2曲目でリーゼルに一輪車の演技をしてもらうことにした。伸びやかに旗を振り、一輪車でクルクルと回転するリーゼルは、ずっと孤独な人生を歩かなければならなかった。
 そして、コンサートの最後には、父であるアインシュタインの謝罪を受け入れ、愛を貫くために戦う戦士として前向きに進んでいくリーゼルの姿を見せて物語を締めくくる。
 
 物語が完成するころ、私達のダンス練習やバンド練習も佳境に入った。アインシュタインがリーゼルへの愛を語る新しい脚本に、全員が熱い気持ちを集中させた。
 アインシュタインの1通の手紙が見つからなければ、このコンサートは成立しないままだったと思う。

 

 

【次回予告】

 

『脚本で旅する、なのはなファミリー スプリングコンサート』いかがだったでしょうか?
今回のコンサートは、次のウィンターコンサートの前編でもあります。
時空管理人から逃れた主人公たちは、どこへ辿り着いたのか、
次にどんな展開が待っているのか、実は、私達にもわかりません。
2022年12月18日(日)、続編となるウィンターコンサートを予定しております。
どうぞご期待ください!
また、今後、今回のスプリングコンサート本編の映像や、バックストーリーのページ等、
随時アップしていきます! どうぞお楽しみに!

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